第16話 勇者の娘は、正体不明の何かに襲われる

 朝食の後片付けが終わったので、ミル達は上階に向けて出発。塔の中は薄暗いが、外は快晴らしく、空けた採光窓から四角形の光の線が伸びてくる。壁を材料にして階段を造れば造るほどに採光窓も増え、塔の中は次第に明るくなっていく。特にトラブルもなく一行は四時間で、三階に到達した。


「この階層も問題ないね。

 やることは昨日と一緒だから。

 アーシュラとベリオは魔動ウインチの設置。 

 タロリーは窓を開けてきて。

 私は照明魔法道具を設置するから」


 ミル達は各々の作業を終えると昼食を取った。一時間の休憩の後、出発しようとしたタイミングで、ヴリトラが一行から抜けると言いだす。


「今日は次の四階までですよね?

 アーシュラ様、私は体調が優れないのでここに残ります」


「む……。分かった」


「ん。じゃあ、下の階で看てもらお。

 タロリー、付き添いしてあげて」


「いえ、それにはおよびません。

 少し胸が痛いだけですので、休めば回復します」


「胸って、むしろ逆に心配でしょ」


「休めば回復しますから、みなさん、先に行ってください。

 アーシュラ様にズキューンと貫かれた胸がチクチクするだけですので、

 察してください」


「本当に大丈夫なの?

 何もかもが胡散臭いんだけど」


「失敬な。私の何処が胡散臭いんですか。

 みなさんは実習授業を続けてください。

 予定どおり進まないと成績に響きますよ?

 ほらほら。人間はいつも『首席卒業するんだ』と言っているじゃないですか。

 私のことは気にせず先へ行ってください」


「でも」


「ミルよ。心配は要らん。

 ヴリトラは問題ない」


「ええ。もちろんです。

 今まで我慢してきた痛みですので、今更ですし」


「……分かった。

 でも、ちゃんと、二班やルーヴィラス学園の人と合流したら、看てもらうんだよ。

 回復魔法が得意な子もいるし。

 あと、迷惑なことをしないでよ」


「失敬な。

 いつ私が迷惑行為を働きましたか」


「無自覚って怖い……」


 こうして、一班からヴリトラが離れることとなった。


「ふむ……」


 階段脇で仲間を見送り、三階フロアに残ったヴリトラが天井を、いや、さらに上の屋上を見据え、口の端を吊り上げる。


「先日の植物園といい今回の塔といい、

 なかなかどうして面白いことになりますね」


 離れた位置でドワーフのトッティがエレベーター設置作業をしているが、ヴリトラの意味深な笑いには気づかない。


「ですが問題は……」


 ヴリトラは壁に背を預け視線を落とす。傍から見れば床を見つめているように見えるが、その視線はさらに下、地中へと向けられている。


「胸が痛いですよ、アーシュラ様……。

 もう、時間は残されていないかもしれません」


 それから四時間後、上階で何が待ち受けているのか予想だにしない一班は、四階の直下に到達した。

 先頭のタロリーが額の汗を拭い、天井を叩く。


「みんな、少し下がって~。今から入り口を開けま~す。『ブロック』」


 呪文を唱え天井をブロック化して『ムーブ』で四階に押しこむ。


「お邪魔しま~す。ひゃわっ」


 四階層目に入った瞬間タロリーが変な悲鳴を上げる。

 列の二番目にいるアーシュラだけが、タロリーの体が上方に引っ張られるようにして消えていったのを目撃した。


「む……」


「どうしたのアーシュラ?」


「タロリーが何者かに勢いよく引き上げられた」


「え?」


 ミルがアーシュラの背中に抱きつくようにして四階を覗きこみ、肩越しに懐中電灯を向ける。

 細い紐状の物体がタロリーの足に巻き付いて引き上げているようだ。


「た、助け――」


「タロリー?!

 アーシュラ、突入!

 ベリオはとにかく明るくして!」


「分かった」



「おう!」


 四階の状況は不明だが、アーシュラとミルは飛びこみ、異様な光景を目にする。


「何、これ……紐?」


 天井から無数の紐がフロアを埋め尽くすようにして垂れ下がっている。まるで逆さまになった巨大イソギンチャクの体内に呑まれてしまったかのようだ。垂れている物は節くれ立っており、長さはまばらで一割程度は床まで到達している。


「天井から垂れているの?

 二百メートルはあるのに、なに、これ」


 得体の知れない細長いものがタロリーの腕や胸や太ももなど、至る所に絡みついている。


「助け、もごごごっ」


 何かの先端がうごめき、タロリーの口の中へと侵入していく。


「タロリー! いま助ける!」


 ミルは抜剣。足下から射す僅かな明かりを、青銀色の剣身が反射し、暗色の空間を銀線が貫いた。叫び声に反応したのか、何かの先端がミルの頭部を目掛けて前後左右から迫ってきた。ミルは同時ともいえる俊足ですべてを切り落とす。紐が殺到する前に駆けだし、アーシュラの肩を踏み台にして跳躍、タロリーを縛り上げていた物を横薙ぎに払う。


「たあっ!」


 暗闇の中に青銀色の残像が走る。紐状の何かは柔らかく、何本も同時に切り裂くこ

とができた。宙返りしてミルは綺麗に着地。膝をクッションにして衝撃を殺し、少ししゃがんだ後に小さくピョンッと跳ねる。


「うんっ。私、凄いッ」


 青銀色の三つ編みが遅れて弾む。剣を持った右手を引き、左手を前に出してVサインでアピール。


「あうっ」


 華麗な体捌きを見せたミルとは裏腹に、タロリーは背中から落下し、悶えながら床をゴロゴロと転がる。気が動転していて咄嗟に飛べなかったようだ。


「タロリー、ごめん。着地できるかと思った。

 アーシュラ、今みたいなときは、受けとめ――」


 紐が顔目掛けて伸びてきたので、魔剣で切り払う。


「声に反応している。みんな、今から会話禁止!」


 三度伸びてきた紐をミルは後方宙返りを繰り返し避ける。その際、視線が低くなった時、足下に落ちている物を見て、ミルはそれの正体を悟った。


(これ、紐じゃない。植物の根っこだ!

