第1話 家族という形~カワウソ~

 眞島さんの合図で、ぼくは、いつものように定位置につく。

 ぼくの定位置は、窓辺から少し離れた透明の大きいケースだ。“ぷーる”と言われる、水がたっぷり入った器に潜り込む。


 カランカラン♪


 お店のドアベルが鳴る。どうやら、人間が来る時間になったらしい。

 最初のお客さんは、小さい女の子とお母さんらしき人。女の子が部屋に入ってくるや否や、小走りであちこちを見て回る。

 そして、バチッと目が合う。


「おかあさん!あの子!!どして、お水に入ってるの??」

「あら、あの子はカワウソって言ってね、水と陸の両方で生きる動物よ」

「へー!抱っこしたいなぁ」


 女の子がこちらに近づいてくる。

 それに合わせて、ぼくも水から顔を少し出してみる。

 しばらく、見つめ合う。

 眞島さんがすぐに声をかけた。


「お嬢ちゃん、抱っこしてみる?」

「え、いいの!?」


 女の子がパッと嬉しそうに笑う。

 その笑顔がなんとも可愛らしかった。


「この子は、“コツメカワウソ”って種類で名前はライ。やんちゃで人懐っこいよ~」


 ぼくの好物を持った眞島さんの手が、ケースの中に入ってきた。すぐに、ぼくはかぶりつく。すると、ふいに体が宙に浮かんだ。

 そして、そのままケースの外に出される。


「じゃあ、そこの椅子に座って」


 女の子は、眞島さんに言われた通りに近くの椅子に座る。眞島さんが彼女の小さい両手の中に、ぼくをそっと置いた。

 女の子は、大事そうに優しく支えてくれる。ぼくは、女の子をくんくんと匂いを嗅ぐ。


(あれ?この子………)


 違和感を覚えつつ、彼女の手に優しく撫でられて、気持ち良くなる。


「おお、気持ち良さそうにしてるね~」

「あごの下を撫でられるの、好きなの?」

「ライは、好きだね~」


 眞島さんは、ニコニコしながら、彼女のお母さんのところへ向かった。

 女の子は、ずっとぼくを撫で続ける。

 そして、泣きそうな小さい声で呟いていた。

 ぼくは彼女に撫でられるがまま、囁き声に耳を傾けた。


「あのね……、おかあさんとミヨね……。本当の親子じゃないんだって」


 うっすらと瞳が濡れているように見える。だが、女の子は泣くまいと堪えているようだ。

 ぼくは、彼女の笑顔を見たときの違和感の正体を知る。


(この子、笑っているように見えて、心は泣いてる)


 ぼくの胸が、ぎゅっとなる。

 この子をどうにかして、励ましてあげたいと強く思う。彼女には心から笑ってほしい。


「ミヨ、捨てられちゃったの。ライのおとうさんとおかあさんは?一緒?」


 女の子の言葉に、ぼくは首を横に振る。

 彼女の目がすこし大きく見開かれた。

 人間の言葉が分かるとは、思わなかったのだろう。人間は、ぼくたちに語りかける。でも、なぜかぼくたちが言葉を理解しているとは思わないのだ。だから、話を聞いている素振りを見せても、気のせいだと思い込もうとしてる人が多い。不思議だ。だったらどうして、語りかけるのか。だが、女の子は違った。


「ライ、ミヨの言葉わかるの?すごいね」


 そういって、優しく顎の下を撫でてくれる。

 そして、頭、体とゆっくり撫でる。

 ぼくは、彼女の顔の方へ首を伸ばす。


「キュン!キュ、キューン」

(ぼくは、物心ついたときから一人なんだ。でも、寂しくないよ。眞島さんやみんながいるから)


 そう伝えながら、眞島さんや周りを見渡す。そして、また女の子を見上げ、一声鳴いた。

 一粒の涙が女の子の頬を伝った。

 それをそっと舐めてみる。塩辛い味がする。

 ぼくは、小さい手をめいいっぱいに広げて、

 女の子の頬にそっと触れた。


「ライは、ここのみんなが“かぞく”なんだね」


 ぼくは、“かぞく”という言葉がどういうものか分からなかったが、その言葉に温かい響きを感じ取る。

 女の子の言葉に答えるように、頬を擦り寄せた。


「そっか、血は繋がってないけど、ミヨとお母さんも“かぞく”だよね。形は色々だよね」


 女の子が呟きながら、ふいに笑顔になる。

 その笑顔はさっきとは違って、とても晴れやかだ。

 ぼくは、その表情を見て、安心する。


(もう大丈夫だね)


 その時、ちょうど女の子のお母さんが彼女を呼んだ。


海陽みよ、そろそろ行こっか。お昼、パンケーキを食べに行こ?」

「うん!行く!!」


 嬉しそうな顔で、女の子は返事をした。

 眞島さんが、ぼくを抱っこする。


「ありがとうございました~。またのお越しをお待ちしております!」


 2人を見送り、眞島さんがぼくの方を見た。


「今日もお疲れ様。ありがとうね」


 そう言って、ぼくの好物である魚をたくさんくれた。











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