第13話 緊急クエスト、受けてくれるか?

 ——フッと景色が戻った。お祭り騒ぎの気配、俺の腕の中にいるめぐみん。細くて華奢なその体には燃えるような熱が籠り何もかもが元通り、幸福の絶頂にいたあの夜の光景だ。ただ一つ違うのは、めぐみんの赤い瞳が殆ど一片の光もない絶望と無気力に染まっている事だけ。その瞬間、俺は理解した、恐らく指輪の所有者には時間復元前の記憶が残るのだと。


「めