第8話 模擬試合Ⅰ
「模擬戦闘の時間です。
実況は私、
王立サイファングル学園高等部魔法剣士課程二年の、ジント・ケーン。
解説は同じく魔法剣士課程三年の総合成績一位にして
前エクスカリバー保有者のアーティ・ベロスさん。
ゲスト解説にサーラ・キーラライト学園長をお招きして、お送りします。
よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますわ」
「武道館の中央、五十メートル四方の特設リング。
ここが戦いの舞台。五対五のチーム戦。
全員がリングアウトか、戦闘不能になるか、
降伏宣言をするまで続くデスマッチ。
急きょ決まった平日の模擬戦闘ですが、
会場には千名を超える生徒が応援に駆けつけています。
さて、先に入場して待ち構えるのは、魔法剣士課程高等部二年の三班。
会場に詰めかけた生徒から歓声が上がっています。
アーティさん、二年三班、これは、どういったチームでしょうか」
「いわゆる正統勇者パーティーです。
大剣、細剣の近距離アタッカー。弓、杖の遠距離アタッカー。
状況に応じて遠近幅広くカバーする槍。
入場時の身のこなしを見ても、十分な練度であることが分かります」
「正統勇者パーティーというのは、
十五年前に魔王を討伐したパーティーの編成を再現したチーム編成ですね。
実際に魔王軍と戦った学園長は、どう見ます?」
「そうですね。
細剣担当の女子生徒は観客の反応を意識してのことだとは思いますけど、
随分と短いスカートですね。
私はあんなに肌を露出した格好はしていませんでした」
「学園長ならではの視点ですね。
なお、スカートの下にはスパッツやアンダースコートの着用が義務付けられております。
試合内容ではなく過剰な露出でアピールすることは禁じられています。
はい、ここでミル選手の入場曲シューティングスター・エンジェルが流れだし、
ゲートから中等部チームの入場です。
おっと、これは、高等部チームの入場時とは一転して、
会場はブーイングの嵐です」
「先頭のベリオ君は会場の雰囲気に呑みこまれているな。
続くタロリーさんも緊張している様子が分かります」
「急に決まった模擬戦闘ですからね。
事前の告知不足もあり、会場に詰めかけたのは高等部生ばかり。
アーティさん、これは、中等部チームが不利と見て良いでしょうか」
「ええ。
おそらく、これは高等部チームの策略。
事前に応援を手配した上で、急な試合をセッティングしたのでしょう」
「つまり、試合は既に始まっていた、と」
「ですが、杞憂かもしれませんね。
三番目に出てきた選手、今日デビューするアーシュラ・ティエリアル君。
見てください。ふてぶてしい笑顔です。まったく気負っていませんよ」
「あっと、これはいけません。
アーシュラ選手が前を歩くタロリー選手のお尻を触りました。
試合用のレオタードに包まれたサキュバスの魅惑的なヒップラインは、
味方を幻惑したのか」
「待ってください。
アーシュラ君は、先を行くベリオ君のお尻も触っています。
いえ、叩いています」
「つまり、先を行く二人に気合いを入れているということでしょうか」
「当然、そうでしょう」
「あっと、
ミル選手、跳びだしてきてアーシュラ選手の頭部にチョップ。
タロリー選手のお尻を触ったことに関してはセクハラだったようです。
遠くからでも怒りが伝わってくる表情豊かなミル選手は、華やかな衣装。
白地にピンクの花をあしらっています。
ブーイングの中に歓声が混ざりましたね」
「ミルー頑張ってー」
「解説席からも応援が聞こえてきます。
学園長、お気持ちは分かりますが、
公正な解説をしなければならない立場ではないでしょうか」
「今日は学園長ではなく、母として来ています」
「そうですか。
それでいいのでしょうか学園長。
いえ、いいのでしょう。
さて、アーティさん、ミル選手の人気、凄いですね」
「ええ。
デビュー時は高等部生からのやっかみも多かったのですが、
最近ではファンを増やしているようです。
それに、見てください、初等部からの応援団も来ています。
小柄なミルさんは外見だけなら初等部生ですからね。
共感しやすく、応援する子も多いのでしょう」
「会場の雰囲気、これは、応援、五分五分ですかね」
「高等部チームは誤算でしょう。
高等部の生徒のみに招集をかければ
会場を味方につけられると思ったのでしょうが、
いや、驚きですね、ミルさんの人気」
「私の自慢の娘ですから。
ほら見てください、台を使わず試合場に飛び乗って、前方宙返り。
可愛いわ!」
「はい。
学園長は本当に今日はただの母親として解説してくださるようです。おや。
ミル選手はデュランダルを使わないようです。
当初、高等部チームが勇者武器の所有権を賭けての試合を申しこみ、
ミル選手が受諾したと伝えられていました。
ですが、本日は、平日放課後の模擬戦闘。
勇者武器選手権実行委員会が、選手権試合であることを認めませんでした」
「当然です。
権威ある武器ですから、そう簡単に選手権試合を行うわけにはいきません」
「この試合、
ミル選手は勇者武器を使っても良いのですが、これは……。
代わりに使うのはナイフ……いえ、学園長、これは短剣ですか?」
「はい。キーラライト家に伝わる短剣です」
「なるほど。
公式戦以外では魔剣は必要ないと、自信の顕れでしょう。
さて、試合開始のようです。今、ゴングが鳴りました。
試合を裁くレフェリーは魔族のジュザイン教員です」
「私も授業を受けています。
公正なレフェリングが期待できます」
