第15話 ここが世界の分水嶺

 天気の良い昼下がり、風は涼やかに吹き抜け、小鳥達のさえずる絶好の爆裂日和。


「「ばっくれっつ、ばっくれっつ、ばっくれっつ、ばっくれっつ」」


 俺達は普段通りの爆裂散歩を装い、敵を誘き出す作戦に出た。向かった先はかつてベルディアが根城にしていた廃城。何故壊れないのか分からなかったが、今日の一発であれは壊れる。魔王の加護とやらが無くなったのか弱まったのか、ともかく、久し振りの爆裂に大満足の瞬間だ。


「久しぶりですからね。詠唱から行きましょう」

「毎度変わる方の詠唱は意味無いんだよな?」

「意味はありますとも、紅魔族の戦闘に於いてカッコよさは何よりも優先されるのです!」


 めぐみんの杖に強烈な魔力がうねりながら集まっていく。自分でもエクスプロージョンを習得し、その基礎理論も習った今だからよりハッキリと分かるのは、めぐみんの爆裂魔法は俺よりも、ウィズよりも、ウォルバクよりも遥かな高み。こいつのこれ以外のエクスプロージョンが軒並みしょぼいと思えるほどの、まさしく世界最強の一撃だ。もうじき俺の嫁になるんだが、マジで何なのこの危険物。自宅に核を置いておくようなもんだぞ。


「天より高き漆黒に 我が翠緑の伴侶を望み給う

 無限の虚空より来たりて 遥かなる天秤を傾けしは汝也

 我と汝の邂逅は世界が選択せし運命

 カズマ! カズマ! カズマ!

 懊悩の果てに我が求めるは汝の全て

 蒼天の視座 深紅の双眸 世界に二つとなき友愛の真理

 我等永遠の契りを超えて 共に究極の夜明けへと至らん

 いざ無垢なる道を歩み行き 深紅の聖域顕現せよ!

『エクスプロージョン』—————ッッッ!!!」


 ちょ、めぐみんさん!? それ詠唱じゃなくてプロポーズじゃないですかヤダー!? 魔王軍の残党聞いてますよ!? 俺らの近くで機を伺いながら聞いてますよ!?


「フッ!(どやぁぁ)」

「可愛い! めぐみん愛してるっ!」


 会心のどや顔で倒れ込むめぐみんを支えた俺は、この瞬間まで全く敵感知スキルに反応していなかった僅かな気配を捉えてその場から飛び退いた。敵感知スキルを相殺する何かで寸前まで気配を消しての不意打ち。知らなかったら絶対に反応も抵抗もできなかった。


「っと、何者だ!?」


 振り返ると白に金で装飾の施された、いかにも聖騎士然とした鎧に身を包み、深紅のマントと両手剣を備えたのが立っていた。あの時は一瞬で気絶させられて次に目覚めたら魔王の娘の前だったが、こいつが俺をやったのか!


「まさか、あの体勢から、あの刹那に我が手刀をかわすとは驚いた。見るからに雑魚でも、魔王様を倒したのは伊達ではないということか」

「魔王『様』だって? つまりは魔王軍の関係者か!」


 俺の問いに対してそいつはマントを翻し、わざわざ自分の背後に火炎の魔法を放ってから名乗りを上げる。


「いかにも! 我が名はふらっかり! 新生魔王軍隋一の幹部にして、紅魔族とは一切関係なき者!」


「いやお前、絶対に紅魔族だろ!? 100パーセント生粋の紅魔族だろ!?」

「か、かか、関係無いと言っているだろうが! きちんと就職して親に仕送りもしているんだから文句を言われる筋合いはない! フリーター同然の冒険者め! 年取ってからも同じ仕事ができるのか? 少しは将来設計を考えろ!」

「いくら親に仕送りしてたって反社会勢力に就職してちゃ人として駄目だろうが! 全国の真面目で善良なニートの皆さんに謝れ! あと俺にも!」

「ふん、少々予定は狂ったが、その娘を守りながらどこまで我が拳を凌げるかな!?」


 くっ、こいつ割と真面目だな、俺の口車に乗って来ない。だが、俺だってたった一人でここに来ている訳じゃない。満足そうに俺の背中でほっこりしているポンコツと違って本物の紅魔族であるゆんゆんが伏兵として待機しているんだからな!


「ゆんゆん、今だ!」


 俺の呼びかけにさっと反応してくれるゆんゆん。キワモノ揃いな俺の仲間と比べてホント普通に頼りになるよありがとう!


