第二章 勇者の娘と魔王の転生者は、試合に出場する

第7話 勇者の娘は、劣化勇者パに因縁をつけられる

 植物園での課外授業が終わった翌日。

 授業を終えたミル達、王立サイファングル学園中等部魔法剣士課程三年一班の面々は、放課後の予定をどうしようかと話しながら昇降口に向かっていた。


 先頭のミルは窓から射す四角い日向をピョンピョン跳びながら、鼻歌交じり(影を踏んだら闇に呑まれて死ぬルールだ)。


「ねえ、アーシュラ、試験用の衣装、作る?」


 ジャイアントワームを倒した戦果が認められて学内通貨を手に入れたし、特別戦果を得て首席卒業に一歩近づいたため上機嫌だ。柱で日陰になる部分を飛び越え、次の窓の日向にジャンプすると、右側頭部で結った三つ編みがピョコッと跳ねる。


 背後のアーシュラは、青銀色の髪が揺れる様を視線で追う。ジャイアントワームの体液まみれになった学生服は処分して新しいのを着ているため、ツンツン黒髪の少年は珍しく小奇麗だ。


「衣装?

 詳細不明だ。説明を聞いてやってもいいぞ。

 ただし、飯を食いながらだ」


「ん、じゃ、少し早いけど学食に行って夕食にする?

 タロリーとベリオもいい?」


「いいよ~」


 ハーフサキュバスのタロリーは背中の小さな翼で飛ぶことができるが校舎内は飛行禁止なので徒歩だ。胸元がはち切れそうに膨らんだ制服の、裾の下では腹筋が八つに割れている。胸以外はサキュバスっぽさがないので、パッと見は人族の女子レスラーのようである。


「おう」


 ハーフオークのベリオはミルのスカートが捲れでもしないかと期待して、お尻に気を取られるあまり、フラフラしている。彼は樽のようにまるっとした体型で、背が低いから少し屈んだだけでも、わんちゃん女子のパンチラを狙えるのではと、よからぬことを考えている。なお、ミルはスパッツを穿いているので、期待どおりにはいかない。


 さて、学食に行くことが決定したようだが、一言も確認をとられていない者がいる。列の最後尾にいたピンク髪の少女ヴリトラだ。ヴリトラは尻尾で壁をペシペシと叩き抗議。


「人間、私の意思は?」


「ヴリトラはアーシュラの意思に従うんだから、聞く意味ないよね」


「ぐぬぬ」


 ヴリトラは頬を丸く膨らませて歯ぎしり。ただし、いつもの無表情じと目。感情はあるのだが、表情にまったく出ないのだ。


 こうして普段と変わらぬ様子で五人が話していると、前方から五人組が歩いてくる。制服で高等部の生徒だと分かる。共用エリアの学食に繋がる廊下なら、高等部や初等部の生徒と遭遇することもあるのだ。

 ミルは歩調を緩めてアーシュラの横まで下がり、袖を引く(影を踏んだが、死ななかった)。


「ほら、端に寄って。廊下の中央を歩くと邪魔だから」


「む。何故、魔王の我が道を譲らねばならぬ」


「うーん。窓側から狙撃されるかもしれないし、教室側に寄ろ?」


「仕方あるまい。

 配下の者に気を使わせた以上は、それに従い、上の者の度量を見せるのも良いか」


「うんうん」


 少し前までは「誰が配下よ!」と怒っていたミルだが、もう慣れたものなので適当にあしらう。それになにより、ジャイアントワーム討伐の報償が、学食一年分くらいあるので、上機嫌なのだ。


(アーシュラって魔王というより、単なる自称魔王の中二病よね……。

 昨日変身していたけど、魔王じゃなくて、単に変身能力者なんだよね?)


