第13話 勇者の娘は、失敗する
塔の内部は竹のような構造をしており、高さ二百メートルくらいの空間が縦に連なるが、人が通るような階段はない。そのため、内側の壁面をブロック化して階段を作って移動することになる。何かの拍子に崩れないとは限らないので、念のために飛行可能なタロリーを先頭に配置した。
全員が学園指定のジャージを着る中、ヴリトラだけ制服のままなので最後尾に配置。魔法では、ジャージよりも制服の方が作りやすいらしい。
タロリー、ミル、アーシュラ、ベリオ、ヴリトラの順で五人は塔に入った。その際、入り口の脇にいた後方支援部隊から「タロリー幼稚園、頑張ってこいよ」と声がかけられる。
一班は、タロリーの身長がサキュバスとしては大きめの165センチメートルで、女子の平均より高い。他は、ベリオがオークとの混血時としては小さい150センチメートル。ミル142センチ、アーシュラ135センチ、ヴリトラ134センチと、小柄な者ばかりだ。
魔法剣士過程で最も背が低い四人が揃っているため、他の班からタロリー幼稚園と揶揄されている。
「ミル、ようちえんとはなんだ?」
「なんだろうね。
飛行能力者を先頭にした一列縦隊のことじゃないかな」
「そうか」
喧嘩っ早いアーシュラが本当の意味を知ったらトラブルになりかねないので、ミルは適当に対応しておいた。
本来なら塔の中に明かりはないが、一階は事前にルーヴィラス学園の生徒が魔法道具の照明を設置しているため明るい。
さらに一階から二階までは階段が作成済みで、壁面に採光用の穴が開けられ、魔法道具の窓枠が光を増加させている。
ルーヴィラス学園はドワーフとエルフの共学で、様々な魔法道具や新魔法を開発している。一定範囲内の構造物をブロック化する大規模魔法『マジック・クラフト』は、ルーヴィラス学園の教授達が発明した新時代の魔法だ。
「人類め、珍妙な魔法を創りだすとは面白い」
アーシュラは壁面をペチペチと叩きながら、発動の呪文「ブロック」を唱える。
ただ階段を上るだけなので、暇でしょうがないのだ。
アーシュラの触れていた壁面にガラスのように透明な線が走り、二十五センチメートル四方のブロックに変化する。
「ムーヴ」
ブロックを引き抜き目の前に移動させる。
「フィックス」
ブロックは目の前に浮いたまま、固定された。
「ふむ……。空間操作の応用か。
魔法を発動するための魔力を遠隔地から持ってきているな」
魔力が低いアーシュラでも僅か三つの呪文でブロックの移動ができた。専用の腕輪が呪文を識別して、学園都市にある大型魔法道具と通信して魔法を起動する仕組みだ。
「アーシュラ、仕組みが分かるの?」
「神官共が『神様、お力を』などと呪文を唱え、神々の力を行使するだろう。
あれと同じだ。この腕輪を仲介して、ヴィーグリーズから力を借りている」
「凄っ。分かるんだ。一応、魔お――」
魔王と言いかけるが、タロリーとベリオがいるので、口にするわけにはいかない。
「アーシュラ、魔法の知識はあるんだし、
卒業したらルーヴィラス学園の高等部に進学するのもいいかもしれないね。
卒業できるか怪しいけど……」
ミル達が植物園の調査に続き塔の再建実習も履修しているのは、アーシュラの卒業に必要な戦果を稼ぐためだ。ミル達は卒業可能だが、三年から途中入学しているアーシュラは戦果が殆どない。首席卒業が固いミルも、念押しの得点加算を狙うという目的もあるが、やはり、アーシュラの卒業が最優先だ。
「ルーヴィラスは魔法教育に力を入れていて、
ドワーフやエルフが多いのが特徴かな。
エルフは綺麗な子、いっぱいいるよ」
「エルフに興味はないな。
目の保養に綺麗な女子を見たければ貴様で事足りる」
「……うっ。
だから、そうやってナチュラルにセクハラするのやめてよ……」
「む。今の何処にセクハラがあった?
我は事実として貴様の容貌を褒めただけだ」
「ア、アーシュラ、
そんなところにブロックがあったら、邪魔でしょ。
リリースで元に戻して」
「ミル~!」
タロリーが嫌な予感を抱き、制止しようとするが手遅れだった。
ミルは魔力値がゼロだから魔法道具の腕輪を装着していても『マジック・クラフト』によるブロック化は発動しない。だが、アーシュラは僅かとはいえ魔力があるので、キーワードを唱えるだけで魔法は発動する。ミルとの会話で、アーシュラはうっかりキーワードを口にしてしまう。
「リリースは確か解除の呪文だったな」
確認のために口にしただけだが魔法は発動する。本来なら、どのブロックの固定を解除するのか明確に思い描かなければならないが、アーシュラはただ適当に口にした。
結果、一班の足元が崩壊した。階段も『マジック・クラフト』製ということを失念していたのだ。
崩落の瞬間、ミルは持ち前の反射神経で前方に跳び、壁を蹴り、崩壊の範囲外に着地。
ヴリトラは壁面をぶん殴って腕をめりこませた。
タロリーは足場を失った直後は落下するが、すぐに背中の翼で飛行。
アーシュラは落下する途中でブロックを蹴り飛ばし、ベリオの下へ送る。
「フィックス! ベリオ、掴まれ」
「おっ、おう!」
ベリオは空中に固定されたブロックを掴み落下を免れる。
アーシュラだけが暗闇の底へと向かって消えてしまう。
「タロリー! アーシュラが落ちてった!」
「わ、わ~。待って~」
救助はタロリーに任せるしかない。
「ブロックとかリリースとかは口にしたら駄目って、さんざん注意されたのに……」
ミルがこぼした溜め息は安堵ではなく、迂闊なアーシュラへの呆れ。
「短慮な人間が呪文を口にしていたから、つられてしまったのでは。
今ですら鹵莽にも呪文を口にしましたよね」
いつの間にかミルの背後に回り込んでいたヴリトラが突っこみを入れる。
「う……」
ミルが気まずそうに視線を逃がすと、穴の底から、アーシュラを抱えたタロリーが上昇してくる。
「ふん。為す術もなく落下していく感覚、なかなか楽しかったぞ」
「ごめん。以後、気を付けます……」
ミルは非を認め、素直に頭を下げた。
アーシュラは本心から落下を楽しめたのだが、タロリーに吊り下げられた状態で、視線がミルより上にあるから気を良くして、調子に乗る。
「我を救ったのがタロリーで良かったぞ。
後頭部に押し当てられた二つの柔らかい肉球。
これがなければ首を痛めていたかもしれんな。
ミル、貴様に助けられていたら我は首を捻挫していただろう」
明らかにセクハラ発言だが、アーシュラに下心はない。ミルが体型を気にする場面を何度か見たことがあるので、からかっているだけだ。
「我は女の胸が膨らんでいる合理的な理由を知ったぞ。ん? ミル、貴様は男だったか? 女だったらタロリーのように軟らかな肉が胸に余るはずだぞ」
アーシュラは階段に下ろされてから、タロリーの下乳を掌で下側から押し上げて玩ぶ。
「ひゃうう~」
「ふむ。タロリー。貴様の胸は女らしい柔らかさで良く弾む」
アーシュラにエロい感情がないからこそできる非常識な行為であった。むしろ、サキュバスは肉体的接触を好むから、善意ですらある。
タロリーは顔や胸元を真っ赤にしながら、なすがままだ。気が弱い性格をしているので、逆らえない。それに、サキュバス的にエッチな悪戯はちょっと嬉しい。
「はゎ……ぅぅ……そんなに~たぷたぷ~したら~駄目です~~」
「どさくさまぎれに何やってるの、変態!」
「ぐあっ」
ミルがブチギレ、アーシュラに張り手。よろめいたアーシュラは足を踏み外し落下。
事態は振りだしに戻る。
再びタロリーに抱えられたアーシュラが戻ってくる頃に、ようやく、ベリオもブロック魔法を駆使して元の位置まで帰ってきた。
班員からの冷たい視線を浴びて、ミルは顔を背ける。
「みんな、言いたいことはあると思うけど、
とりあえず壊したところを元に戻して、次のフロアまで行こう……」
こうして、既に作成済みの階段をワンフロア昇るだけなのに、余計なトラブルを巻き起こしてしまうのだった。
一フロアに階段は一千三百段あり、次の階層まで三時間かかる見込みだ。
しばらく無言で階段を上る。
無言に耐えきれなくなったのか、ミルとタロリーがコンビニスイーツの話を始めて盛り上がる。つい先日、六時から二十二時まで営業するコンビニと呼ばれる店が開いたのだ。新しいもの好きの学生が殺到し、連日行列ができている。
夜遅くまで開いているので学園都市の生徒に好評だが、十八時を過ぎると、冥立デルケイン魔族高等学校の不良生徒がたむろし、近寄りがたくなる。デルケインは魔族のみが通っているため、素行の悪い生徒が多いのだ。
そんなコンビニに、ベリオのように敢えて閉店間際に通う者もいる。エッチな雑誌を買うには、サイファングル学園から離れているほうが都合が良い。彼は、筋金入りのエッチ少年なのだ。ベリオがアーシュラの背に向けて猥談を始める。姦しい状況でなら聞かれることもないと思ったのだろう。
「アーシュラ、順番を代わってくれ。
お前の位置からならミルのお尻が見えるだろ」
ベリオは異性に興味津々。オークを父に持つベリオにとってミルという人類の美少女は、神々が作りし精巧な人形ともいえる存在なのだ。階段の低い位置からジャージッ尻を見たいのだ。
「塔の中は暗い。我なら兎も角、貴様の目ではよく見えんぞ」
「小ぶりだけどプルンプルンのお尻が揺れているんだろうなあ」
二人はヒソヒソ話をしているのだが、タロリーとスイーツ談義で盛り上がっているミルにもはっきりと聞こえていた。アーシュラは聞かれたからといって何もやましいことはないから、ベリオに付き合っている。ベリオは馬鹿だから、ミルの耳がいいことをすぐに失念する。
ミルは背後の会話が聞こえていて、怒りで怒鳴り散らしたかったが、既に余計なトラブルで時間を食ってしまっているので、我慢するしかない。
そして、ミルの堪忍袋の緒が切れるのよりかは早く、一班は二階へ到達した。二階から上は完全に明かりがないため、ミルが懐中電灯で周囲を確かめる。外観から想定したとおり、半径百メートル程の何もない空間が広がっていた。
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