第12話 勇者の娘は、塔を登る

 王立サイファングル学園の総力を挙げての『神至の塔』再建が始まった。

 ミル達、サイファングル学園中等部魔法剣士課程一班は『神至の塔:下側』の屋上から、貴重な植物を回収する任務に当たる。


 飛行可能な魔族の教師が事前に調査したところ、屋上に相当する位置に植物が群生していると分かったのだ。辺りは荒れ地なので、種が空まで舞い上がったとも考えられない。渡り鳥の糞から種が発芽したと推測されている。新種や異国から持ちこまれたであろうものは、調査の後に学園都市内の植物園に保存することになった。ミル達が植物園でジャイアントワームに襲われた事件は、塔の植物を移植する前の、最終確認である。


「塔というより、巨大な棘だね。ジャージで良かった」


 塔の外側から壁面を見上げてミルが呟く。階段を上るため、スカートだったら背後からの視線が気になるのだ。


「私は~スカートでも~へ~い~き~」


 タロリーがぽやぽや~っと笑う。ミルもつられて表情が緩みかけるが、すぐに引きつる。タロリーが可愛らしい仕草で両腕を畳んで腰を左右に振り、大きな胸がバルンバルンッ弾んでいるからだ。


「ははっ……。さすがサキュバス」


 一方、男子二人、というよりベリオもまた、女子のスカートの話をしていた。


「はあ、なんでジャージなんだよ。

 もし実戦になったとき、制服からジャージに着替えるのを待ってくれるモンスターなんていないだろ」


「ああ」


「なら、女子はスカートで登るべきじゃないか?」


「一理あるな」


 ベリオは女子のスカートを覗きたいというスケベ心で熱弁を振るっているが、アーシュラは適当に相づちを打つだけだ。

 アーシュラは『神至の塔』の由来を知っているので、学園による修復作業がどのような結果を導くのか懸念する。


「下がどうなっているか気になるな……」


「だよな?

 スカートの下が気になってモヤモヤするのは普通だよな」


 傍からなら会話はかみ合っているように聞こえたかもしれないが、二人はまったく違うことを考えている。


「タロリーはセクシーな黒。エロエロのだぞ。

 ミルのパンツは絶対白。可愛らしいやつ。

 あーっ、ルーヴィラスのやつら透視魔道具でも発明してくれないかなー」


「……さっき見たが、白ではなかったぞ。

 透視くらい道具に頼らず魔法でどうにかなるだろう」


 ようやくアーシュラはベリオの言葉に耳を傾け始める。


「おいおい。魔法は自然現象の再現。こんなの初等部だって知っているぞ。透視は自然現象じゃないんだから、透視魔法なんて不可能だろ」


「……ふむ」


 アーシュラは暫し考えこむ。


(学園都市が敢えて初歩的なことのみ教えているのか、

 ベリオの理解が授業についていけていないのか。それとも……)


 アーシュラの思考を中断するのは、呆れを孕んだ声。

 振り返ると一班の女性陣三人が歩いてくるところだ。


「男子、変な話していないで。そろそろ時間だよ」


 アーシュラはミルに「うむ」と短く返事をすると、タロリーの下半身に視線を送る。


「タロリー、貴様のパンツは黒のエロエロか?」


「え、ええ~?

 覚えてないよ~。

 真顔でそんなこと~聞かれても~。

 アーシュラ君にだったら、あとでこっそり見せてあげてもいいよ~」


「いや、見たいのは我ではない。

 ベリオが気になって授業に集中できないそうだ」


「え、それはやだ」


 タロリーは、サキュバス的にエッチなことに興味津々だが、それは「エッチなことを考えていない人を誘惑したい」という本能によるものだ。だから、アーシュラみたいな朴念仁にはエッチなことを迫ってみたい。だが、最初からエッチなことばかり考えているベリオのような男は、誘惑したい相手ではないのだ。


「ふむ。では後で我だけが見せてもらうか。

 女子のパンツは良いものだと、ベリオが日ごとに舌鋒を熱くするのでな」


 セクハラ発言を聞いたミルがツッコミ攻撃を入れようとすると、それを遮るようにヴリトラがアーシュラの前に進む。


「サキュバスの下着はピンク地に黒のリボンでしたよ。

 学園都市ではピンクが流行っているそうです」


 ヴリトラの手には口で説明したのと同じデザインの下着。


「えっ、えっ、え~っ」


 タロリーは慌てて自分のジャージの下に手を突っこむ。


「いつの間に取ったの~。あっ、あれっ。着けてる」


「人間のはシンプルなデザインですし、

 サキュバスとは比較にならないほどブラジャーが小さいです」


「なっ、なんでっ!」


 ヴリトラの手にはピンクの下着だけでなく、薄水色の上下セットもあった。ミルが神速の手さばきでヴリトラの手から下着を奪う。


「魔法で作りました」


「勝手に人の下着を複製しないでよ!」


「ほう……うっ」


 アーシュラはスケベ心はなく単なる興味本位で見ただけなのだが、ミルから目潰しを喰らう。


「ぐぎゃっ」


 ベリオも目潰しをくらい、地面を転がって悶絶する。


「作ってはみたものの、サイズ的に私にはあいませんし、こちらはサキュバスに差し上げます」


「あ、ありがとう~?

