第9話 模擬試合Ⅱ

「違いますよ、これ、炎の輪を、ミルさんくぐりました。

 ミルさんには当たっていません」


「凄い! これは凄い!

 まるで火の輪くぐりをするネコ!

 いつの間にかサーカスが始まっていた!」


「炎を円形にしたタロリー選手の魔法コントロールもお見事ですが、

 ミル選手の身体能力……これは……将来が恐ろしいですね。

 我々はとんでもない才能を目にしています」


「ミルー頑張ってー!」


「これだけの試合が、中間試験や期末試験の本戦ではなく、

 学園祭のメインイベントでもなく、平日ですよ。

 放課後の単なる一試合ですよ。素晴らしい試合です。

 高等部チームのダズロン選手、ナターリア選手、慌ててタロリー選手を牽制。

 いやあ、私、解説ですがミル選手のファンになってしまいそうです」


「なっていいんじゃないんですか。

 私はとっくにファンです」


「高等部一位のアーティーさんがファンになる。

 凄いです。さて、試合場の中央は激戦ですが、他の選手は」


「む」


「あら」


「え?

 中等部チームのヴリトラ選手、高く跳躍、回転しながら……

 試合場の外に飛び降りました。

 場外アウトです。何かしらのトラブルか。

 それとも、遠距離攻撃を喰らっていたのか」


「今のは……」


「あらあら……」


「ヴリトラ選手、試合場下に用意してあったリュックから何か取りだしています。

 水筒?

 あ、いけません、水筒をアーシュラ選手に渡しました。

 参加資格のない選手からアイテムを受けとったため、アーシュラ選手も失格です。

 二人とも本日がデビュー戦ですが、見せ場もないまま失格です。

 ミル選手の奮戦で中等部チーム有利かと思いきや、一気に三対五、

 数的に不利な状況に陥りました」


「分かりませんよ、中等部チームの見事な連携。

 見てください」


「あっ、ベリオ選手がキーブリー選手の背後。

 腰から掴んで……!

 持ち上げるか!」


「キーブリー君は腰を落として堪えていますよ。

 相手は中等部。意地でも堪えたいところ」


「背後に肘打ち。

 キーブリー選手、必死の抵抗。

 しかし、ベリオ選手、鼻血を流しながら持ち上げた!

 キーブリー脚をばたつかせて必死の抵抗!

 しかし、投げた! ベリオ投げました!

 キーブリーは頭から真っ逆さまに落下!

 石材の試合場に頭から突き刺さりました!」


「これですよ。

 手数がある反面攻撃力が低いミルさんの弱点を、

 補って余りあるベリオ君のパワー。

 キーブリー君、立てないですよ、これは」


「高等部チーム、慌ただしくなってきました。

 ナターリア選手が回復魔法を試みるため前進、

 キャスリン選手が援護に回り陣形が崩れます。

 ミル選手はファグスン選手に猛攻!

 槍では防ぎきれない。後退一方。

 その先、待ち構えるのはベリオ選手!」


「ファグスン君は逃げたい。

 けど、ミルさんの猛攻。

 これは、ベリオ君の前へと誘導していますね」


「来た!

 ベリオ選手、ファグスンの腰をガッチリとホールド!

 投げた!

 ファグスン、身をよじって肩から落下。

 意識はある。正面、ベリオ掴んだ、持ち上げて……背後に落とした!

 これは決まった。凄いパワーだ。

 投げまくってる。腰につるした棍棒は何のためにある!

 ……見事な連携でしたが、

 キーラライト学園長、どうでしょう、

 これはやはりミル選手の狙いどおりでしょうか」


「ミルーいいわよー。

 頑張ってー。

 ねえ、見た、今の。うちの子!

 私が産んだのよ」


「はい。

 学園長はまったく解説として機能していません」


「数的不利になってどうなるかと思ったけど、

 中等部チームはこれで五分、いや、逆転しているな。

 高等部チームに残ったのは細剣のキャスリン、

 弓使いのダズロン、魔法使いのナターリア。

 ミルさんの攻撃を凌ぐのは難しいですよ」


「キャスリン選手、ミル選手の連続攻撃に手も足も出ません。

 さらに、タロリーが上空から炎の輪を乱射。

 高等部チーム、分断されています。

 キャスリン、武器を落とした。

 ミルが短剣を喉元に突きつけ、ここで、キャスリン、降伏。

 そこへ、ダズロン、矢を連射。魔法で速度調整した同時直撃の矢!

 これは降伏したキャスリン選手ごと攻撃か!」


「レフェリー、止めません。

 褒められた戦術ではありませんが、

 降伏した選手はオブジェ扱いなので、上手いやり方です」


「迫る矢は八本!

 しかしミル選手、ことごとく切り落とし、

 さらに、キャスリン選手へ直撃するはずだった矢をキャッチ!

 そのまま体を横一回転。

 勢いそのまま矢を投げ返して、ダズロン選手に命中!

 ダズロン、弓を落とした。拾う。

 しかし起き上がれば、既に眼前に駆けてくるミル選手!

 跳んだ! 得意の!

 コーク! スクリュー!

 スラァァァァッシュ!

 弓を両断!

 バフ、デバフかかりまくりの模擬試合で武器破壊!

 どうなっているんだ!」


「これで残りはナターリアさんだけ」


「高等部チームの残りは一名、

 魔法使いのナターリア選手ですが、回復魔法でキーブリー選手を復活。

 しかし、それは罠だ。

 ベリオ選手が突進!