「何をニヤニヤしている」


「なんでもないよ」


 ミルは反対側から来る者達に、左腰の鞘が当たらないよう、通路の左側に寄る。他の者達も追従する。

 ミルは学園都市に五人しかいない勇者武器所有者であり、生徒会に匹敵する権限を持っているから、本来なら進路を譲る必要はない。ただ、ミルは権力を笠に着て威張る性格ではないし天然暴走野郎アーシュラにもめ事を起こさせないために、相手に進路を明け渡したのだ。


 しかし、ミルは困惑。


「えっと……」


 前から来る高等部の五人は全員が人間。大剣の男、細剣の女、槍の男、弓の男、杖の女という、典型的な模倣勇者パーティーだ。大剣、弓、槍の男三人が横に並び、廊下を塞ぐようにして接近してくるため、ミルはすれ違うことができない。

 数秒後の嫌な未来を予期しつつミルは立ち止まると、相手とは目を合わせずに肩を狭めて壁に張りつき、相手が通り過ぎるのを待つ。


(あー、もう、絶対、トラブルになるやつだ、これ……)


 ミルが持つ魔剣デュランダルの所有権を奪いたくて絡んでくる者は多い。勇者武器は中間試験か期末試験の優勝者に所有権が与えられるが、他に、両者合意の上で教師が認めた場合に限り、模擬戦闘でも所有権が移ることがある。


(因縁をふっかけて私への挑戦権を獲りたいんだろうなあ……。

 お願いだからアーシュラ、挑発に乗らないでよ……)


 ミルは何事も起こらないでと願うが、残念なことに高等部生は廊下を塞いだまま立ち止まる。


「おやおや、

 初等部の子供がいると思ったら、デュランダル所有者じゃないか」


 リーダー格らしき金髪ロンゲの大剣男がわざとらしい声を上げる。


「勇者武器所有者が廊下の隅でコソコソしているなんて、

 魔剣の権威も落ちたものだ」


「まったくだ」


 同意する声があり、金髪ロンゲは声を大きくする。


「勿体ない。

 この僕が手にすれば、魔剣の能力を存分に発揮させて、さらに価値あるものとして高めることができるはずだ。

 そうは思わないか?」


 金髪ロンゲに仲間達が同意の声を上げる。


「まったくだ」


 もう一つ同意する声がある。先程から同意している者の声だ。そして、その者は続ける。


「ミル、このアホ面の方が道理を弁えているぞ」


「ストップ!」


 ミルは振り返り、先程から金髪ロンゲに同意していたアーシュラの口を押さえる。

 アーシュラはミルの手をベロッと舐める。


「きゃっ」


 手が放れたのでアーシュラは続ける。


「我々が道を譲る必要はないし、

 魔剣は魔力のない者が手にしていても真価は発揮できん。

 魔力皆無のミルでは宝の持ち腐れだ。

 しかしな、アホ面は一つ間違えている」


「なんだ貴様、さっきから生意気な態度だな」


 高校生達は全員平均身長くらいあるから、中等部チームはタロリーが平均を大きく上回る者の、他四名が初等部体型なので、両集団には隔絶とした身長差がある。もう、大人に囲まれた子供であった。だが、ちびっ子集団の真ん中に立つツンツン黒髪の少年が最も偉そうにふんぞり返って、尊大な眼差しで、ミルを見据える。


「デュランダルの刀身は青銀色。貴様の髪と同じ美しい色をしている」


 アーシュラはミルの三つ編みを手に取り、ミルの視界に入るように持ち上げる。


「我は貴様の戦う姿が好きだ」


「あ、ありがと……」


 ミルはアーシュラから褒められ慣れてはいるが、嬉しいものは嬉しい。頬を僅かに染め、視線を逸らす。


「美しい物は美しい者が所持すべきだ。

 だから、デュランダルは貴様が所持するに相応しい。

 そして、美しき者と強き者には覇道を歩む資格がある。

 我等が廊下を譲る必要はない」


「何をイチャイチャ――」


「待て」


 金髪ロンゲが激昂しかかるのを、仲間の銀髪ロンゲが制止する。高等部生の狙いは、ミルを怒らせて模擬戦闘の実施を約束させることなので、逆に自分達が怒りで我を忘れるわけにはいかない。そんな高等部生の狙いは知らないままナチュラルに煽るからこそ、アーシュラは歩くトラブルメーカーなのだ。


 しかし、今回のトラブルに止めを刺すのは別の者だった。


「中等部相手に脅してもしょうがない。行くぞ」


(やっと行ってくれる。

 劣化勇者パってなんでこうも絡んでくる率が高いのかなあ)