 いま着けているのとそっくりすぎて、違いが分からない~」


「人間も、そのメイド・イン・ヴリトラの下着、大事に使ってくださいね。

 ここ一番の勝負で」


「はいはい」


「魔王様のような強大な敵と戦うとき、是非、着用してくださいね」


 ヴリトラがずいっと迫るから、ミルは一歩下がった。


「勝負なんかしないよ。魔王なんてもうこの世にいないでしょ」


 アーシュラが魔王の転生者であることは秘密だ。ミルは中等部を首席卒業するために、この秘密を隠し通さなければならない。アーシュラが魔王の転生者を自称しているが、幸い、周囲からは単なる中二病だと思われている。

 ミルとタロリーはヴリトラから貰った下着をリュックにしまった。リュックには着替えと水筒の他に最小限の魔法道具が入っている。食糧や魔法道具の補給品は、後方支援を担当する別の班が輸送する手筈だ。


「でも~。

 下着を複製する魔法なんて~聞いたことない~」


「きっと同じ物を隠し持っていただけだよ」


 ミルは二人の正体を怪しまれたくないのでタロリーを適当に誤魔化し、ヴリトラに耳打ちする。


「迂闊なこと言ってアーシュラが退学処分になってもいいの?」


「せっかくここまで来たのに、今さら退学は困りますね」


「そうだよね!

 はい、話、終了。時間だよ。塔の探索を始めるよ!」


 ミルが号令したタイミングで、単なる偶然なのだが地面が揺れる。

 ちょうど歩きだそうとしていたアーシュラがよろめいて、タロリーの腹筋に顔から突っ込んだ。頭上に豊満な胸が二つ乗っかる。


「はぁぅ~アーシュラ君~。

 昼間からそういうのは駄目~。

 夜になったら私の部屋に来て~」


 ミルはアーシュラの尻に、無言で「セクハラするんじゃない」という抗議のキック。

 アーシュラは肉体的暴力は無視し、口撃を返す。


「タロリーよ、

 スライムのように柔らかく大きな胸が、

 我の頭頂部をマッサージして心地よいぞ。

 ミルだったら、こうはいかん」


 アーシュラはタロリーの胸を頭でバユンバユンと下から持ち上げて揺する。


「きゃう~。

 アーシュラ君、やめて~」


「やめなさい!」


 ミルは魔剣デュランダルの鞘を全力スイング、アーシュラの後頭部を強く打ちつけた。


「ぐ、おぉ……。

 貴様ッ、冗談を解する知性を何処に落としてきたッ……!」


「タロリーの胸を弄っているんだから、冗談じゃなくて痴漢行為でしょ!」


 アーシュラは魔王の転生者とはいえ単なる人間に過ぎないので、頭部を押さえて痛みに悶絶する。少なくとも現在は、魔王の記憶があるだけの、ただの人間に過ぎない。

 ヴリトラは静観した。その気になればミルの一撃を阻止することはできたが、タロリーの胸を無遠慮に触るアーシュラを見ていたら、何故か、止める気になれなかったのだ。ヴリトラは自分の胸を見下ろし、もう少し大きな姿に変身すれば良かったかと、揉んで感触を確かめる。


「これでも少しふにふにしてます……」


「くーっ!

 アーシュラ、羨ましい!

 タロリー、俺にも触らせ――」


「きゃああっ」


「やめなさい!」


「ぐへっ」


「みんな、真面目モードに切り替えて。今、揺れたでしょ?」


 ミルは地震のことを指摘したのだが、全員、タロリーの胸に視線を送った。

 タロリーは羞恥で紅潮し、ぱやぱや~っと額から汗を飛ばす。サキュバスの汗には男を誘惑する催淫効果があるが、傍にいるのが性に無頓着なアーシュラだから事なきを得た。


「胸の話してないよね?! この辺りは地震が多い地域なの。このままだと逆さまに折れた塔が倒壊しちゃうよ。そうなる前に、この塔を元の形に修復するのが、実習の目的だからね」


 地面に突き刺さった『神至の塔:上側』をブロック化して分解し、『神至の塔:下側』の頂上から積み上げることにより、塔を元の形に戻そうという計画だ。高等部生が『神至の塔:上側』を分解している間に、ミル達は『神至の塔:下側』の頂上から植物を持ちだす。


入り口付近にあるテントでルーヴィラス学園の生徒から、ダンジョン攻略用のアイテムを受けとった。『マジック・クラフト』の呪文を使用可能にする腕輪を五つと、小型冷蔵庫ほどもある大きな魔法道具だ。

 オークを父に持つベリオは、特にタフネスに優れるため、これから百キログラムを超える魔法道具を背負って、交代なしで高さ八百メートルの階段を上る役割を担う。

 他の班員はリュックに医療用品や水筒や、一食分の食料を携帯するだけだ。他に必要な物は、都度、後方支援部隊から受けとることになる。


「タロリー、先頭お願いしていい?」


「いいわよう~」


「じゃあ、行くよ!

 総員、縦列隊形! 進めー!」


 ミルが班員の士気を高めるために、威勢良く魔剣の鞘を掲げて進む。権威の象徴として華美な装飾が施された鞘は、晴天の光を浴びて煌めく。

 ゴッ!

 鞘の先端が塔の入り口にぶつかった。


「ひゃわあっ。今の、なんの音ですか~」


 先頭のタロリーは何が起きたのか分からないから、ビクッとして振り返る。


「ぷっ」「ぷっ」「ぷっ」


 ミルの後ろにいた、アーシュラ、ベリオ、ヴリトラの三人が噴きだす。


「タロリー、何でもないから、気にせず進んで」


「う、うん」


 ミルはタロリーが進んでいくのを確認すると、歩を緩めてアーシュラに並び、頬をつねる。


「何をふる」


「単なる八つ当たり」


「そうは。理不尽らな」


「これで朝スカートめくったことを許すから、耐えなさい」


「うむ。なら、いい」

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