第17話 勇者の娘は、大失敗する

「え~い!」


 気の抜けたようなかけ声だが、本人的には気合い十分。タロリーは、新体操のリボン競技のように華麗な動きで進路上の根っこを焼き切っていく。炎の鞭が円を描けば、そのラインに沿って、根っこが焼き切れていく。


 目の前で根が重なりあい網のようになったため、タロリーは空中で静止。身を翻して横へ移動しようとしたところ、背後から根っこが襲いかかる。


「タロリー! 振り返らず加速!」


 ミルが跳び、タロリーの背をつこうとしていた根に、オーバーヘッドキックの要領で逆さまに足を引っかける。ミルは足首を軸にして体を上に回し、根を魔剣デュランダルで両断。


 回転の勢いそのまま落下しながら、他の根を次々と切り裂き、着地。タロリーの炎を浴びた剣身は赤い竜巻のように地上へと光の渦を作った。


「ふふんっ」


 三つ編みを体の正面から背中へと手で払い、ミルはアーシュラからの賞賛を期待し、耳に意識を集中する。


「まるで、魔動仕掛けの独楽だな」


「褒めて褒めて」


「む。どちらかというと竹トンボか」


「これでも一応、シューティングスター・エンジェルとか言われているんだから」


「聞いたこともないが……」


「言われてるの!

 試験の時とか!

 流れ星みたいに速い動き、凄かったでしょ」


「むっ!」


 根っこが頭上から勢いよく迫ってきたのでミルとアーシュラは互いに相手を救おうと、胸を突きあう。お互いに後方に回避成功、たたらを踏む。


「エッチ! どこ触ってるのよ!」


 ミルはデュランダルを体の左右で素早く振り、接近中の根を一掃。


「胸は触っていないだろ!」


「触ったでしょ!」


「なかった!」


「最低!」


「ぐぎぎっ」


 アーシュラは眼前に迫ってきた根を両手で掴み、噛みつく。うなり声を上げ、引きちぎり、そのまま根を咀嚼する。


「不味いな」


「ちょっと、なんで食べてるの!」


「んぐんぐ、なんだ、お前も食うか?」


「いらないよ! 毒があったらどうするの?!」


 アーシュラが食べかけの根っこを差しだしてくるから、ミルは仰け反って回避。


「そんなにお腹が減ってるなら、全部、食べてよ!」


 ミルはアーシュラとの掛け合いによる小休止終了とばかりに、タロリーの下方へと走る。炎の鞭に焼かれた根の灰がパラパラと降ってくる。


「タロリー、休んで。私が引きつける」


「分かった~」


 タロリーがアーシュラの方へと降下するのを見届けるとミルは、鞘で床を叩く。


「さあ、来なさい!」


 しかし、根の反応は鈍い。ミルの方へ来ないどころか、天井から垂れ下がった根の先端は、その多くが微かにアーシュラ達の方へと向きつつある。


「ん?」


 見れば、タロリーはリュックから水筒を取りだして水分補給している最中。唇の端から垂れた水滴が顎から胸へと落ち、上乳に当たってポヨンと散った。生徒が着ているジャージは、通気性や撥水性に優れており、水を弾くのだ。上乳に、ちっちゃな水玉が乗っかった。

 根っこがざわざわっとうごめき、タロリーへと向かいだす。


「あっ、あーっ! それだ!」


 ミルが、根が何に反応して襲いかかっているのか気づき、タロリーの胸を指さす。


「えっ、え~?」


 急に指さされたタロリーが体の前で肘を閉じ胸をバユンッと強調する。


「なるほど。植物だからな」


 アーシュラは指先でタロリーの上乳から滴をとり、ペロリと舐める。けしてやましさはなく、水に襲いかかってくるのだから、舐めとるのがベストだと判断したのだ。何度ミルから怒られても、セクハラという概念を理解していないアーシュラは同じ過ちを繰り返すのだ。


「ひゃわ~っ」


 タロリーは胸をつつかれたし、その指を目の前で舐められたのが恥ずかしくて顔を真っ赤にする。


「なに、やってんのよー!」


 本日最速といえる勢いで二人の元に戻ったミルが鞘をアーシュラの頭目掛けて振り下ろす。バゴンッ!

