第3話 一緒にいる決断~ネコ編~

 陽射しがポカポカの午後。

 今日も『動物かふぇ』は、たくさんの人で賑わっている。

 まぁ、あたしは、お気に入りの場所で寝てるだけだけどね。カワウソのライやハムスターのレンは、最近人気者で忙しそう。

 レンが最近肥えてきているのが気になる。美味しそう……と思いつつもあたしは、レディーだから食べようなんて、はしたない真似はしないわ。そう、だからね。


「いらっしゃいませ~」


 窓辺の日当たりのいいところで寝ていると、眞島さんの間延びした声がして、顔を上げずに耳だけを動かす。


(また、いつもの2人組……あれ?今日は1人?)


「あれ、今日は1人なのですか?タナベさん」


 あたしと同じことを思った眞島さんが質問する。タナベさん、と呼ばれた男の人は、いつもの溌剌とした声ではなく、少し元気がなさそう。


(どうしたのかしら?)


 体勢は変えずに、2人の会話に耳を研ぎ澄ます。


「そうなんです。実は、夜に彼女と会う約束で……。それまで時間があったので来ちゃいました」


「そうなんですね。ルルなら、いつものところにいますからね~」


「ありがとうございます」


「店員さーん、すみませーん!」


「はいはーい。今行きますね~」


 眞島さんが他のお客さんに呼ばれる。

 タナベさんがゆっくりと、こちらに歩み寄る気配がした。


「ルル。寝てるかな?」


 タナベさんのあたしを呼ぶ優しい声が耳をくすぐる。

 寝た姿勢のまま、尻尾だけゆらゆらと振ってみる。

 この人は、“せいゆう”の仕事をしているらしい。人気番組のナレーションなどもやっていて、眞島さんがテンション高めに話していた覚えがある。

 タナベさんの声は、聞いていて心地のよい声なのだ。あたしに語りかけてくる声は、特に優しい声色で好き。


「ルル、陽射しがぽかぽかで気持ち良さそうだね」


(そうね、今日はよく寝れそうよ)


 チラッと薄目を開けて、タナベさんを見る。

 そのまま目を閉じようかと思ったが、思い止まる。彼の微笑みがいつになく弱々しいのだ。

 ゆっくりと体を伸ばし、丸まっていた体をほぐす。


「にゃあ」

(何かあったのね)


 タワーの一番上から、下にゆっくりと降りていき、タナベさんの足元で尻尾を絡ませる。


「お、ルルの方から来るなんて珍しいな?

 いつも僕には興味を示さないのに」


 タナベさんは少し嬉しそうな顔をして、あたしの背中をそっと撫でた。そのまま、その場に胡座をかいて座る。


「実は今日、僕にとってすごく大事な日なんだ」


 タナベさんがそっと語り出した。

 あたしは、彼の胡座の上に座り込んでみる。

 その姿を見て、タナベさんが微笑んだ。


「聞いてくれるかい?ルル」


(仕方ないから、聞いてあげるわ)


 ツンとした表情をしつつも、しっかりとタナベさんの目を見る。彼の大きな手が、あたしの顎や耳の後ろを優しく撫でる。


「僕、彼女にプロポーズしようと思うんだ」


(へぇ)


「だけど、本当にこんな僕でいいのかなって思い始めちゃって。自信がないんだ……」


(意外と臆病者さんなのね)


「彼女とは、付き合って3年になるんだ。喧嘩もなく、本当に平和で幸せで……」


(何に不安があるの?)


 つい、首を傾げる。

 タナベさんが苦笑いしながら、答える。


「どこに不安を覚えるんだ?って言いたげだね。不安なんてこれっぽちもないよ。彼女となら幸せな家庭を築けると思う。だけど……」


(だけど?)


 タナベさんは、そこで黙り込んでしまった。

 下を向いていて、どんな表情をしているのかは分からない。

 言いにくい何かがあるのだろうか。

 人間って、厄介な生き物だ。深く考えずに、思ったままに行動すればいいのに。


「にゃあお!」

(うじうじ考えないで、行動しなさい!)


 少し大きめに鳴いてみた。

 その声に弾かれたように、タナベさんが顔を上げた。

 尻尾をゆらゆらと振って、まっすぐに見つめ合う。


「そっか、そうだよね……」


 あたしの言いたいことが伝わったのか、タナベさんは1人納得したかのように頷く。

 彼は、眞島さんのようにあたしたちの言葉が分かる側の人だ。端から見たら、大の大人がネコに語りかけているというシュールな絵柄だろう。


「ルルに喝を入れられちゃったな」


 苦笑いしながら、あたしの頭を撫でた。

 そして、


「考えても仕方ないね!僕はどんな時でも、彼女のそばにいるって決めたんだ。その思いをぶつけるのみだね」


 といつもの元気な声のタナベさんに戻っていた。


「ありがとう、ルル」


 タナベさんが優しく、ぎゅっと抱き締める。


(仕方ないわね。今日だけ特別よ)


 ゴロゴロと喉を鳴らして、彼が満足するまで大人しく身を預ける。彼の体温が全身から伝わり、だんだんうとうとし始めた頃。


「よし、行ってくるね」


 タナベさんは、意を決したように立ち上がる。眞島さんがすぐに気付き、声をかけた。


「決断できましたか?」


「はい、お陰さまで」


 そう言って、タナベさんはスッキリした表情でその場を後にした。


 数日後、幸せそうな2人があたしの好物のマタタビをたくさん持ってきてくれたのは内緒の話。





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