第14話 やる事やったし鍋でも食うかー

 ◆


 危険な賭けだったが小僧の運はやはり本物。ついに、ついに吾輩の悲願を達成するべき時は来た。魔王の娘よ、父の復讐に囚われた哀れな姫よ。さぁ、吾輩と共に、甘美なる破滅の美酒を飲み干そうではないか。


 ◆


 紅魔族の皆さんに事情を説明し作戦立案と協力を取り付けた後、俺達はアクセルの街の冒険者ギルドに向かっていた。テレポート先が警察署なので、それは仕方がないのだが、どっかの馬鹿女神がアホやらかしたせいで、軽く警察に追われている。


「「「大量殺人犯、確保おおおぉぉ―っ!」」」


「違うの、違うのよ! お巡りさん達、話を聞いてー!」

「アホかお前はあぁぁぁ! いきなりアレ見せたらこうなるのは当たり前だろうが!」

「なるほど、テレポート先がアクセルの警察署だったのですね。この間の件の謎が解けました」

「うん、めぐみんにこの指輪プレゼントしたくてアクアのとこに寄ってから、帰って来たって訳なんだよー」

「まったく、あなたと言う人は、どれだけ素敵なんですか」

「おい、この状況でイチャイチャするなバカップル。冒険者ギルドが見えて来たぞ」

「おや、ダクネス妬いているんですか? カズマは分けませんが、良い人を探すと言うなら応援しますよ」

「私は別に妬いても飢えても行き遅れてもいない! 見合いは引く手数多なのだぞ!」

「うわああああん、カズマさん、カズマさぁーん! 警察犬が噛もうとしてる! 警察犬が噛もうとしてるうううぅぅ! 私の羽衣噛んじゃだめえええぇ!!」


 全く、いつも通り過ぎて笑えて来るぜ。愛すべきポンコツ達だが仲間といればどんな困難も乗り越えられる。仲間といればトラブルは倍に、負債は頭割りになる。


「すいませーん、すいませーん! 受付のお姉さーん!!」

「カズマさん、どうしたんですか血相変えて」

「おっ、カズマ! 飯代半額ごちそうさん!」

「半額じゃなくて全額無料にしなよ!」

「めぐみん、おめでとーっ! ひゅーひゅーっ!」

「リア充どもめ、末永く爆裂してやがれ!」


「サンキュー皆! それはともかく話は後だ! マッポに追われているんで今すぐに、めぐみんの冒険者カードを見て下さい」

「めぐみんさんのカードですか?」

「はい、これです。討伐欄を検めて下さい」


 ギルドの受付のお姉さんの顔がサァーっと青褪める。空いた胸元と営業スマイルの余韻を残しつつも引き攣った顔、ご飯3杯頂けます。ありがとうございます。


「つ、つ、ついにやってしまったんですね、めぐみんさん! 素直に自首して罪を償って下さい、めぐみんさん!」


「おい、よく見ろ。討伐の日付が明日以降な上に。今ここでぴんぴん生きているカズマの名前まである。これは間違いなく、冒険者カードの不具合です」

「ええっ、まさかそんなはずは……あ、確かに、いえ、でも」


「こいつがあんまり爆裂するんでカードも大変だったんじゃないですかね? 今日以降のあり得ない日付の部分を改定して欲しいんですが」

「冒険者カードは所有者が獲得した経験値を基にしているので、偽造もミスもあり得ない筈なんです。ですが、ううーん? 今一度経験値を測定してみましょうか。討伐欄も、レベル表記も、ともかくまとめて。冒険者ギルドとしましてもカードの万全を期すために、めぐみんさんの血を一滴頂いて現在の情報を正確に反映し直しますね」

「全くです。品行方正なこの私が大量殺人犯だなんて、そんなことある訳が無いでしょう。爆裂魔法に謝って下さい。あっ、チクッとするの怖いです。優しくお願いします」


 ああ、うん。この場の全員微妙な顔だ。だけど、めぐみんが普段通りの元気を取り戻してくれているみたいで心の底から安心するよ。アクアの魔法、本気で凄い。その魔法なら液体関係は完全浄化済みなのか時間的辻褄合わせの見えない力が働いているのか無事にカード表記の修正は終わり、一つよし。警察の皆さんにも一杯如何と声を掛けたが職務中なのでと断られた。今日のうちに済ませるべきは済んだので腹ごしらえと行きますか。


「アクアー、走って喉乾いたろ。一杯飲んどけよ、って訳ですいませーん、シュワシュワひとつお願いしまーす!」

「え、いいの? カズマさん何か企んでいるんじゃ?」

「大丈夫、日頃の感謝だ!」

「ふふふーん、ようやく私の偉大さが分かったようね。今までの分もまとめて私を甘やかして頂戴!」

「ダクネスも今日は準備から何から本当にありがとう。カエルのから揚げで良いか?」

「まぁ、腹が減っては戦も出来ぬと言うしな。お前の事だ、これもまた考えがあるのだろう?」

「私はリザードのハンバーグが食べたいです。カズマの奢りですよ」

「めぐみん、おめでとう! はい祝辞言ったから半額負担ー!」

「まぁいいでしょう。この先、財布は一つですしね。その代わり、私もシュワシュワを飲みます。もう大人になるのですし、結婚しますし」

「は!? 結婚だと!? 魔王討伐の祝勝会ではなかったのか!?」

「めぐみん結婚するの? 誰と? ねぇ誰と? まさかと思うけど本当にカズマさんなの? 頭おかしいの?」

「おい、私の男のどこがそういう結論にされるのか聞こうじゃないか」


 流れるような料理は運ばれる時も誰かの腹に収まる時も、それぞれなりの音を出す。そこかしこで打ち合わされるシュワシュワのジョッキ。冒険者達のお喋りは歓喜と落胆、悲喜交々に擦れ合う武具の気配が心地良い。異世界に来て、冒険者になって、俺は仲間と共に。この素晴らしい世界の中にいる。ああ、そうだよな、ポンコツパーティーで苦労ばっかり掛けられてきたのは確かでも、それがなければ、こいつらがいなければ、この世界をこんなに愛せなかったかも知れない。アクセルに暮らして長い俺にはもう周囲に溢れる音の欠片で、どこの誰のパーティーだかは見なくても大体分かる。自分の部屋に引き籠っていた時とは比べ物にならない程、世界に音が溢れてる。


「やっぱりお前らといると何の遠慮もなく楽しいぜ。ありがとう皆、俺、この世界に来てしんどい事ばっかりだったけど、お前らに会えた事だけは本当に良かったと思う」


「そうでしょうとも! 我らの邂逅は世界が選択せし運命! 魔王を倒し、その残党と決着をつける事は最早、宿命と言えるでしょう!」

「大抵借金に泣いていた気もするが、こうしてみると不思議なものだ。お前達との冒険の日々は、私にとっても生涯の宝に間違いない」

「何だかんだと天界じゃあできない経験をさせてもらったわ。カズマにはお礼言ったけど、めぐみんにもダクネスにも、いっぱい感謝してるんだから。感謝の花鳥風月を披露しちゃおうかしら」

「みんなで囲めるように鍋でも頼むか! お姉さーんこっちにアクセル鍋ひとつお願いしまーす」

「わ、わぁ、嬉しいな。私、お友達とわいわい皆でお鍋を囲むの夢だったんだ」


「ん?」

「ん?」

「ん?」

「ん?」


「え、と。ごめんなさい、私なんかが皆さんと一緒にお鍋だなんて高望みの上に虫が良過ぎますよね……」


 す、すいませーん! ゆんゆんの分もシュワシュワひとつ!

 大至急でお願いします!!