 まさにシューティングスター・エンジェルの異名を持つに相応しい、流星の如き速さであった。


「殺す気か!」


 ギリギリで回避したアーシュラの前髪が数本、宙に舞う。一瞬先までアーシュラが立っていた位置に鞘の先が突き刺さり、石床に亀裂が走る。


「はうう……。

 二人とも、落ちついて~。

 アーシュラ君になら~おっぱい突っつかれても平気だから~」


「植物の根は水分を狙っていた。

 だからそれをなくしてやったのだ。

 何故、俺が怒られる!」


「あ~なるほど~。それで口の中まで狙われたんだ~」


「奴等の習性が分かれば、対処は簡単だ」


 アーシュラが自分の水筒を部屋の中央へと投げる。意を察したタロリーも同じようにする。予想は的中し、水筒から零れてできた水たまりに根が集中する。


「タロリー。全力でやって!」


「まっかせて~」


 タロリーが右手の人差し指を頭上に掲げ左膝を曲げて、魔法を使うポーズをとる。


「いっくよ~。フレイムトルネ~ド!」


 サキュバスだからか癖なのか、お尻をきゅっ後ろに突きだし、ボディラインを強調しながら両腕を前にだす。タロリーの両手から、四頭立ての馬車くらい一呑みにできそうな炎の渦が出現した。

 アーシュラはツンツン黒髪の下にある同色の瞳に赤い炎色を映し、瞼を跳ね上げる。


「やめよ!」


「ひゃうっ」


 アーシュラがタロリーの魔法を中断させようとする。炎がある以上、前方に回り込めないのでアーシュラはタロリーの背後から、両腕を掴むしかないのだが、タロリーはセクシーポーズ中。二人は慎重さがあるので、結果として、アーシュラはタロリーの尻に胸を押しつけながら、背後から胸を鷲づかみにする格好となる。もちろん、アーシュラは魔法を止めようとしただけなので、セクハラのつもりは一切ない。


「ひゃわああああっ」


「風で斬るか毒で腐らせろ!

 タロリー、貴様、まさか炎しか使えないのか!」


 アーシュラが魔法を中断させようと胸を掴む手に力を入れれば入れる程、指は柔肉に深くめりこみ、却って炎は勢いを増した。


「そんなに強く触ったら、駄目です~!」


「やめなさい! 馬鹿!」


 ミルが背後からアーシュラを羽交い絞めにして引き離す。


「やめるのは我ではない。タロリーを止めよ!」


「なんでよ!」


「水分を求めて根を伸ばしてくるくらい乾いているのだぞ!

 それが細く密集し――」


 次の瞬間、眼前に広がる光景のおかげで、アーシュラが最後まで言い切る必要はなくなる。

 ボボボオウッ。細い根が一斉に燃え上がり周辺の太い根にも燃え移り、一瞬でフロア全体が炎に包まれた。

 まるで窯の中のように周囲が赤く染まる。タロリーが中等部魔法剣士課程でも随一の炎魔法の使い手だったことが却って危機を大きくしてしまった。


「ひ、避難!」


 三人は慌てて駆けだすが、焼き切れた根が落下し、階段口を塞いでしまう。


「しまった!」


「ど、どうしよう~」


「下がってろ!」


 動揺する二人と異なり、冷静さを保っているアーシュラの行動は早い。二人を押しのけ、階段口に覆いかぶさった根を掴む。


「ぐっ……!」


 根をどかそうと試みるが、数十メートルもある巨大な根の重量を、アーシュラの腕力で動かすことはできない。


「アーシュラ、無茶だからやめて!」


「ぐぬっ……!」


「そんな大きな根っこ、動かせるわけないよ!」


 ミルがアーシュラを連れ戻すため、火に飛びこむ。


「馬鹿か!

 貴様、火傷したらどうする!」


「だったら、早く出てよ!」


「くっ……!」


 ミルが己の体を人質にして説得すると、アーシュラはしぶしぶと納得。二人は炎から離れる。


「無茶をするな!」


「だって……」


 ミルはアーシュラの焼けた頬を見て、何も言い返せない。耐火性のあるジャージは無事だが、アーシュラの肌は至る所が火傷になっている。

 しかし、アーシュラは己の負傷はまったく気にしておらず、逆にミルの髪が少し焦げていることに気づく。本心から美しいと思っている青銀色の髪を、これ以上汚すわけにはいかなかった。


「仕方あるまい……『ブロック』『リリース』」


 肉体は初等部のような矮躯でも、中身は魔王なので、非常時においてアーシュラの決断と実行は早い。『マジック・クラフト』の呪文を連続詠唱し、床を蹴る。ブロック化された床が解放されて、崩れ落ちる瞬間、アーシュラはミルを引き寄せ立ち位置を交換する。


「えっ。きゃああっ!」


 床に穴が空き、ミルがブロックと共に落下していく。


「タロリー! 任せた」


「う、うん!」


 意を察しタロリーが穴に飛びこむ。タロリーなら一人分の体重を抱えて飛行することが可能だ。

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