第20話 魔王の転生者は、意外としっかりしてる
ミルは懐中電灯で集合の合図を送り、四階で他の班員と合流した。
アーシュラの姿が変わっていることにベリオとタロリーが驚くが、非常事態なので「成長期らしいよ!」と説明は後回し。
三階にいたはずのヴリトラが何故か上から飛び降りてくる。屋上に穴を開けて降りてきたのなら二百メートルはあるはずだが、埃一つあげず難なく着地。
「ただいま戻りました」
「うむ。
ヴリトラよ、ミルの服を作れ。
先程火に呑まれて傷んでしまっている。
やんちゃな子供の服だ。
丈夫に作れ」
「分かりました」
「え、あ、ありがとう」
ヴリトラが手をぐーにして開くと、手品のように一瞬で制服が出現した。
「あれ。制服? ジャージは?」
「ジャージは嫌いです」
「嫌いって……」
「化学繊維というんですか?
私の魔法だとジャージは完全再現できないんです。
制服なら天然繊維なので完全再現です」
ヴリトラは無表情のままフンスと鼻息も荒く、アーシュラにアピール。
しかしアーシュラは衣類の繊維にまったく興味がないし、違いも分からないから、ヴリトラが褒められたがっていることに気づかない。
「ついでだ。
タロリーとベリオにも用意してやれ」
「分かりました」
「あまり猶予はない。早く着替えろ」
「わ、分かった……。
着替えるから男子は後ろ向いて。
絶対、見ないでよ」
ミルはスカートを先に穿いてからジャージの下を脱ぎ、万が一でも下着姿を見られないように警戒する。
アーシュラはミルに背を向けたまま、背後のヴリトラに尋ねる。
「ヴリトラよ、失敗したか」
「申し訳ありません。
私が命令すれば従うかと思っていたのですが、
アレは完全に私の制御を放れています」
「ふむ」
「ねー。
ヴリトラ、私にも分かるように説明して」
「えー」
「えーじゃなく」
この時点でミルは、アーシュラから邪竜が復活したとは聞かされているが、実物を見ていないし、千の眷属が飛びたったことを知らないため、危機感は小さい。
「仕方ありませんね……。
今から千五百年前、大地を焼き尽くした邪竜が、
魔族の青年に心臓を貫かれて地の底に封印されました。
ついさっき、その封印が解けました」
「それもヴリトラという名前なんでしょ。
どういうこと?」
「我がヴリトラを倒すために、理性と本能を分離させた。
竜咆哮と神代の魔法を同時に使う最強生物は我の手にも負えないからな」
「理性と本能の分離?
そんなことできるんだ」
「我は魔王だぞ」
「じゃあ、こっちのちっちゃいヴリトラが本能」
「理性です」
「りせい……」
「なんですか、その目は」
「つまり……。
えっと……。
ちびブリは、でかブリをなんとかしようとしたけど、
失敗したと」
「はい。
穴から出てきたので、自壊せよと命令したのですが、無視されました」
「え。どうするの?」
「どうしましょう」
「ふむ」
アーシュラが立ち位置を変えて、ミルの横に移動する。
「わ、わっ!
いきなりこっち見ないで!」
ミルはブラウスのボタンをはめているところだ。ギリギリのところで下着を見られずにすむ。
ドスンッ。
壁の外から謎の異音。
そして、窓周辺の壁をぶち破り、体長三メートルほどの竜が飛びこんでくる。
破片が飛び散るが、アーシュラが魔法で風の盾を作り防ぐ。アーシュラは竜の接近を察知していたからミルの横に移動したのだ。
「えっ、えっ、なに、これ」
不意の乱入だが、ミルは咄嗟に抜剣し構える。
「私の眷属です。
現在、千体前後が学園都市を襲撃しています。さらに増殖中です」
「うそっ」
キシャアアアッ!
竜は床に立ち、翼を広げてミル達を威嚇。
「くっ……。
私とベリオが正面、タロリーは後方から火炎。
タイミングは任せる。
アーシュラは今の風の盾でみんなを護る。
ヴリトラもたまには手伝って!
足が速いんだからかく乱くらいできるでしょ!」
「お、おお、おうっ!
りゅ、竜なんて、なんの冗談だ!」
ベリオが上ずった返事をしつつ、棍棒を構えてミルの隣に歩み出る。モンスター相手の実戦は初である。
「わ、わわ、私、無理そう~」
タロリーは距離を取るために翼を動かすが上手くいかず、すり足でじりじりと下がる。学生三人の中で最も魔力が強いからこそ、タロリーは竜の表皮を覆う魔力量を見て取り、自分の火炎は通用しないと悟った。
「竜の鱗は地上生物の中で最硬って言われているけど、
魔剣デュランダルなら貫けるはず!
私が攻撃したら、そこにベリオとタロリーも攻撃を重ねて!」
「待て」
踏みだすミルの三つ編みをアーシュラが掴む。
「痛っ!
やめて!
アーシュラ、もしかして竜が怖いの?!