 そうか。屋上の植物の根っこが垂れてきているんだ。

 モンスター化してるの?

 なんで声に反応するの?)


 ミルは根っこの習性を探るべく、腕時計のアラームを十秒後にセットして遠くまで滑らせる。しかし、検証する間はなかった。


「きゃああっ」


 甲高い悲鳴と共に、懐中電灯の光線が四方八方へと乱れた。無言を貫いていたはずのタロリーが、またもや足に巻き付かれて宙づりにされている。


「ひゃぅっ、や、やめてください~」


 天井から垂れてきた根っこはタロリーの口腔内を陵辱せんと、生きているかのように顔の付近を這いずる。さらに、他の根が脹ら脛から太ももへと巻き付く。


「だっ、駄目です~。

 私、サキュバスだけど、エッチなのは駄目です~。

 はぅぅむぐむぐ……」


 根っこがタロリーの口腔内に侵入してうごめく。


「も、もしかして、根っこに偽装した触手モンスターなのでは!」


 オークの血をひくエッチなベリオが採光窓を作る作業を一時中断し、懐中電灯でタロリーを照らし、息を荒くする。


「きゃうううっ」


「タロリー! 悲鳴禁止!」


 ミルは根っこをおびき寄せようと、魔剣の鞘で床を叩き鳴らす。

 だが、根っこはミルよりも先に、背後のベリオを襲った。


「おわあああっ!

 なんで俺を?!

 エッチな触手モンスターじゃなかったのかぁぁぁッ!」


「ミルよ。

 エッチは女性の体に過剰な興味を持つという意味だったよな」


「だ、だいたい、そうだよ」


「なるほど。

 つまり、この根っこは貴様よりも半オークのベリオに女性としての魅力を感じたと言うことか」


「違うよ!

 コレはエッチな触手モンスターじゃないの!

 いいから、二人を助けるよ!」


 ミルは自分に近寄ってきた根っこを斬り払って移動しながら、仲間を救う機会を窺う。小柄な体を活かし身軽に跳びはね回転し、編み目のような密集地すら難なくすり抜けていく。

 アーシュラはミルよりさらに小さい体を活かし、根っこの隙間を縫うようにして避ける。時折体に巻き付かれるが、噛み千切って自ら脱出。


「ちいっ。わらわらと面倒くさい」


「音に反応しているわけじゃないね。アーシュラ、押し上げて!」


「ふんっ。またしても我を踏み台にするつもりか」


 アーシュラがへその前で手を組み腰を落とす。ミルはアーシュラの手を踏み、跳躍。アーシュラが同じタイミングで、ミルの足を力一杯押し上げた。


「たああああっ!」


 ミルは上空で体を捻り、ベリオに巻き付いていた根っこを斬り離す。


「ベリオ、ごめんね!」


 ミルは落下し始めたベリオの尻を蹴り、反動で跳び、勢いそのまま壁に着地。落下するよりも早く三角跳びの要領でタロリー目掛けて跳躍。


「たあっ!」


 根っこに斬撃を放ち、タロリーを拘束から解放すると、ミルは手近な根っこに足を引っかけて勢いを殺し、宙返りして足から着地。落下の衝撃を軽減するために膝を曲げ後転してから、ピョコンッと一度跳ねる。


「うしっ。

 全員解放。わたし、偉いっ」


 左手で小さくガッツポーズ。賞賛を求めて振り向くと、アーシュラがタロリーの尻に顔を押しつぶされていた。言いつけてあったとおり、落下する者を助けようとしたらしい。


「女の子のお尻に顔を突っこんで何しているのよ!」


「こいつが尻から落ちてきたんだ! 退け!」


「ひゃうっ、ご、ごめんなさい」


 アーシュラはタロリーの尻を両手で鷲づかみにして押しのける。


「きゃううっ。アーシュラ君、指っ、駄目えっ」


 敏感なところに触れてしまったようだ。


「アーシュラ! ナチュラルにセクハラ行為をするな!」


「誰がいつセクハラをした!」


 怒るアーシュラを無視し、ミルは仲間に指示を出す。


「ベリオは階段を安全な所まで避難して魔動ウインチを死守!

 残りは根っこ退治!

 タロリーオフェンス、私とアーシュラは援護」


「分かった!」


「りょうか~い」


 アーシュラ以外の班員から返事。ベリオは頭を低くし階段目掛けて走りだす。


「やるわよ~」


 タロリーが右手の人差し指を頭上に掲げ、左膝を曲げて、魔法を使う決めポーズ。


「フレイム・ウィップ~」


 指の先から二メートル程の、炎の鞭が出現する。男性を誘惑する甘い匂いの汗がサキュバスの種族特性なら、炎の操作こそがタロリー個人の特性だ。

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