「『ライトオブセイバー』!!」

「何イッ!? この俺が全く気配に気づけないとは何という影の薄さ!? だが効かぬわ! フンッ!!」

「影薄くないです、影薄くないですから! じゃないわ。ライトオブセイバーを防いだ!?」

「インベスティーダーのふらっかり! 魔法防御にかけては魔王軍隋一よ!」


「だったら物理だ『バインド』ッ!!」

「ぬうっ、小癪な!」

「カズマさん! 『クリエイトウォーター』!」

「ナイスだゆんゆん! 『フリーズ』ッ!!」


 ゆんゆん発の流れるような魔法連携。これだよ、これこれ! 俺が仲間に求めているのはこういうのだよ! 鎧に大量の水がかかり、間髪入れずに凍らせにかかる俺。ミツルピ程度の相手ならこれで詰みだったんだろうが幹部を名乗るこいつは力のごり押しでミスリル製のロープと氷の戒めを吹き飛ばしやがった!


「効かぬわーっ!!」

「何だこいつ、鉄でも食ってんのか!?」

「『カースドライトニング』!」

「筋肉最強ッ! 超魔導正拳突き、イエアアアァァ!!」


 ドラゴンのどてっ腹に穴を開けるような魔法だぞ今の。氷結は吹っ飛んだとはいえ濡れた所に雷魔法は百点回答なのだが、それをあいつグーで殴って霧散させやがった。だけではなく魔法発動直後から次の詠唱に入る前のゆんゆんに突進して、出した腕を引く勢いも利用したコンビネーションの回し蹴りを放っている。アレはヤバい、あんなのゆんゆんが食らったら良くて骨折、最悪死ぬ! 畜生、間に合わない!


「指示はまだだが入るぞカズマ! 仲間を守るは騎士の務めだ!」


 ガガァンと、体と体がぶつかったと言うよりは、でっかい岩が崖の上から転がり落ちて地面に激突した時のような音が響く。ダクネス! 流石のタイミングだ!


「ほう、俺の回し蹴りを止めるとは大した防御力だ」

「いい蹴りだ、脳髄にズドンと響いたぞ! さあ、遠慮なくもっと来い!!」

「腰砕けになるまで食らわせてやろう! 超魔導極限乱舞!」


 幹部を名乗った鎧の男は矢継ぎ早の拳足でダクネスを滅多打ち。そのどれか一発でも食らえば俺やゆんゆんは一撃でKOされる。だが、さっきから気になっていることを一つ言っていいか?


「おいい! 背中の剣は飾りなのかよ!? 格闘で戦うなら鎧もマントも邪魔なんじゃねえのかよ!」

「五月蠅い! 剣と鎧は男のロマンだ! 決して剣が下手過ぎて当たらないから素の腕力で殴っちまえとか思ったら割かしイケた訳ではないわ!」

「確かに貴殿の拳は中々に良いぞ、だが、ここらでひとつ腕力勝負と行こうか」


 俺の野次に隙を見せた幹部にダクネスが組み付き、相手の両腕を閂の形に締め上げる。ダクネスの腕力で絞め技とか想像したくないが相手がいくら強くても、もう自由には動けまい、とくれば俺が動けるのは今だ!


「はいはーい、互角に組み合ってるとこお邪魔しますよー」


 閂締めで動きを止めた幹部とダクネス。俺は幹部の背中側から回り込み、兜の留め具を外してすっぽーんと脱がせてやった。思った通りの黒髪赤目、ばっちり紅魔族じゃねーか! 魔導写真機でその素顔を激写してやる!


「はいはーい、幹部さんこっち向いてー」

「こらカズマ! 私の勝負に水を差すんじゃない!」

「や、辞めろ! 顔を撮るな! くそっ、待機部隊は何をしている!?」


 素顔を晒されるのは本気で嫌なのか幹部の奴は焦っているが、奴の部下から声が上がる事は無かった。何故なら、この場にいるのは俺達だけではないからだ!


「待機部隊ってのは、ここらに隠れてたお仲間さんの事かな? だったら、アクセルの街冒険者団が討ち取らせてもらったよ」

「おうよ、賞金持って来やがれー!」


 銀色の髪に頬の傷、クリスを始めとした俺の愛すべき冒険者仲間達。俺達の呼びかけに応えて集まってくれた奴らだ。その足元にはバインドされてボコられたそれっぽいのが転がされている。ふっ、計算通り! この一帯は既に包囲されている!


