第15話 勇者の娘は、地震を怖がる
塔再建実習、初日の夜。タロリーが火系統の魔法を得意とするため、一班は温かい食事を取ることができた。パンとウインナーとシチューというメニューは、概ね好評だったが、アーシュラはサラダがなくて、やや不満だったようだ。さすがに、数日に及ぶ校外実習で、新鮮な野菜は望めない。
「あとは寝るだけだけど、さすがに早すぎて眠れないよね」
腕時計を確認すると、十九時。
「へっへっへっ。
こんなこともあろうかと、カードゲームを色々と持ってきたぞ」
「だっ、駄目だよ!」
ミルが慌ててベリオを注意する。
「ちぇーっ。固いこと言うなよ」
ベリオは実習授業中だからカードゲームで遊ぶことを禁止されたと思いこむ。
しかし、ミルが注意した理由は違う。
「そういうのは、ちゃんと大人になってから合意の上でするの」
「ん?」
ミルの発言の真意を理解できた者はいないが、どうしてもカードゲームで遊びたい者もいない。
「そうだ。アーシュラ、中間試験の対策できてる?」
強引な話題転換ではあったが、全員暇なので特に気にしない。
「む。中間試験とはなんだ?」
「やっぱり。確認しておいて良かった。
アーシュラ、まだ一回も試験を受けてないもんね。
中間試験は別名、勇者武器争奪戦っていって、
優勝したら勇者武器の所有権が与えられるの」
勇者武器は、聖剣エクスカリバー・魔剣デュランダル・天裂槍グングニル・穿帝弓ミストルテイン・竜牙杖テュルソスの五つ。試験で生徒はこのいずれかの所有権獲得を目指すことになる。武器ごとに学園内で成績優秀者三名を選出。五学園の代表十五名に、現所有者を加えた十六名でトーナメント戦を実施する。
「アーシュラは、とりあえず、どの武器に挑戦するか決めて」
「武器など我には不要だが」
「校内予選での戦闘内容が点数になるんだから、
予選には絶対エントリーする必要あるの」
「ふむ。なら、テュルソスに挑戦するか」
「だったら、魔法が得意な生徒との模擬戦闘をすることになるから、
魔法対策をしておく必要があるね」
「対策など不要だ。我は魔王の転生――」
「エントリーする武器は決まったから、次は試験の準備だね!」
ミルはアーシュラが正体を口にしようとしたから、大声で被せた。正体を知っているからこそ、焦ってしまったのだ。しかし、アーシュラは普段から魔王の転生者を自称していたので、ベリオやタロリーはむしろミルの方を不審な態度だと感じた。普段のミルなら「はいはい、魔王様」とあしらう。
タロリーは、ミルは疲れているのかなと思ったが、特に指摘しない。
「歌とダンスは~私とミルがお手伝い~?」
「ん。まあ、アーシュラを卒業させるためだし、協力するよ」
「歌なら俺も――」
「ベリオは音痴だからいらない……」
「……待て。歌とダンス? 試験は模擬戦闘だろう」
「うん。そうだよ。
えっとね、試験の審査員は教師と生徒と、あと卒業生なの。
で、教師は人間、魔族、ドワーフ、エルフの四人がそれぞれ持ち点千で計四千。
必ず試合を見てくれるけど、生徒や卒業生は観戦自由なの。
持ち点は一。試合日程とか会場の都合とかにも左右されるけど、
もし学園の生徒全員が点を入れてくれたら一万点。
文化祭なら卒業生も、何千にも来るんだから」
「それで、何故、歌とダンスが出てくる」
「観戦自由ってことは、興味がないと見てくれないってことでしょ?
過去の試験で名前が売れていないんだから、アーシュラの試合なんて誰も見ないよ」
「私はアーシュラ様を応援しに行きますよ」
「うん。じゃあ、訂正。
アーシュラの試合は私達しか見ないから、生徒枠の得点は二十点しか入らないの。
みすみす一万点を捨てる必要はないでしょ?
だから、試合の前に生徒を集めるための出し物が必要なの」
「友人が多ければ好成績になるのか。
弱者が不当に高く評価され、逆に強者が低く評価されることもあるのではないか?」
「人を集められるということはカリスマ性や統率力があるということだからね。
今の世の中では必要なスキルなの。
ほら、王様とか騎士団長とかは本人が強くなくても、
軍隊を上手に操作できればいいでしょ?」
「それでか。
だが、何故、歌とダンスだ。ふざけているのか」
「んー。ダンスは剣舞って言った方が良かったかな。
騎士学校を想像すると分かりやすいかも。
甲冑を着た生徒達が聖歌と剣舞を披露するの。
騎士にとっては、歌とダンスは卒業後に必要なスキルだから」
「む」
「私達も授業で歌や剣舞を習ってるでしょ?
その成果を発表するの。
元々、試合を観戦する理由って、
学園の卒業後にパーティーを組んだり自国の軍に勧誘したりする生徒の品定めだから、歌と剣舞も注目されるの」
「ふっふっ。アーシュラ。
俺からもいいことを教えてやろう。
ドワーフは武器や魔法道具を、エルフは魔法薬を会場限定販売して生徒を呼ぶんだぞ。残念だけど、サキュバスのショーは校則違反だから期待するな」
「なるほど。
つまり、学校で習った技能を披露して観客を集めるというわけだな」
「そ。
手作りのお菓子を配ってもいいし、サイン会を開いてもいいから、
割と何でもありだけどね」
「アーシュラ君、安心して~。
聖歌を歌って一糸乱れぬ剣舞をするのは騎士学校の人達くらいだよ~。
私達のは~エンタメ~。
可愛い衣装を着て~歌って踊るの~」
「アーシュラ様」
「む」
雑談中だが急にヴリトラとアーシュラが真剣な眼差しを交換しあう。
「……大きいな。揺れるぞ」
「楽しみだよな」
ベリオが、タロリーの胸の話題だと勘違いして、いやらしい笑みを浮かべた、その直後。
ズドッ。ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……。下方から鈍い音が響き始める。
直下型の地震だ。彼等がいるのは塔の地上四百メートル地点なので、ゆっくりとだが、大きく円を描いて揺れ始める。
「わっ、わっ、大きいよ」
「きゃああ~っ」
「おわあああっ!」
「ふむ……」
アーシュラとヴリトラは平然としているが、ミル、タロリー、ベリオは大いに錯乱した。
揺り返しが続き、塔はいつまでも動き続ける。学園都市に住む生徒達は地震には慣れているが、それは、固定された足場の上で感じる左右や前後などへの揺れであり、塔の中で足場全体がゆっくりと傾斜し、折れるのではないかという不安とともに円運動をすれば、どうしても恐怖は抑えられない。
「落ちつけミル」
アーシュラはミルの傍まで行くと、肩を抱き寄せる。
「きゃっ。ちょっと、アーシュラ」
「一千年以上倒壊しなかった塔が今崩れる可能性は極めて低い」
「そ、そうはいっても、怖いものは怖いでしょ」
「俺がいる」
「う……」
いつになく真面目な声音を耳元で聞き、ミルはなにも言い返せなくなってしまう。
「タロリーよ。貴様は飛べるのだから地揺れくらいで狼狽えるな」
「あ、そっか」
「ベリオ。勇猛なオークの戦士がこの程度で恐怖するとは情けないぞ」
「おっ、おう!
