第3話

翌日。橋爪が学校の教室に着いたところ、彼の数少ない友達である川重達夫がニヤニヤと近づいてきた。川重は橋爪の右後ろの席に座る男で、痩せ型のYouTuberオタクである。

「どうしたバカ」

この二人の間には挨拶なんぞ存在しない。橋爪の罵倒から始まる1日である。

「昨日は100勝するまで終われません。のライブ夜通し見てた」

「ガロっさんか」

「割り箸粉砕52回」

「よー数えたな」

ガロとは、ポケモンの対戦動画を中心にアップする人気YouTuberで、登録者は100万人を超えている。ポケモンに関して軽く説明すると、言わずと知れた人気RPGである。野生に潜むポケモンと呼ばれるキャラクターを捕まえたり倒したり育てたりするゲームだ。ストーリーを純粋に楽しむだけではなく、インターネットに接続することで3対3のポケモン対戦を楽しむことが出来る。そのポケモンオンライン対戦の環境は運営サイドの介入により1ヶ月単位で細かい変化があったり、3ヶ月1括りのシーズンという範囲で特殊ルールが組まれたりする。そのような細かい変化やルール改定時に多く使われるポケモンを読み、それに対処できる様々なポケモンを様々な能力に特化させて育成しなければならないのだ。すなわち、楽しみ方や勝ち方が無限大なのである。

ポケモンYouTuberを自称するガロ。彼の投稿する動画は、実際の対戦動画から各シーズンのルールに関する考察動画、ポケモンのゲームにおける都市伝説系のものまで様々だ。ポケモンの検索エンジンと呼ばれるほどの大物である。彼の名物シーンは、割り箸粉砕。趣味であるキャンプ時の焚き火の薪にするという口実の元、ポケモン対戦でストレスが溜まった時の発散手段として割り箸を粉砕するのだ。また、彼が年に数回開催する、''100勝するまで終われません。''というライブ配信は常に一定のテンションを保ちつつ視聴者を飽きさせない話術が高い評価を受けている。簡単に言うと凄い人だ。

「橋爪は何してたの」

「アホみたいに頭使ってた、来週末ポケモンの大会」

「頑張るねぇ」

「暇だからな」

「応援してるわ」

そう言って川重は別の奴の元へ話に行った。

「ふう......」

ため息。橋爪にとっての、精神安定剤。自席につき、気持ちを落ち着け、カバンから本を取り出す。本を開くと、女子生徒が橋爪の机の横をスっと通り過ぎた。

「ん」

橋爪の机に、先程までなかったはずの付箋が貼ってある。

『放課後JRタワー6階大丸側エスカレーター下り乗り口集合 佐藤』

心臓が高鳴る。所謂、デートと言うやつだ。集合場所に指定されたのは、札幌駅エリアの一際人通りの多いエリアだ。札幌のJRタワーの6階は常に人通りが絶えないレストラン街。近くにトイレや休憩用ベンチ、人気回転寿司店もあることから、このエリアは局所的に人が溜まりやすい。

その場所を指定した彼女の意図は不明だが、恋人の提案となれば断る訳にもいかない。今晩の帰りは遅くなる。直感でそう思った橋爪だが、そこに憂鬱な感情は欠片もなかった。ふと前を見ると、腰に手を当てピースを作る女子生徒、佐藤がいた。顔は見えなかったが、橋爪にとって心拍数を倍にするには十分の効果があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る