って、わっ」
アーシュラは背後からミルの肩を抱き寄せ、駆けだせないようにする。
「竜の鱗は堅いが、内側は筋肉や内臓だ。
甲冑を着た人間と変わらぬ。
ベリオ、貴様の棍棒が有効だ。
腕力で竜の防御を凌駕せよ。
タロリー、貴様はベリオの援護だ。
竜の体に炎は通用しないが、目くらましにはなる。
使い方を考えよ。
相手の魔力場を貫通する必要はない。
ヴリトラ、ここは任せる。
だが、極力手を貸すな。
学園の授業より、よほど良い経験になる」
「分かりました」
「ちょっと、アーシュラ、勝手な指示を出さないで!」
「ミル。竜ごときを見た程度で冷静さを欠くな」
「ごときって?!
竜は最強のモンスターなんだよ。非常事態なの!」
「うむ。非常事態だ。だから、こうする」
アーシュラは物体透過魔法を使い、ミルごと床を抜けて落下する。
「わっ!」
ミルは体が床を通り抜けるとは思いもしないので、受け身を取ろうと腕を振る。ミルの肘がアーシュラの脇腹にめりこむ頃には、二人は階下の天井付近に浮いていた。
「暴れるな」
「……なにこれ。床を抜けたの?
そんな魔法、聞いたことな……きゃあっ。
ちょっと、無理、高い!」
ミルは震えながらアーシュラの腕に捕まり、目を閉じる。
「階段を上ったり、塔の外を見たりしていた時は平気だったではないか」
「さっきは足がついてたでしょ!
今は無理無理、無理!」
「恐れるな。落下の心配など不要。貴様は我が護る」
「そんなこと言われたって……。
え? あれ?」
ミルは首筋が温かくなったと思ったら、急に震えが治まる。恐る恐る目を開けると、先程までの恐怖が嘘だったみたいに平気だった。
「嘘……。怖くなくなった。アーシュラ、何したの?」
「恐怖をなくす魔法だ」
「聞いたことない……。なんて名前?」
「我は魔法に名前を付けない」
「火? 水? 何属性なの?」
「魔王が、属性とやらの概念に縛られて、能力に制約をつけると思うか?」
「アーシュラのくせに、なんか生意気……。わっ」
目の前を黒い巨体が横切り、血のように赤い眼光が弧を描く。
一拍置いて、竜の体躯が起こした風にミルの三つ編みとスカートがなびく。ミルは階下に降りた当初、恐怖で瞼を閉じていたため気づくのが遅れたが、三階には四階にいたのと同じサイズの竜が五体、飛んでいた。
「ここにもいるの?!」
「この階でエレベーターとやらを設置しているドワーフどもは武器を持っていない。
まあ、我はドワーフがどうなろうと構わんがな。
貴様は見殺しにできない性質だろう」
フロアを見下ろせば、数十名のドワーフ達が密集して工具を振り回して竜を牽制している。竜達は上空を旋回しながら、獲物を狩る機会を窺っているようだ。
「みんなを護るよ!」
「む?」
ミルは体を前に振り、掴んだままのアーシュラの腕を支点にして逆上がりのように回転。途中で体を捻りながら上げて、アーシュラの頭をまたいで肩にしゃがむ。
「よっと」
「おい、何をする」
「跳ぶには足場が必要でしょ。
落ちそうになったら受けとめてよ!」
ミルは上に向かって、跳躍。体を捻って逆さま状態で天井に着地。目標を定め天井を蹴り、急降下しながら抜剣。ミルの先天的な空間認識能力がなせる、体捌きの妙である。
達人の放つ矢の如く直進し、ミルは竜の眼前に迫った。
「たああっ!」
魔剣デュランダルは狙い違わず首筋を貫通。普通の生物ではないらしく、血は出てこない。代わりに傷口から黒い靄が零れる。ミルは素早く竜から剣を抜き、落下が始まる前に竜の背を走り、次の目標に向かって跳ぶ。竜巻のように体を横回転させ、二体目の胴を引き裂く。
「わっ、わわっ。アーシュラ、助けて!」
ミルは二体目の胴体に剣を突き刺すか羽に引っかけるかして、その背に乗るつもりだった。だが、剣はミルの想定に反して、竜の固い鱗に引っかかることなく、容易く貫通してしまった。
「まったく、世話の焼ける」
「わっ」
ミルは突如目の前に現れたアーシュラの胸に顔から突っこむ。鼻をしたたかに打ちつけるが、痛がる暇はないので、アーシュラの胴体に左腕を回してしがみつく。
「ひゃっ」
アーシュラの手が、ミルのお尻を鷲づかみにする。
「落下防止だよね?!
いつものセクハラじゃないよね?!」
ミルは助けてもらっているのだから、強く文句は言えない。
「まったく呆れたぞ。
飛翔魔法が使えないのに跳ぶとは。
恐怖をなくす魔法が効き過ぎたか……」
「竜、どうなった」
「二体とも消滅した」
「なんか、簡単に斬れたけど、脆くない?」
「いいや。竜の鱗は並大抵の刃は通さん」
「そっか。魔剣のおかげか」
「ふむ……。ミル、気づいていないか」
「何が?」
「どういうわけか、貴様の魔力が増大している。今の我に比肩するほどだ」
「え? 私、生まれつき魔力ゼロだよ?」
「デュランダルは装備者の魔力に比例して鋭さを増す。
遮二無二に試してみるがよい。
失敗しても我がフォローする」
「わっ、きゃあっ」
アーシュラはミルの両腋を掴んで持ち上げる。
「え、ちょっと、くすぐったい。なに、なに?!」
「ぬんっ」
ぶん投げた。
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