怖がってなんかいないぞ。
遊園地のアトラクションみたいで楽しいと思っていたところだ!」
それから実に三分近くも揺れ続けてから振動は収まった。タロリーが床に降りてベリオが立ち上がり揺れが完全に停止したことを確認するが、何故かミルは胸の中に不思議な感触があって、まだ揺れ続けているかのように感じた。
「アーシュラ、もう平気だから離して……」
「また揺れるといかん。俺が添い寝してやろう」
「だ、大丈夫だから!」
朴念仁のアーシュラは他意なくミルを心配するが、傍からはイチャイチャしているようにしか見えないので、ヴリトラが嫉妬する。
「アーシュラ様、抱き枕が必要でしたら私が変わります」
「うむ。頼む」
ヴリトラはアーシュラの抱き枕に立候補したのだが、アーシュラはミルの抱き枕に立候補したのだろうと誤解する。
アーシュラはヴリトラをミルの方に押しやると、自分は毛布にくるまってしまう。
「アーシュラ様、それはないです……」
しかし、主の命令は絶対なので、ヴリトラはミルにぴったり密着し、その腕をとって自分に巻き付かせて、抱き枕役をしっかりと務めた。
それから中間試験対策の話し合いが少し続き、やがて、欠伸が混じり始める。
「もう、十時。寝よっか」
ヴリトラを除く全員がうとうととしているため、ミルの言葉にはっきりとした返事をするものはいない。全員毛布にくるまって、半ば夢の中だ。
誰もが疲れていたので、朝まで熟睡した。
そして朝。
「む。朝だぞ。ミル、起きろ」
「んー。暗いしまだ夜だよー」
「寝ぼけるな。起きろ」
「えー。あと三十分」
「分かった。とりあえず離せ」
「えー。やだー。ヴリトラ暖かいもん……」
ミルが抱きついているのはヴリトラではなくアーシュラだ。夜中にいったい何があったのか、ミルはヴリトラを抱き枕にしていたはずだが、いつの間にかアーシュラに抱きついていた。
ミルの反対側ではヴリトラが丸まって、アーシュラに寄り添っている。こちらは起きて、頭はしっかり覚醒している。
「私は人族の小娘が退くまで、ここは譲れません」
「む。仕方あるまい。タロリー、ベリオ、朝食の準備を頼む」
「は~い」
「くっそー。アーシュラばかり羨ましい! 不純異性交遊禁止なんだぞ!」
「ほらほら~大声だしちゃ駄目~。ミルが起きちゃう~」
三十分後。目が覚めたミルの「どうして誰も起こしてくれなかったの」という逆ギレにより、アーシュラはポコポコパンチを何発も喰らうことになる。
アーシュラとベリオが魔動ウインチで階下の荷物を引き上げる作業に入ると、ヴリトラが主に代わりミルへの報復に乗りだす。
「昨晩はお楽しみでしたね」
これはかつて勇者が魔王退治の旅で、宿に泊まった時に店主から言われたとされる台詞だ。人類の間では流行語にもなっている。
「や、やめてよ」
真っ赤なミルの抗議はいつもより弱い。ミルは魔王が討伐された翌年に誕生しているが、妊娠期間を考慮すると、魔王討伐よりも早く妊娠していなければならない。つまり、両親は旅の道中の宿屋でお楽しみだったのだ。そのことを、両親は仲間に何度もからかわれている。ミル自身、幼い頃から意味が分からないまま大人達から『お楽しみベイビー』と呼ばれてきた。
「人間、顔が真っ赤ですよ?」
「からかわないでよ。赤ちゃんできないように、
トランプを持ってこなかったんだから……。
き、昨日だってカードゲーム禁止にしたし……」
「……は? トランプ?」
「夜中に男女が楽しむと赤ちゃんできちゃうんだから……」
「……え?」
無表情なヴリトラは、ミルをさす指の震えで動揺を表現する。
「人間……もしかして……。え、ええ……?
どうやって妊娠するか知ってます?」
「お、男の人と女の人が、同じベッドで寝て楽しいことして、
それからコーヒーを飲んだり、鳥の鳴き声を鑑賞したり……」
「コーヒー? 鳥?
ベッドの中ですることが肝心なのですが」
「ま、漫画には書いてないもん……」
「まんが」
ヴリトラは大げさに額を押さえて、よろめきながらミルから離れ、タロリーに抱きつく。
「ひゃうっ」
「サキュバスの娘、あのおぼこに赤ちゃんの作り方を教えてあげなさい」
「はーい」
タロリーは目をトローンととろけさせる。上位魔族の言葉にサキュバスは本能的に逆らえない。洗脳されたように言いなりになってしまうのだ。タロリーはミルのもとまでいくと耳元で、サキュバスの性知識を存分に活かしながら性教育を施す。
ミルは耳を塞いでイヤイヤをしつつも、逃げずに、しっかりと聞いた。
「人間もですが、アーシュラ様も鈍すぎるので、なんとかしないといけませんね」
ヴリトラが見つめる先でアーシュラは階下からドワーフの少女を引き上げているところだった。穴から引っ張り上げる際に、背後から腋に腕を回して胸を鷲づかみにするというセクハラをしていた。ナチュラルにスケベなハプニングを起こすくせに、まったく下心がないのだ。
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