第11話 勇者の娘は、校外実習の準備をする

 中等部魔法剣士課程三年を担任するのは、三十代中頃の魔族の男だ。人型をしているが、服を脱げば腹部にもう一つの顔がある異形だ。人類と魔族の相互理解は進んでいるため、個性である腹部の顔を隠す必要はないのだが、顔には顎髭が生えており、それが生徒から陰毛丸出しとからかわれたことがあり、それ以来服を着用している。


「みんな、席に着けー」


 入り口付近でベリオが昏倒しているが、教師はスルーして教壇に立つ。職務を全うし教室内に目が行き渡っているからこそ、ベリオの立ち位置を理解する教師は、白目を剥いたハーフオークを放置できる。


「今日は予定どおりルーヴィラス学園との合同実習だ。

 塔を元の形に復元する」


 窓際の生徒が何人か、学園都市の外側に在る二本の塔に視線を向ける。

 地上八百メートルと九百メートルの塔だが、学園都市が全高六百五十メートルあるため、教室から見える塔の、見かけの高さは百五十メートルと二百五十メートルだ。


「学園都市より高い構造物なんて滅多にないからな。

 みんなも最初は驚いたと思う。

 けど、一週間前から学園が塔の脇に止まっているから、

 そろそろ、見飽きたか?

 さて、あの塔について分かっていることを。

 今日は五月一日だから出席番号一番の生徒――」


 指名し終える前に、出席番号一番のアーシュラが教師の思惑を察し「よかろう」と立ち上がろうとする。


 が。教師は舌を勢いよく滑らせる。


「―――と見せかけて、五番の生徒、答えなさい」


 実習開始時間は決まっているから、問題児の発言で朝礼を遅らせたくないのだ。教師はアーシュラを「古典文学や音楽には精通しているようだが、魔法や歴史については常識が欠如している」と評価している。

 五番の生徒が回答を終えると、教師は補足する。


「そう。

 名前は『神至の塔』。

 推定一千七百メートル。

 約一千五百年前に建てられ、その直後に折れて、

 下側八百メートル、上側九百の二つの塔になったと思われる。

 神々が地上に多くいた時代に、何故人類が天を目指し『神至』と名付けたのかは、今でも分かっていない。

 翼を失った神族が天界に帰るため、人類に造らせたという説が有力だ」


 教師が説明をしていると、指名を外されてふてくされたアーシュラが、顎を手に乗せて興味なさげに、小さく呟く。


「天を目指す?

 逆だ。アレは――」


 誰を相手にしたわけでもない独り言なので、聞いていた者はいない。最も聴力に優れたヴリトラが、ロッカーの上で小さく頷いただけだ。なお、ヴリトラは教室全体を見渡せるように、勝手にロッカーを定位置にしている。


「――というわけで、先週からの節電のかいもあって、

 超大型魔道具『マジック・クラフト』の発動が可能になった。

 この魔道具の効果を」


 教師が教室内を見渡すと、多くの生徒があてられないように視線を逃がす中、ミルだけは手を真っ直ぐ挙げ「はい」とアピール。


「よし。

 じゃあ、ミル・キーラライト、答えてくれ」


「はい」


 ミルは立ち上がり、アーシュラの方に視線を送って鼻で軽く笑う。内心で「アーシュラはいつも見当違いな回答ばかりするから先生からスルーされるの。成績優秀な私は当てられるんだからね!」と勝ち誇る。

