第四章 勇者の娘と魔王の転生者は、邪竜と戦う

第19話 古の邪竜、復活する

 五月二日、正午過ぎ。陽差しは高く、日向で体を動かせば軽く汗ばむほどの気温である。乾燥した風が吹くため、不快感はなく、移動型学園都市ヴィーグリーズに五つある学園では、普段と変わらぬ日常が過ぎていた。


 サイファングル学園のある生徒は友達と将来どの勇者武器に挑戦するかを話題にしている。多くの子供達が不動の人気一位を誇る聖剣エクスカリバーを望む。だが、前年に史上初の中等部生保持者が現れた魔剣デュランダルの人気も年少者を中心に急上昇している。


 私立ルーヴィラス学園の高等部では、ドワーフとエルフの少年少女が水の性質を変化させる魔法道具の試作品を完成させ、最終試験をしていた。彼等の持つドワーフの技術とエルフの知識が合わさり、次々と新時代の魔法道具が創りだされていく。


 冥立デルケイン魔族高等学校一年の魔族生徒は授業をサボり、学園都市唯一のコンビニで漫画雑誌のアイドルグラビアを眺めていた。そんな彼等の元に仲間が駆け寄り、二年の番長ともめ事になったから手を貸せと告げる。学園の命運とは関係なく、彼等は校内の勢力争いを繰り広げている。


 アルヴォーラグ騎士専門学校の中等部生は休憩時間すら惜しんで予習復習をし、少しでも早く一人前になろうと研鑚している。祖国の騎士団で活躍する未来を夢見る少年達は、甲冑の内部を汗で湿らせ、興奮冷めやらぬ様子で「騎士とは何か」と語り合う。


 神聖イフィータ学園に籍を置く少数の生徒達はラウンジに集まり、『神至の塔』を遠望しながら紅茶を飲んでいる。生徒総数、僅か三名。その全員が神転生や隔世遺伝による神族だ。神々の特徴である円環が頭上に浮かび、背には白亜の翼が伸びる。


 学園都市の周囲には荒野が広がり、足下では『神至の塔』の再建作業が進んでいた。半ばから折れて二つになっていた塔を元の姿に戻すため、サイファングル学園の魔法剣士課程とルーヴィラス学園の魔法工学部の生徒から選抜された者が実習授業として作業に従事している。

 約九百メートルあった『神至の塔:上側』は既に、六百メートル分をブロック化し終えており、残すは三百メートルだ。分解したブロックは塔の脇に保管し、必要になる都度、下半分の塔の屋上へと輸送していく手筈になっている。

 私立ルーヴィラス学園が開発した新世代魔法『マジック・クラフト』や魔動エレベーターを使い、学園生達は推定二千メートルに達する塔を僅か一週間で、復元しようとしている。


 そして。


 『神至の塔:上側』で作業していた高等部生が、足下からせり上がってくる揺れに気づいた。地震が多い地域だから、地震自体は珍しくない。作業中にも何度か揺れを経験している。そもそも、塔の再建自体が、倒壊する前に復元するという目的なのだから、地震の発生は想定している。

 初めは高所での揺れに怯えていた生徒も、既に慣れたもので、作業の手を止めることはない。しかし、その時の揺れは様子が異なる。

 高度三百メートルの地点ですら、塔の下部から腹に響くような鈍い音が聞こえる。

 揺れは次第に大きくなり、多くの生徒が不安を感じ、仲間や避難経路の位置を確認した。


 ズドンッ。


 既に何度か聞いた地鳴りの予兆とは違う音が響き渡る。後に、地底の岩盤が砕けるような音と表現する者がいるが、事実、そうだったのかもしれない。

 塔の至る所から生徒達の悲鳴が上がった。

 急激に、足場が傾いていく。床に置いてあったリュックが滑りだし、作業中の生徒達は何かに掴まらなければ立っていられない。揺れは収まることなく続く。

 傾斜したまま揺り返しがない。勾配はさらに大きくなり、誰もが立ち続けることができずに、壁へと滑り落ちていく。


 飛行魔法が使える者や翼のある魔族は空に飛び立った。元々、『神至の塔:上側』では高所の屋外での作業になるため、飛行可能な者が当たっている。

 解体作業を指揮していた教師が作業の中断と撤退を指示した。その直後、『神至の塔:上側』は中腹から砕け、倒壊した。

 舞い上がった大量の土砂と砂埃は、厚い幕となり学園都市の上空を覆い隠す。凶兆は突然の天候の変化という目に見える形となって顕れた。だが、学園都市にいるほぼすべての者は、巨大な神獣で太古の邪竜が蘇りつつあるとは想像しえない。


 塔の残骸を押しのけ、土煙の中からゆっくりと巨大な影が這いでる。

 神話時代の老樹を思わせる太い四肢。爪一つが破城槌を凌ぐ大きさと鋭さを持つ。全長は二百メートルを超え、鈍色の鱗で全身を鎧っている。

 伽藍堂のように開いた眼窩は何も表情を映さない。朽ちた翼から剥きだしになった骨格は、天上を突きささんと広がる。

 肩から零れ落ちた腐肉が地面に落ちると、腐った沼となる。沼は泡立ち、泡は形を変え、全長三メートル程の竜に化身し、飛び立つ。腐食した大地に異臭が漂う。

 邪竜は一歩ごとに、眷属を生む沼を増やした。瞬く間に眷属の黒い翼が空を覆っていく。


 邪竜の名はヴリトラ。


 神魔戦争時代に、魔王アーシュラによって心臓を貫かれて大地に封印されし邪竜。

 ヴィーグリーズ学園都市は、その頸木たる塔を解体し、封印を解いてしまった。

 千に達する邪竜の眷属は千五百年分におよぶ主の空腹を癒やすために、餌を求めて飛びたつ。


 学園都市では約一万名の学生が勉学に励む。中等部の卒業要件の一つに、モンスターとの実戦経験がある。そのため、学園には少なくとも高等部三千名の実戦経験者がいる。だがいずれも竜を倒すには、十名は必要だろう。

 邪竜の眷属千に対して、学生達が対処可能な数はせいぜい三百であった。

 学園都市の至る所で戦闘が発生する。都市は災害を想定した避難訓練は実施していたが、外部勢力の襲撃を受けた経験がないため、生徒の多くは事態をのみこめずに混乱に陥った。

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