第21話 勇者の娘は、覚醒する。

「きゃあああああアーシュラの馬鹿あっ!」


 ミルは叫びながら、風圧で頬を膨らませて竜との衝突コースを真っ直ぐ突っこむ。このままだと頭と頭をぶつけあう。身を捻って竜を避けたとしても、勢いそのまま壁に叩きつけられるだろう。いくら、身の軽さを活かした斬撃を得意とするミルでも、空中に放り投げられた状態から、軌道を変えたり体に回転を加えたりはできない。


「ええいっ!」


 ミルはデュランダルの鞘を竜の首に引っかける。竜の首を支点にして身を翻し、背に飛び乗ろうとした。だが、勢いが強すぎて失敗。ミルの腕力では、加速中の自信の体重を支えることなどできないのだ。だから、竜の首に引っかけた鞘は、そのまま手首が捻れて通り過ぎた。だが、僅かにミルは軌道を曲げ、壁に足から着地。


「痛っ……!」


 電流が走ったかのように両脚が痺れる。落下が始まる前にデュランダルを壁に突き刺す。床まで百メートル以上あるので、落ちればただではすまない。ただ、切れ味が鋭すぎて魔剣は壁面を豆腐のように裂き、ミルは落下し続けてしまったので、一度魔剣を抜いてから刃を寝かせて壁に刺し直した。

 アーシュラにぶん投げられた後は、何もかもが上手くいかなかったため、ミルは八つ当たりをする。


「ちょっと、アーシュラ!

 来なさい!」


 アーシュラは短距離転移魔法でミルの隣に音もなく現れる。


「何を遊んでいる。

 今の貴様には魔力がある。

 何か魔法を使い、足場を作ったらどうだ」


「今まで魔力ゼロだったのに、急に魔法なんて使えるわけないでしょ!」


「降りれば不利になるが、仕方あるまい」


 アーシュラは再び短距離転移魔法を使用。ミルと共に、壁際の床に降りる。


「よ、ようやく足が地に着いた……。

 残る竜は三体。どうしよう……」


 ミルは膝を閉じモジモジしだす。


「急にどうした。奴等が獲物を狩るために降りてきたところを狙え。貴様ならできるだろう」


「無理だよ」


「何故だ」


「だって……」


「だって?」


「私、スカートだよ?!」


「ああ。……それが?」


「ヴリトラは化学繊維の服は嫌いとか言って、

 スパッツ、作ってくれなかったんだよ?!」


「……?

 明瞭に話せ。

 それで、何故、竜と戦えなくなる」


 部屋の反対側で壁を背にして竜の攻撃を凌いでいるドワーフ達と、傍らのアーシュラとの間でミルは視線を左右させる。


「ここで跳んだら、

 ルーヴィラス学園の人達にスカートの中、

 見られちゃうでしょ。

 そんなこと言わせないでよ」


「また、パンツの話か……。

 こんなものが」


 アーシュラは小さな布を広げて観察する。


「ん?」


「見たところ大して汚れてはいない。

 見られて恥ずかしがる必要もないだろう」


「え、あれ、ちょっと。まさか」


 下半身がスースーする。

 そして、アーシュラの手には、見覚えのある薄水色。


「どうしてもパンツを見られたくないというのなら、 

 我が預かっておく。

 これで問題なかろう」


「問題おおありだよ?!」


 ミルは右手でスカートを押さえ、左手で魔剣の鞘を振ってアーシュラを殴る。

 だがアーシュラは魔力場によって護られているため、鞘は寸前で止まってしまう。


「返してよ、エッチ!」


 殴打を諦め、ミルはアーシュラの手から下着を奪い返す。


「絶対こっち見ないでよ!」


 ミルは靴を脱ぎ、スカートがめくれないようにコソコソと下着を穿く。

 とはいえ、下着と人命、どちらが大事かは分かっているので、ドワーフ達が危機に陥っていないか、チラチラ確認しながらなので、穿くのに手こずる。

 つま先が股布に引っかかって、上手くいかない。

 まごまごしていると、竜達が外壁に沿って旋回しながら徐々に高度を落としていく。


「ああっ! もう! アーシュラ、パンツ戻して!」


 ミルは下着を穿くのを諦めポケットに突っこみ、靴を放って走りだす。


「なんとかしないと絶交だからね!」


 前傾姿勢で全力疾走。護衛に失敗しましたなんてことになったら、成績は下がるし、一生気に病んで生きていくことになってしまう。パンツを穿こうとする度に血まみれドワーフが脳裏をよぎる未来なんてまっぴらだ。


「ふむ。絶交は困るな。仕方ない」


 アーシュラは背後からミルの剥きだしになった丸いお尻を見送りながら、パンツを短距離転移魔法で穿かせた。それから、どうすればドワーフ共の視線からミルのパンツを護れるか、アーシュラは逡巡。


「足場を崩すか透過魔法で階下に落とすのが手っ取り早いが、

 いくら頑強なドワーフでも二百メートル落下すれば死ぬ可能性もあるな。

 なら」


 アーシュラは短距離転移魔法でドワーフ集団の中央に移動。集団が気付いて振り返るのよりも早く、声に魔力を込める。


「両手で目を塞ぎ、伏せよ」


 声音が耳をくすぐると即座に、ドワーフ達は徹夜明けのようなトローン目になり、命令に従った。目を閉じ、密集した場所でお尻を突き上げるようにして顔を床に伏せた。


「む」


 ドワーフの尻でできた歪な海の中に、エルフの少女が二名ほどいた。


「エルフは魔法抵抗力が強いとはいえ、

 我の言葉に抗うとは、なかなか優秀なようだ」


 ミルが異性からパンツを見られたくないということを未だに理解できないアーシュラは、エルフ少女の視界も隠す必要があると当然のように判断した。二人を両腕で抱きかかえ、自らの胸に顔を押しつけさせる形で視界を奪った。


「こうしていれば安全だ

 (パンツを見たらキレる凶暴なミルに怒られなくて済むから)。

 しばらく動くな」


「は、はい

 (突然、現れたイケメンが護ってくださるのね!

 ああっ、素敵)」


 糞ガキ状態のアーシュラを知らないエルフ少女からは、剽悍な顔立ちの男が、全盛期にあるような瑞々しい肉体で抱き寄せてくるのだから、一瞬で恋に落ちてしまった。竜に襲われるという恐怖の心臓ドキドキが、吊り橋効果で恋による胸の高鳴りと勘違いしたこともある。

 事情を知らないミルはアーシュラがエルフの少女に抱きついたのを遠目に見て、また、いつものセクハラだと判断した。


「なにやってるのよ!」


「叫んでいる暇はないぞ」


 竜の羽音に紛れるミルの声を聞き分けたアーシュラが指摘するように、三体の竜は縦列編隊を組み、床から数メートル上の位置で滑空し、かぎ爪を開いて強襲する準備を整えた。

 ミルは僅かに間に合わない。


「間に合えーっ!」


 竜と己の相対距離と、目標までの距離を考慮し、ミルは最後尾の竜の尾を切るので精一杯だと直感した。常に神速の戦いを繰り広げていたミルだからこそ、一瞬で限界を見極めた。しかし、諦めるわけにはいかない。自分がパンツを見られることに抵抗を感じて走りだすのが遅れたから間に合わなかったなんて、失態にもほどがある。


 アーシュラに頼めばなんとかなりそうだけど、さっき魔法でパンツを盗って見たようなやつに頭を下げるのなんて、まっぴらだった。

 自分は間に合わない、仲間は頼れない、となれば、敵がゆっくり動けばいいんだと無意識の内に考え、それが、ミル固有の魔法となった。


 結果、周囲の時が止まる。


 しかし、世界の理に干渉するなど、個人の持つ魔力で可能なことではない。僅か一秒にも満たない間に時は動きだす。その直後、再び、一秒以下の時間停止。


 流れる時と止まる時を、〇・一秒間隔で何度も繰り返す。


「ほう。面白い能力に目覚めたな」


 過去に時間を操る神族と戦った経験があるからこそ、アーシュラはミルの起こした現象に気づく。


「影響範囲は半径百メートルといったところか。

 塔の中で発現したせいで、己に枷をかけたか?」


 もし他の者が見ていたのなら、ミルはコマ送りのようにモーションの合間が欠けていただろう。だが、その常人が視界に収められない時間停止の一瞬、有り余る魔力が体外に零れ、ミルの体が光り輝く。

 それは残光となり、ミルの駆けた後に黄金の軌跡を描く。神々が天使の羽根で作った筆を振るったかのように透き通る清廉の輝き。


「光を背負う神速。美しい能力だ」


 ミルは竜が獲物に爪を突き刺すために速度を緩めたのだろうと認識しており、時が止まっていることに気づかない。ミルは最後尾の竜の蛇腹鱗に髪を擦るほどの真下ギリギリを疾駆、追い越し、さらに二頭目の存在を見落とすほどの速度に達し、先頭の竜の尾に指が触れる距離に到達。


「たああっ!」


 胴体の下に潜り込み、鱗で覆われた硬い腹を引き裂きながら前進。パンケーキに刺したナイフのように魔剣はすっと進む。胴を縦に両断し終え、首に魔剣を突き刺してとどめを刺しながら逆上がりをし、百八十度ターン。直近に迫っていた次のドラゴンの脇をすれ違うように跳び、翼を切り落とし、胴体を蹴って三体目の前に躍り出る。


「これで終わりッ!」


 体を地面と水平にして横回転。小型の竜巻になり、竜を真っ二つに引き裂いた。

 青銀色の髪が魔力光を反射し、光円を描く。遅れて、竜の体内からあふれた黒い靄が、渦を宙空に描いて霧散した。

 ミルはデュランダルを斜め上に掲げながら床に着地。


「……よし」


 溜めを作ってから、小さくガッツポーズしてピョンとジャンプ。どんな苦境に立たされても、アタッカーは味方を鼓舞するため、高らかに勝利宣言せよと学園で習った通りに振る舞う。


「私、偉いッ! 強いッ!」


 右手を引いて、Vサインの左手を前に出す決めポーズ。


「よくやった。ミル」


「ん。アーシュラもフォローありがと。とりあえず、放してあげて」


「放れんのだ」


 魔力に優れた種族故の弊害なのだが、エルフ少女二人は魔王の魔力に間近で触れて一種の誘惑催眠状態になっており、もう完全に精神の芯までアーシュラ好き好きモードだ。珍しく困り果てたアーシュラは、魔法でエルフ二人を短距離転移させ、眠らせた。エルフに好かれること自体はまったく気にならないのだが、不機嫌になったミルを見たくなかったのだ。


「貴様の戦い方は、まるで輝く跳ね独楽だな」


「それはアーシュラ的に褒めてる表現?」


「うむ」


「なら、よし。すぐに上に戻って二人と合流するよ」


「うむ。上も終わったようだ」


 アーシュラが天井を見上げ、短距離転移魔法を使った。

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