 だが、アーシュラはミルのことをまったく意識しておらず、鉛筆を回して遊ぶ。

 ミルは悔しがるアーシュラの顔を見ることができずに少しだけ不機嫌になり、早口で魔法の効果を説明する。

「『マジック・クラフト』は一定範囲内の構造物を、

 その性能や性質を維持したまま、

 再構築可能な上下二十五センチメートルのブロックに変化させる魔法です。

 この魔法を使い、塔の上半分を分解し、下側に持ち運んで積み重ねていきます」


「そう。その通り。

 みんな、去年のアームズル河の復興作業を覚えているかな。

 隆起した大地の影響で河の流れが変わり、周辺地域に水害が増えていた。

 その時も『マジック・クラフト』により、水や土をブロック化して移動させた。

 今回も、ルーヴィラス学園の生徒と協力して、塔を本来の姿に戻す。

 よし、そろそろ時間だ。

 全員、ジャージに着替えて、決められた作業に取り掛かってくれ」


 教師が退室するのを合図に生徒達は男女に分かれそれぞれの更衣室へと向かいだす。


「おいベリオ、寝たふりはやめろ」


「……」


 アーシュラは退室間際に、教室前方で倒れているベリオの尻を蹴る。同じ班なので放置しておくわけにもいかない。

 ベリオは薄目で、室内にアーシュラしか残っていないことを確認すると上半身を起こす。


「いや、この位置からならスカートの中が覗けるかと思ってな。

 けど、何人もの女子が俺をまたいでいったというのに、

 俺はうつ伏せで倒れていたからパンツは見れなかったぜ」


「パンツなど見て何が楽しい」


「人間のくせにパンツの魅力が分からないなんてお子様かよアーシュラ。

 楽しまないと学園生活が一瞬で終わっちまうぞ」


「女子のパンツを見るのは楽しい行為なのか。

 覚えておこう。

 ところで、貴様の方が早く学園生活が、いや、人生が終わりそうだ」


「え?」


 ベリオはアーシュラの視線を追い、廊下にミル、タロリー、ヴリトラの三人がいることに気づく。彼女達も同じ班なので、アーシュラがベリオを起こすのを待っていたのだ。


「ベリオ、早くして。

 私達の班が最初に出発するんだから、遅刻したら駄目なんだからね」


「お、おう。すぐに準備します!」


 ミルが鞘に手をかけていることに気づいたベリオは素早く立ち上がり、急いで自分の机に荷物を取りに向かった。


 *


 女子更衣室には魔法剣士課程の女子十五名がいる。制汗スプレーの匂いと雑談が充満する部屋で、ヴリトラは他の女子生徒を観察していた。

 ジャージに着替え終えたミルが眉をひそめる。


「ヴリトラ、何しているの?」


「パンツというもの見ていました」


「あー」


「基本構造は理解しました」


「パンツはいいから、ジャージに着替えたら? あれ?」


 ミルはヴリトラの手荷物を探すが見当たらない。ヴリトラはいつも手ぶらだ。たまに小さなポシェットを肩にかけているが、だいたいアーシュラに差しだすための水筒が入っている。


「着替え、忘れたの?」


「人間こそ忘れたのですか?」


 ヴリトラが馬鹿にしたように鼻で息を吐くと、一瞬だけ制服が輝く。

 ポムンッ。

 何かが破裂するような軽い音が鳴った次の瞬間、ヴリトラはジャージを着ていた。他の生徒と同じ、肌の露出もオシャレさも皆無な、ただ実用性だけを追求した地味な服だ。


「……便利ね」


「服を着ないと体温調整や防御力上昇ができない人間が不便なんですよ」


 二人の他愛ない会話に、班員のサキュバス少女タロリーが参加する。


「でも~。

 人間のおしゃれって~。いいわよ~。

 ブラとかパンティとか~可愛いもん」


 タロリーが上着を脱ぐと、大きな胸がブラジャーごとバルンバルンと揺れる。その下では、引き締まった腹筋が八つに割れている。父親の血が色濃いタロリーはサキュバスでありながら、女子レスラーのような体格だ。


「見てみて~。私のブラジャー、

 ほら~、羽がある魔族用に、ストラップレスだよ~」


 魔族には人型をしていても服を着ない種族が多いため、和平後は人類の衣服という文化が不評だった。しかし、タロリーのように、人魔戦争後に生まれた若い世代は当たり前のように人類の文化に接してきたため、衣服を抵抗なく受け入れている。

 三人の会話に他の魔族や人類の少女も加わり、オシャレ談義が始まった。

 人類と魔族が手を取りあうようになったとはいえ、まだ種族間には大きな隔たりがある。しかし、それは大人達の間のことであった。戦争終結後に生まれ、保育園や幼稚園で当たり前のように異種族と成長してきた世代には、差別意識や常識のズレはない。


 ポムンッ。

 ヴリトラのジャージが消え、下着姿になる。


「え。ヴリトラ、ジャージ……」


「これが『可愛い』のなら、

 私はアーシュラ様に可愛い姿を見せたいと思います」


「駄目に決まっているでしょ!

 ジャージを着てよ」


 ヴリトラのブラジャーはタロリーのブラジャーを複製しているので、サイズがまったくあっておらず、足首までずり落ちる。幼児体型のまな板胸には引っかかるところなどないのだ。


「これが、可愛い……」


「違う。それは変質者っていうの」

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