 ミルは廊下に視線を落とし、さっさと去れと、高等部生の靴を見つめる。


(はい、影、踏んだー。死んだー)


 などとミルが考えていると、高等部生はもちろん死なないが、立ち止まった。


「ん?」


 わざとらしい、誰かの声。


「臭い、臭いぞ。

 んー。臭いと思ったら、なんだこいつ、ハークだ」


「ミル!」


 高等部生に、真っ先に反応したのはベリオ。彼が侮辱されたのだが、ベリオは怒るよりも先に、ミルに自制を促した。何故なら、友人想いの彼女が怒る様子がまざまざと想像できるからだ。


 高等部生が口にしたハークとは、ハーフオークの蔑称だ。一般的にハーフオークは、戦時中にオークによって孕まされた人間から産まれる。父親不詳で母親には捨てられるため、ハーフオークは孤児が多い。ハークとは、そういった境遇の者を侮蔑する言葉だ。


「待って」


 ミルはデュランダルの鞘を、高等部一行の前に突き出して進路を遮る。

 銀髪ロンゲがにたつきながら、ねっとりとした視線でミルを舐めまわす。


「なんだ。

 ハークが臭いって言っただけなのに、何を怒っているんだ。

 ああ、そうか。

 半分もオークの血が流れているんだから、きっとあっちの方もお盛んだ。

 デュランダル所有者はハークの大きなアレにお熱か」


 ミルは卑猥な隠喩をほとんど理解できなかったが、相手の表情から友人が侮辱されていることはよく理解できた。


「誰でもいいよ。挑戦は拒まないから、先生に申請してきて」


「おい、ミル、俺は気にしてないから」


「私が気にするの」


「ミルは勇者武器所有者だろ。

 俺なんかを庇って安い挑発に乗らないでくれよ」


「勇者武器所有者だからだよ。

 友達を馬鹿にされて引き下がるわけにはいかない」


 ミルは高等部生を睨み、模擬戦闘で叩きのめす相手の顔を記憶する。


「今の言葉、忘れるなよ。

 明日、デュランダルの所有権を賭けて正式に模擬戦闘を挑ませてもらう」


 銀髪ロンゲは鞘とミルの肩を押しのけると、金髪ロンゲに「行くぞ」と肘で小突いて移動を促す。


 いつものことだ。学園の至宝を持っていれば、こうやってミルに絡んでくる連中は多い。さらに天然煽り野郎のアーシュラがいれば、いつでも騒動は起こる。ミルは気を取り直して食堂に行こうとするが、この日の騒動はまだ終わらない。


 ズドンッ!


 歩きだした二人の背に向かって、天然煽り野郎がドロップキックをブチかました。


「うおっ」


「おわっ」


 体格差もあるし二対一なので、高等部生二人はよろめいただけ。アーシュラだけが廊下に背から落ちる。


「ちょっと、アーシュラ! 何してるの!」


「我の体格で二人同時に攻撃しようとしたら、飛び蹴りしかなかったのだ」


「この糞ガキ!」


 金銀ロンゲの二人が倒れたままのアーシュラに踏みつけ攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、その足がアーシュラに触れることはない。

 ヴリトラがロンゲ達の背後から膝裏を尻尾で殴打。二人は出足をくじかれてたたらを踏む。

 その間にアーシュラは立ち上がりながら、八重歯をむき出しにして眼光鋭く高等部生を睨みあげる。


「我は無謀なガキどもが挑んできたのを返り討ちにするのが好きでな。

 頭数が揃っているのだから、後日にまわす必要はないだろう。

 今すぐやるぞ」


 アーシュラが飛びかかろうと前のめりになるので、ミルは背後から羽交い絞めにする。ベリオも慌ててアーシュラの腰にしがみつく。


「ちょっと、廊下で戦ったら駄目。停学になっちゃうよ」


「アーシュラ落ちついてくれ!」


 金髪ロンゲが大剣の柄に手をかけ臨戦態勢。銀髪ロンゲも背に手を回し槍を掴む。

 他の者達はヒートアップしている者達を押さえて、距離を取ろうとする。


「お願いアーシュラ、落ちついて!」


「うむ」


 ミルの言葉に応じて、ピタッとアーシュラは止まる。抑えようとしていたミルの方が訝しむくらい、大人しくなる。


「飯を食いに行くぞ」


「え、あ、うん。アーシュラ?

