第14話 勇者の娘は、エッチな勘違いをする
大半の者は普段から鍛えているので余力があるが、百キログラムの荷物を背負っていたベリオは軽く息が弾む。オークの血をひく体力馬鹿もさすがに疲労を隠せない。
「アーシュラ様、氷百合の朝露です」
「気が利くな」
ヴリトラが水筒を差しだし、アーシュラが喉を潤す。ヴリトラによるかいがいしい世話はいつものことだ。だから、ミルは特に気にしない。口移しで飲ませますなどと言わないのだから、むしろ突っこみの手間がなくて楽なほどだ。
しかし、ミルは知らない。ヴリトラが差しだした水は、高度七百メートル以上に生息する氷百合という花から早朝にのみとれる水滴を集めた物だ。今朝の内に『神至の塔:下側』最上段までヴリトラがひとっとびして、そこに咲いていた氷百合からとってきたのだ。
数日前に、飛行魔法が使える教師が塔の頂上を偵察するために、休憩しながら外壁を昇った際は一時間を要している。上に行くほど抗魔法が強く飛行困難になるため、高い練度の教師ですら迂闊に飛んでいくことはできないのだ。その工程をヴリトラは短時間で軽く超えていた。
ミルも水筒のお茶で水分補給し終えたので、次の作業に移る。
「みんな、一息ついた?」
うむ、は~い、おう、ペチン(尻尾で床を叩く音)と、全員から返事。
「じゃ、ベリオは持ってきた魔法道具の設置。
アーシュラはその手伝い。
タロリーは、高い位置に窓を開けてきて。
私は照明魔法道具を設置するから」
ミルの指示に従って各々が作業を始める。ヴリトラはアーシュラの言うことしか聞かないので、指示はなしだ。
アーシュラは階段から離れた壁際の床に『ブロック』で穴を開ける。
次にベリオが一階から運んできた魔動ウインチを穴の脇に設置し、懐中電灯を階下に向けオンオフを繰り返す。すると、一階でも懐中電灯がオンオフされた。
「おっ。
準備オッケーみたいだな。アーシュラ、ワイヤーを垂らすぞ」
「うむ」
二人はワイヤーの先端を穴にいれ、ウインチを作動させて、下に伸ばしていく。
暫くしてワイヤーは一階で待機していた二班の元に到達。
引き上げるとワイヤーのフックにトレーが引っかけてあり、五人分の食事が載っていた。
「おーい、ミル。昼飯が届いたぞー」
「了解。みんな作業は終わった?
まだの人も一旦手を止めて、お昼ご飯にしよ」
昼食を取り終えると、次に魔動ウインチで私立ルーヴィラス学園に所属するドワーフの生徒を一名、引き上げた。
ドワーフ自体が小柄な種族だが、耐荷重五十キログラムのウインチを使う都合上、最も軽い者が選ばれた。ドワーフの少女トッティは、どう見ても園児にしか見えない。だが、れっきとした中等部三年だ。事前に挨拶は済んでいるので、トッティは早々に作業に移る。魔動ウインチでもう一つの魔動ウインチを階下から引き上げた。
「じゃあ、トッティさん、あとはお願いします」
「はいら~!」
ミル達はトッティを二階に残し、引き上げた方の魔動ウインチを持って三階を目指す。トッティは残った方の魔動ウインチで中型の魔動ウインチの部品を引き上げ、組み立てる予定だ。次に、完成した中型ウインチで魔動エレベーターの部品や仲間達を運ぶ。このようにして、少しずつ大きい魔法道具を上の階に運び、最終的には塔の一階から最上階まで荷物を輸送可能にするエレベーターを創る。
ミル達は先行して危険がないか警戒しつつ、魔動ウインチを設置する役割を担う。二階からは階段を作りながら上ることになる。落下しても大丈夫なタロリーを先頭にして階段構築を任せ、アーシュラ、ベリオ、ミル、ヴリトラが後ろに続く。
「ブロック~」
シュピンッ。
糸を張るような音がして、壁面に縦横四個に区切られた二十五センチメートル間隔の透明な格子模様が現れる。
「ムーヴ~」
ポコポコポコンッ。
壁から縦四、横四、奥行き四、合計六十四個のブロックが迫りだし、タロリーが指さす足下へと移動する。
「フィックス~」
カチッ。壁から出てきたブロックは空中で固定され、横四つ十六段分の階段となる。塔の壁はちょうど一メートルの厚さらしく、窓代わりとなる穴が空いた。
「ブロック、ムーヴ、フィックス~」
ブロックを自在に操って階段を構築するのが楽しいらしく、タロリーの唱える呪文はリズミカルだ。
「ブロック、ムーヴ、フィックス~」
呪文に合わせて指を振り、つられてお尻も左右にフリフリ。
タロリーの後ろにいるアーシュラは目の前で揺れる尻を見て、呟く。
「安産型だな」
「ひゃいっ?」
「気にするな。階段の構築を続けろ」
「う、うん」
タロリーは歌うような呪文詠唱を再開し、壁からブロックをくりぬいて手際よく階段を構築していく。
「美しいな……」
「ひゃ、ひゃいい~~」
「手を止めるな。階段の構築を続けろ」
「ひゃ、ひゃい~」
アーシュラはタロリーの手際を褒めただけだが、大いに誤解を与えた。
上機嫌になったタロリーは奮起し、結果として階段の構築は順調に進む。
一般的に、サキュバスはエッチだ。男に淫猥な夢を見せて、精神を支配する。エッチな能力を活かして戦う魔族なので、やはり、初体験の平均年齢は低い。しかし、サキュバスとしては奥手なタロリーはまだ経験がない。
学園に入学するために森を出た時、タロリーは母親から『卒業式に行くから赤ちゃんを抱かせてね。双子がいいわ』と催促されている。
そんなタロリーは、暗い三階フロアに到達した時、今がチャンスではと思ってしまった。まだ窓を開けていないし照明魔法道具を設置していないので、光源は懐中電灯だけだ。アーシュラに褒められて気分が高揚していたし、暗い空間に長くいたせいで、かつて聞いた両親の睦言を思いだしてしまった。
サキュバスはエッチな種族なので、どうしても幼い頃から、親のそういう場面に遭遇する機会が多いのだ。
三階層に到着して、汗ばんだサキュバスの少女は意を決す。サキュバスの汗は甘い香りがし、催淫効果がある。タロリーは懐中電灯の電源をオフ。
「ふむ。何か芳しい香りがするな」
「アーシュラ君、わ、私、我慢できない!」
「む。どうした」
「と、とっても気持ちいいことしてあげる!
わ、私、精一杯、頑張るから」
「ほう。
ちょうど(疲労が)溜まっていたところだ。気持ちよくしてもらおうか」
「うんっ!」
「え、何。二人とも何かしてるの?」
「ミル。待っていろ。俺がやり方を覚えたら、貴様も気持ちよくしてやる」
「う、うん?」
「アーシュラ君、上着を脱いで、ここに寝て」
「うむ」
「私が上で気持ちよくしてあげるから、じっとしててね。
ママがパパにしていたみたいにしてあげる」
「ああ。む……」
「アーシュラ君、どう?」
「ああ、いいぞ」
「え、あれ?
ねえ、何してるの?」
二人の吐息が荒いから、ようやくミルは、なんとなく察した。ミルは具体的なことは何も知らないが、チョイ悪イケメン達に女が玩ばれる漫画を読んだことがあるので、男女が何かすると、とても気持ちよくなるということは知っている。
「ねえ、アーシュラ、タロリー、何してるの?」
「気持ちいいことだよ~」
「ね、ねえ、それってこんな所でしていいことなの?」
「え~。別に恥ずかしいことじゃないし、見られても平気だよ~」
「それはタロリーがサキュバスだから……!」
「あっ。
アーシュラ君のここ、凄く固くなってる。
すぐに気持ちよくしてあげるね」
「んっ……。
なるほど、確かに……これはっ」
「えへへ~。上手でしょ~。
初めてのときもパパから『タロリーは上手だね』って褒められたんだよ~」
タロリーの熱い吐息に、アーシュラの湿った呻きが混じりだす。
「二人とも何してるの!」
ミルが、リュックから明かり用の魔法道具を取りだして起動。
ランプ型の魔法道具で照らし出された先で、うつぶせに寝たアーシュラの太ももにタロリーが座り、腰を両手で押している。
「アーシュラ君、気持ちいい?」
「ああ……。最高だ……腰がとろけるようだ」
「え、あれ……?」
何処からどう見ても、マッサージだ。
「だいぶ、脚の筋肉が固くなってる~。
こうやってほぐすと、とっても気持ちいいでしょ?」
「うっ……。ああ、最高だ……」
「えっ……」
ミルはエッチな勘違いをしていた。
夜目の利くヴリトラは普通に、何もエロい事態になっていないことに気づいていたから静観していた。
「人間は、そういうことの知識がおありと……。ムッツリですね」
「なっ……」
「無垢なサキュバスより、エッチなことに興味津々なんですね。
嘴が青いにも拘わらず、なんたる尾篭」
「ぐっ、ぐぬっ……。
言っていることの意味は分からないけど、なんか悔しい……」
迂闊なことを言えば不利な状況になりかねないので、ミルは歯がみするしかない。
勘違いしたミルが気まずく沈黙する中、タロリーのマッサージは続く。
「タロリーよ、足腰がだいぶ楽になった」
「え、えへへ~。そう言ってくれると嬉しいよ~」
「やり方は覚えた。ミルよ。
我が貴様の体に快楽を教えこんでやろう」
「うっ……」
「なぜ顔を赤くする」
変なことを想像した直後だから、些細なことにも反応してしまうのだ。
ミルは分が悪いので多少強引ではあるが話題を変える。
「今日はここで寝るんだから、準備。
ほら、男子は魔動ウインチの設置。女子は照明!
二階と同じ段取りで!」
ミルは手を叩き、班員達を急かして散らす。
「人族の少女、アーシュラ様と交尾したいですか?」
「……そういう単語、口にしないで」
「私はアーシュラ様と交尾したいです」
「そ、そうなんだ……」
ミルはヴリトラの感情を読みとりたくて顔を見るが、いつもと変わらぬ無表情じと目。
「なんです?」
「……なんでもない」
ミルは苦手な話題に背を向け、作業に集中することにした。
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