「さあ、試合前に因縁があったという両チーム、
試合開始と同時にヒートアップした展開に……なりません。
にらみ合いから始まる静かな立ち上がりです。おや」
「ん?」
「アーティさん、中等部チームの、人族の少年……。
手元の資料によりますと、
三年から転入してきたアーシュラ・ティエリアル選手ですが……。
何か食べていませんか?」
「おにぎりですね。
おにぎりを食べています。
東方の島国に伝わるという伝統料理です」
「試合に回復アイテムの持ちこみは許可されていますが、おにぎりですか?」
「お腹が空いていたのでしょうか」
「中央、高等部チームのアタッカーも警戒して、近づけません。
この、アーシュラ選手、転入生なので詳しいことは分かっていませんが、
なんでも魔王の転生者のようです」
「ごほっ、ごほっ……」
「失礼。
学園長がむせたようです。
改めて、アーティさん。
魔王の転生者とはいったいどういうことでしょうか」
「初等部や中等部では珍しくありません。
魔族なら誰もが通る道です。
アーシュラ君のような人族が、
勇者ではなく魔王を名乗るのは少し珍しいかもしれませんね」
「なるほど。
誰もが通る道。青春の通過儀礼。
実は私も、左腕に神の力が封印されているのですが。
おっとお、中等部チームに動きがあるようです。
ミル選手がアーシュラ選手に何か怒鳴っています」
「おにぎりを食べ始めたことを怒っているようです。
どうやらアレは作戦ではなかったようです」
「つまり、アーティさん。
アーシュラ選手は本当にお腹が減っていただけで、
相手チームを挑発する意図はなかったと」
「少なくともミルさんは作戦を知らなかったようです。
アーシュラ君の、空気の読めない行動なのか、
それとも何か深い考えがあってのことなのか」
「その辺りが試合を左右するかもしれません。
さあ、高等部のアタッカー、大剣のキーブリー選手が切り込みます。
ミル選手、アーシュラ選手、慌てて回避。
あっと、これは屈辱。
離れ際にアーシュラ選手が、
掌についていた米粒をキーブリー選手の顔に擦りつけていきました」
「キーブリー君は挑発に乗ったら駄目ですよ。
ただでさえ大剣は威力が大きい反面、隙も大きい武器です。
ミルさんが離れ際に、キーブリー君の腰に一撃を加えていきました」
「今の一瞬に。
素早い動きです。
ですが、場内はいつものように、
攻撃力低下、防御力上昇の魔法がかけられているため、
この程度では決着になりません。安全面に配慮されています」
「それに、模擬戦は日頃の成果を披露する場でもありますから。
生徒達には、勝ち負けに拘らず、のびのびと戦ってもらいたいですわ。
もっとも、勝つのはミルですが」
「キーブリー選手の猛攻。
大剣を軽々と振り回し、アーシュラ選手を追い詰めていきます。
しかし、入れ替わるようにしてアーシュラ選手の背後から飛びだすミル選手。
大剣を躱しながらその側面に短剣、肘、膝を当てて攻撃の軌道を逸らします。
さあ、試合場中央、剣戟の音が戛然と響き渡る!
キーブリー優勢か。
さすがの勇者武器所有者も、
大剣を相手にしては守勢に回らざるを得ないのか?!」
「いえ、これはミルさんの方が押しています。
一見すると二人が試合場中央で一歩も引かずに切りあっているように見えますが、
ミルさんの打撃がキーブリー君の手首や膝にあたっている一方で、
キーブリー君の大剣は一切、当たっていません」
「見かねたキャスリン選手が援護に入ります。
死角となる背後からの一撃!
なんとミル選手、キーブリーの胸を駆け上がるようにして蹴って、
後方宙返り、キャスリン選手の頭上を越えて、挟撃を回避。
キャスリン、一瞬ミルを見失うが、即座に振り返り、
さあ、細剣対決、制すのはミル選手かキャスリン選手か。
会場に詰め掛けた生徒が、最も見たかった組み合わせじゃないですか?
高速対決の始まりです。
え。あれ、待ってください。
ミル選手、前進して、側面のキャスリン選手を捌きながらキーブリー選手に攻撃。
二人を同時に相手しています」
「うちの娘です。当然です」
「うわっ、うわっ。凄いですよ。
高等部はファグスンも攻撃に参加。槍の鋭い突き!
三対一。さすがにミル選手、攻撃の手数は減りましたが、しのいでいます。
しのいでいますよ?!
相手、高等部の成績上位者ですよ?!」
「いや、これは、凄い。本当に……。
相手チームが逃げ場を奪うように攻撃しても、
ミルさんは身軽さを活かして宙返りや側転といった動作で、
武器の隙間を抜けています。
さらに、ハンドスピードというか手数が段違いですね」
「アーティーさんなら、この状況、どう切り抜けますか」
「細剣は喰らう覚悟で無視するしかないですね。
正面の大剣を優先して仕留めます」
「放送をお聞きのみなさんには分からないと思いますが、
現在、解説席でアーティさんの肩の筋肉がピクピクと動いています。
よく見れば膝も小さく動いています」
「ああ、駄目だ。
やはり、僕は細剣を捌ききれないですね。
凄いですよ、ミル選手、まだ一撃ももらってない」
「アーティさんの脳内でも激しい戦いが繰り広げられているようです。
しかし、限界か、避けきれないか。
あっ、
ミル選手、両脚を左右に百八十度開脚し、床に張りつくようにして回避。
凄い柔軟性。
素早く後転と見せかけてヘッドスプリングで立ち上がり、
仲間に何か指示したようです。
え?
中等部タロリー選手、火炎魔法ッ!
仲間のミル選手ごと攻撃です!」
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