 いきなり落ちつきすぎて逆に怖いよ」


「我があのようなアホ面の子供を相手にして、本気になるとでも思ったか?」


「うん」


「む。そうか。

 貴様の表情がコロコロと変化するの楽しくて、からかったつもりだったが失敗したか。

 我はあいつらに興味はない。我が反応を見て遊びたかったのは貴様だ」


「えっと、それはそれでなんだかなーなんですけど……」


「ベリオ、離せ」


「え、あ、うん。暴れるなよ?」


 正面からアーシュラの腰に抱きつくようにしていたベリオが離れる。


「ベリオ、放せと言っている」


「え? 離れただろ?」


 ベリオはとっくに離れてアーシュラの正面に立っている。

 背後からミルに羽交い絞めにされたままのアーシュラは首だけ振り返り、わざとらしく驚いた顔をする。


「背中にあたる感触が固いからベリオかと思ったが、背後にいたのはミルか」


「……は?」


 ミルはアーシュラを解放し、鞘を振りかぶる。


「アーシュラ。

 どういう意味か教えてほしいんだけど。

 えっと、背中に当たる感触が?」


「待て。廊下での戦闘行為は禁止と自分で言ったばかりだぞ」


「ぐっ……」


 悔しいが反論の余地が無いので、ミルは震える右手を左手で押さえつつ鞘を引いた。暴力では何も解決しない。あとで、アーシュラの食事にタバスコをひっそりとかけてやることにして、この場は我慢することにした。


「些事は気にせず、学食に行くぞ。

 我は『シェフお薦め春野菜をふんだんに使用したランチプレートそよ風に乗せて』にする」


 アーシュラが表情を崩して八重歯を見せるのを目にし、ミルは毒気を抜かれた。


「夕方だからランチメニューはないよ。

 というか、なんでそんな長いメニューを覚えているの?

 あと、やっぱ、アーシュラ、野菜ばかり食べてるでしょ」


「肉も食うぞ。

……ベリオ、何をしている。貴様は食う量が多くて時間がかかるんだ。早く来い」


「お、おう」


「タロリー、貴様は乳が大きくなるメニューをミルに教えてやれ」


「え、え~。そんなメニュー知らないよ~」


 名を呼ばれた二人がアーシュラの後を小走りで追う。大きいことを揶揄されたタロリーの胸がポニュンポニュンと揺れる。

 面白くないのが高等部生。特にアーシュラに蹴られた挙げ句、ヴリトラに膝かっくんを喰らい、さらに今、完全に無視されているロンゲの二人。眉間に血管を浮かべてピクピクさせている。


「おい、待っ、うおっ」


「ぐあっ」


 アーシュラ達を追いかけようと一歩踏みだした二人に、ヴリトラが尻尾で足払い。

 銀髪ロンゲが転倒する一瞬のうちに、ヴリトラは槍を奪う。


「さて」


 バキッ。


 ヴリトラは槍の先端についている刃を折る。それを口の中に入れ、囓る。


 ゴリゴリ。


 高等部生達が驚いた顔で見つめてくるが気にせず、咀嚼。


「美味しくないですね。質の低い鋼です」


 槍の残った部分を折って束ね、さらに折って束ね、握りつぶし、掌サイズに圧縮する。


「女子の手作り料理に男子はドキドキと聞きました。おにぎり食べます?」


 ヴリトラは槍の残骸おにぎりを、ドン引き中の槍使いに渡す。

 ヴリトラの聴力は静まり返った廊下で槍使いの鼓動を聞き取る。


「手作り料理でドキドキ作戦の効果は絶大なようですね」


 槍使いの男は確かに心臓が高鳴っているが、もちろん、女子の手作り料理が嬉しいわけはなく恐怖しているからだった。


 ヴリトラは高等部生から興味をなくし、その場を後にした。

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