 その夜は全員で屋敷に泊まり。珍しいお客さんに喜んだらしい貴族令嬢の幽霊ちゃんが人形責めで軽くゆんゆんを涙目にした以外は特段のトラブルもなく朝を迎えた。やり直し前の歴史であれば俺とめぐみんは夫婦となって結ばれており、日が高く昇った頃、アクセルに帰ってきたその足で安静開けの快気祝いだと爆裂散歩に出かけるはずだった。そして爆裂魔法を無駄打ちした直後に魔王軍残党の襲撃を受けたんだ。

 紅魔の里でそけっとさんに占って貰った所、魔王軍の居場所は強烈に妨害されていて分からなかったのだが俺にもめぐみんにも濃い凶兆と死相が出てしまい上映会は急遽延期。紅魔族全員本腰を入れて事態の収拾に当たってくれるとの確約を得て、何人かが夜通しの探索と作戦立案にかかってくれている。正確な位置は分からないが人類根絶作戦の行きと帰りを幾度も見た俺は数百キロ四方の範囲でだが多少の目星はつけられたからな。

 俺の方も昨晩、冒険者ギルドで俺を茶化しに来たダストを捕まえて情報を聞いた所、ウィズの魔法店はしばらく前から予告なしの休業状態で町の人もどうしたんだろうかと心配していたとの事。預けていたちょむすけとゼル帝も行方知れずだが少なくともウィズがまだ処刑されていないのを俺は知っている。ウィズは捕らえられためぐみんをリッチー化するよう魔王の娘に命令されたが、それを頑なに断ったが為に消滅させられた。だから、俺達が以前の歴史をなぞれば救出の機会は必ず来る。


「いよいよですねカズマ。本日の爆裂散歩の攻防で世界の運命が決まります」

「行くぞ、めぐみん。覚悟は決めたな?」

「ええ、この爆裂は言わば世界と私の分水嶺。爆裂冥利に尽きるというものです」

「ゆんゆんは姿を消して俺達の後ろからついてきてくれ。通信魔法で紅魔族の皆さんとの連絡、いざと言う時の戦力、撤退と追撃のサポート。指示は俺が出すが、俺が指揮できない状況だったらめぐみんを連れて撤退してくれ。めぐみんさえ敵の手に落ちなければ、何とかなるからな」

「分かったわ、折角だから勝負よめぐみん! 爆裂一発きりのめぐみんじゃ逆立ちしたって真似できないような最高の魔法使いのパフォーマンスを見せてあげるんだから!」

「なにおう!? 魔王にすら望まれし我が力こそが最強にして至高です!」

「ダクネスは周囲を囲む冒険者達の統率。誰かが負傷しそうな場合は壁役を頼む」

「ああ、望む所だ」

「アクアは——」


 俺は真剣な眼差しをそちらに送りアクアの様子を確かめる。ああ、何か言いたいんだろうが言わなくても分かる。その視線だけで十分だよアクア。今更俺達に言葉は要らない。


「アクアはその檻に入っておき、絶対外に出ないように。その中で、ノルマ分のロープを編んどけよー」

「ちょっとカズマさん!? カズマさん!? 私だって仲間なんですけど!? これって女神に対する扱いじゃ無さ過ぎるんですけど!?」

「おめーは、絶対に何かやらかすと俺の勘が言っているんだよ。偉大なる女神アクアは秘密兵器、言わば真打ちだ。魔王軍残党の根城が割れるまでは姿を見せないのも作戦の内なんだ」


 正直アクアがしっかり仕事してブレイクスペルで、めぐみんの呪いを解けてさえいれば世界滅亡までの被害にはならなかった。だと言うのにまんまとやられている以上、こいつは檻入り決定だ。俺達の不意を打とうとしている連中が女神の姿を見たなら当然警戒するだろうしな。


「ほら、いい酒やるから。おつまみは何が良い?」

「塩茹でエンドウ豆とカエルのタレ焼き。あと漫画とゲーム差し入れて」

「いいだろう。その代わり、決して持ち場を離れるな。そのロープも俺の切り札になるんだから手抜きするなよ?」

「分かったけど、最後にちょこっと手を出すだけでMVPになれるような美味しいタイミングで呼んでね?」


 くっそ、確かにそのつもりだったんだが、こいつの方から言われるとむっちゃ腹立つな! ええい、駄女神は放っておいて作戦開始だ!

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