 まるで狂化したベヒーモス!

 肩からぶち当てた!

 キーブリー選手、跳ねる、転がる、滑る。

 止まったそこにはミル選手!

 これは勝敗決したか」


「何か話していますね」


「降伏です。

 キーブリー選手、降伏。

 レフェリーが試合を止めました。

 最後の一人になったナターリア選手も降伏したようです。

 中等部チームの勝利です」


「凄い試合でしたね。

 僕もミル選手と戦うことを想定して、

 手数を増やす技を開発しておかないといけないですね」


「そこまでですか。

 高等部一位で、エクスカリバー所有権を巡る戦いの最前線にいるアーティさんに、そこまで言わせますか。

 いやー、本当に凄い試合でした。

 お。ミル選手がマイクを要求しています」


『みんなー。ミル、勝ったよー』


『『『『『おめでとー』』』』』


「ちびっ子ファンを中心に、会場は『おめでとー』の大合唱です」


『ミル、凄いー?』


『『『『『すごーいッ!』』』』』


『結婚してー』


『ちっちゃーい』


『褒めて、褒めて! 私、褒められて伸びる子ー!』


『すっごーい!』


『可愛いー』


『ちっちゃーい』


『大好きー!』


『ちっちゃいって言った子以外、みんなありがとー!』


「ミル選手、

 小さな体でピョンピョンと跳ねて

 会場に詰めかけた生徒のハートをガッチリキャッチ。

 今日だけでもファンが百人は増えたでしょう」


「いえ、百万人は増えましたよ」


「百万人!

 いったい学園都市の生徒数の何百倍ですか」


『今日はデビュー戦のアーシュラとヴリトラを紹介したかったんだけど、

 どっか行っちゃった!

 どうしよう?

 困ったねー?』


『『『『『困ったー!』』』』』


『ま、いっかー?』


『『『『『いいよー!』』』』』


『今日の試合、どうだったかな。

 高等部の先輩がすっごく強くて、私一人じゃ絶対に勝てなかった。

 けど、ベリオのパワーで勝つことができました。

 オークって凄いね。みんな、拍手!』


「ベリオ選手に拍手が送られます。

 ミル選手は完全に会場の空気を支配しています。

 高等部有利の雰囲気で始まった試合でしたが、

 終わってみれば、勇者武器所有者による指導。

 胸を貸す展開となりましたね」


『それじゃー! みんなー!

 最後は一緒にお腹の底から声、出そー!

 準備はいい?

 行くよー!

 ミルミル勝ったよ!

 やったーっ!』


『『『やったー!』』』


「会場は『やったー』の大合唱。

 さて、本日の中継はこれで終了です。

 実況は高等部二年のジント・ケーン。

 解説は高等部三年のアーティ・ベロスさんと、

 サイファングル学園学園長サーラ・キーラライトさんでお送りしました。

 お二方、本日はありがとうございました」


「ありがとうございます。

 今日はいい試合を見られました」


「ありがとうございます。

 うちの娘が出るときはいつでも呼んでください」


「さて、試合後ですが、

 試合会場では出場選手によるサイン会を開催します。

 物販コーナーで購入したTシャツへのサインとなります。

 売り上げは選手の装備品を購入する資金や班の活動資金に充てられます。

 持ちこみの色紙等にはサインはできませんのでご了承ください。

 それでは、次回もまた、よろしくお願いします」


 *


 ミルが『ミルミル勝ったよー!』とマイクパフォーマンスをしていた頃、

 アーシュラとヴリトラは試合会場の上にいた。

 ドーム状の屋根は会場内の怒号に打たれ、微かに振動する。


「アーシュラ様、手を見せてください」


「む」


「腫れていますね」


 ヴリトラは緑に変色したアーシュラの手を取り回復魔法を使う。淡い輝きが手を癒やしていく。


「不可視の毒矢。

 あれだけの観客がいる中で気づかれないのだ。

 学生ごときにできることではない」


「申し訳ありません。

 試合場から降りて周囲の気配を探ってみましたが、

 見つけることはできませんでした」


 傍からはヴリトラがリングから飛び降りて試合放棄したかのようにしか見えなかったが、実際は何者かからの攻撃を防ぐための行動だったのだ。


「構わん。

 我も攻撃には気づいたが、矢を放った者の姿は見えなかった」


「それらしい者を手当たり次第に殺しましょうか?」


「物騒な真似はよせ。

 今生の我は人として生きることにしたのだ。

 それに」


 アーシュラは治療を終えて元通りになった掌を見る。


「わざわざ挨拶してくれたのだから、

 放っておいても、勝手に向こうから現れるだろう」


「私も周囲には気をつけます」


「うむ」


 アーシュラは視線を、学園都市の外に二つ在る塔の、細い方に向ける。その眼差しは鋭く、普段の悪戯小僧の様相は鳴りを潜めている。


「しかし、アレの存在を知得する者が我等以外にいるのか?

 一千五百年前のことを人間が知るはずもない。

 授業ではアレを古代人が建造したと、誤って言い旧されている」


「忌ま忌ましい神族が関わっている可能性があります」


「植物園に落ちていたという白い羽根か。

 ……まあいい。

 そろそろミルが我等を探しているはずだ。

 祝勝会とやらに行くとするか」


「はい」


 二人は屋根から飛び降り、着地はヴリトラが補助。サイン会場にいるミルの元へと向かった。初等部のように小柄な二人が、山のように巨大な学園都市の命運を左右するとは、まだ誰も知らない。

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