第2話 ここにいる証~ハムスター編~
僕はハムスターのレン。みんな僕の声が小さいからって全然話を聞いてくれないんだ。でも、カワウソのライとは気が合うんだけどね。
声が小さい分、滑車を回すのは得意だよ。夜になるとカラカラと乾いた音が真っ暗闇で響くんだ。新人の夜勤さんにはよく驚かれたものだ。
ある日、そんな僕にも隣人さんが来たんだ。
胸元にリボンをつけた、紺色の上着を着た女の子。漆黒の髪がすとーーんとまっすぐ垂れ下がって腰の辺りまで伸びている。
「……」
「……」
ガラス窓の前で食事中の僕のことをじっと見つめる大きな人。一体僕の食事時間の何が面白いって言うんだい? 一見誰かと来たわけでもなさそうだし……
「……しい?」
掠れた声が聞こえた気がした。うーん……よく聞こえないよ。もう一回!
なんて僕の声は、大きい隣人さんには分からないのだろうけれど、精一杯首を傾げてみたんだ。
「お、おおっ、おいっひいですかっ?」
噛んだ。この人今盛大に噛んでた。きっと精一杯の勇気だったのだろう。林檎みたいに真っ赤な顔になって、涙目を浮かべる隣人さん。ぷるぷると体を震わせている。
美味しいよ! 人間にどう伝えたらいいかな? そう思って、返事の代わりにさっきよりも早くヒマワリの種を口一杯に頬張ったんだ。僕の頬には袋があって、ごはんを溜め込めるようになっているんだ。
どうやら隣人さんには伝わったらしい。恥ずかしさで赤面した顔は少し本来の色に戻り、目を輝かせていた。
「おや、うちのレンのこと気に入ったかい? ちょっと乗せてみる?」
ようやく緊張が溶けてきた頃合いだって言うのに眞島さん……ほら、隣人さんカチカチになっているよ。時々眞島さんは空気が読めない。まったくもう。
「えええあぁぁっと、そのっええっと……」
両手をバタバタと振り、今にも目を回してしまいそうなほど動転している隣人さんには、あっちのインコ《おしゃべりさん》
とかよりも、僕の方が良さそうだね。
少し眠いから、後でちゃんとヒマワリの種を追加してね?
僕はガラス越しの眞島さんに近づき、小さい手でガラスを叩くと催促する。ほら早く出してくれ。
「えええっ」
隣人さんにはコミュニケーションを取っているように映ったのか、大袈裟に飛び上がって驚いていた。実際人の言葉を使わずとも、人間と関係を築くことは出来るんだ。こうやってね。
「お嬢ちゃん、レンが君に触って貰いたいようなんだけど、一緒に遊んでやってくれるかい?」
「ええと……いいんですか?」
「もちろん。ここはそういう場所だからね。ゆっくりしてってね」
眞島さんは隣人さんの手の上に僕を乗せると、いくつかのヒマワリの種を彼女に渡して去っていった。隣人さんは辺りを見渡して、端っこのベンチを見つけると、不安そうな表情を浮かべながらも静かに腰を下ろす。
「ふ、ふわふわだねぇ」
そうだろう、そうだろうとも。僕の毛並みはいつも眞島さんが整えてくれるんだ。さあもっと触ってくれ。
それからぽつぽつと、隣人さんは口を開いて自分の話をし始めた。多分眞島さんとのやり取りを見ているからだろう。動物に話し掛けることは何らおかしなことではない。隣人さん改め、サヤカさんはやはり小声で、時々深呼吸を交えながら話をした。
高校二年生の通信制に通っていて、中学生の頃いじめられたことをきっかけに、学校へ行けなくなってしまったと言う。両親の計らいで高校は通信制を選ばせてもらい、今は自宅でウェブ授業というものを受けているのだそうだ。
そんなサヤカさん、実は歌を歌うことが好きらしい。家ではもっとはつらつと話すし、歌を歌って妹や兄には歌手だって目指せると応援されるほどの声の持ち主だと言う。
「でもね……学校で声を気持ち悪がられて、外では声がでなくなっちゃったんだ」
そうだったんだ……辛かったね。
声のことで悩んでいるのは、君だけじゃない。僕にもその気持ち、痛いほどわかるよ。
だからさ、声の小さいもの同士頑張ろうじゃないか。これだけ君は話せるんだから、本当は大丈夫なんだよ。
君に僕の気持ちは伝わるかな。
僕は口の中に隠しておいたヒマワリの種をひとつ、サヤカさんに押し付けるようにして渡した。
「くれるの?」
僕はうん、と頷いて見せる。お話はできないけど、こうやって僕は応援しているよ。
……ああやっぱり。おしゃべりさんにお願いした方がよかったのかな? 声のことでしょう? あいつの方が良い仕事ができたかもしれない。
内心苦笑いの僕だが、サヤカさんの顔を見上げてほっと一安心。表情が固かった彼女の口元には笑みがこぼれていた。
「ありがとう。家族以外にこんなにお話しできたの久しぶりだよ」
そうお礼をいいながら出ていくサヤカさんの背中を僕は見送った。
「レン、やるじゃん」
「ヤルジャン、ヤルジャン」
ああもうこのおしゃべりめ。うっさいなーもう。
なんだか僕まで気恥ずかしくなってきたぞ。それで滑車に飛び乗ると照れ隠しのつもりでカラカラと鳴らし続けた。
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