「失敗か。撤退する」

「おい逃げんのか! この写真、紅魔の里にばら撒いて晒すぞ! お父さんお母さんは何て言うかなあぁぁ!?」

「これ程の準備ができるとは恐れ入った。秘密裏の襲撃、少数精鋭での隠密行動がどこから漏れた? これも女神の加護とやらか? その写真撒きたければ撒け。お前の関係者の命が惜しく無ければな」

「まさか、ウィズの事か!? お前、ウィズを何処に遣った!?」


 俺は慌てたフリをして相手にカマを掛けてやる。あわよくば居場所の特定を目論んでいたんだが帰ってきた返事は……。


「ウィズ? いいや、こめっこの方だ。妹の命が惜しければ、その写真はどこにも出さず大事に持っておくんだな! 万一俺の母さんから問い合わせが来たなら、人の経験できる最悪の苦痛の中で、お前の妹は原形を留めないほど破壊されることになる」


 一瞬、愕然としたのは俺だけではなかった。その隙をついてテレポートでこの場を逃れた幹部。ゆんゆんが素早く魔法で里の人に連絡してくれる。距離が離れるほど魔力が掛かるので、伝言ゲームみたいに何人かを中継して里までつなげているらしい。


「通信魔法で確認しました。こめっこちゃんの姿が紅魔の里にありません」

「里にいたはずなのになぜ? まったく、父も母も昔からすぐに目を離すんですから!」

「俺が思うに、鎧を脱いで普通に帰省してたんだろうな。完全に紅魔族だったから、紅魔の里で見かけても敵だなんて思えない。こめっこなら、食べ物一つでホイホイついていくだろう」

「身近に内通者がいたなんて……どうしましょうカズマ!? こめっこが! こめっこが!」


 爆裂後の虚脱の中でめぐみんが悲痛な声を挙げるが、俺達は何でもありの過酷な世界で遣り合わなくちゃならないからな。予定とは少し違うが覚悟の上だ。


「恐らく、俺の捕獲に失敗した場合にめぐみんを脅す為の材料だったんだろう。一つの作戦が失敗しても、全体に支障は出さないよう次の手も用意しておく。敵は計算高く目的に沿って行動している。つまりまだ、こめっこは無事だってことだ。むしろ血色が良くなっている可能性さえある」

「カズマさん、こめっこちゃんの居場所を探知魔法で割り出そうとしているんだけど妨害されているみたいなの。これじゃあ上手く探せないわ」


 既に魔法で確認を入れているゆんゆんは流石に優等生だな。


「恐らくの位置までは何とかなるか?」

「はい、でも、数十キロ四方までしか絞れなくて」


 けれど、まだまだ頭が固い。数十キロ四方まで絞れているならこっちのもんだ。


「冒険者の皆、ちょっと知恵を貸してくれ。地図のこの辺りに関して最近一ヶ月で耳にした事、何でもいいから教えてくれ! 情報料は出す!」


 俺が不特定多数に聞いた所、とある一点が割り出された。最近資材搬送の仕事をしたと言う人がいて、食料品の注文を受けたと言う人がいて、カッコいい騎士特集だの、最新ブランドの鎧カタログを配送したと言う人がいて、霜降り赤ガニの冷凍魔法便を届けたと言う人もいて、ミルク風呂用入浴剤の配達を頼まれたと言う人がいて。品質の良いマナタイトの買い付けが近隣にある複数の街で妙に目立っている事も分かった。

 魔王軍だって霞を食べて生きている訳じゃない。城とかを建てようとするなら、魔物だけでそれをやるより金を出して物資を買った方が早くて安上がりな場合だってあるだろう。のみならず所帯を維持する為には気に掛けないといけない事がごまんとある。俺なんて4人所帯ですら、すげー苦労したしな!

 その位置はズバリ、魔王討伐の際に崩落させた例のダンジョンだ。元々立地は良かったし、野良の魔物も多そうだし間違いない、魔王軍残党の連中はそこをリフォームして使うつもりなんだろう。


「皆助かったよ。情報くれた人には3000エリスずつ進呈しまっす」

「おお、太っ腹だなカズマ」

「サンキュー、今夜の酒代にするぜ!」

「何かあればまた聞いてくれ! 勿論有料だけどな!」


「カズマさん凄い。たったの三万エリスで私の魔法以上の結果を得るなんて。あれだけの規模の強力な魔法探知妨害の設備を用意した方は少なく見積もっても数十億エリスは下らない出費をしているのに」

「どうですゆんゆん、カズマは凄いんですよ。こういう小狡い知恵を使わせたら私でも敵いません」

「うん、めぐみんがカズマさんを好きになるの分かる気がする。この戦いが終わったら、きちんと式をしようね」


 って、おい待て。フラグ立ててんじゃねえ。

 ま、俺はそいつをブチ折りに行くんだけどな!


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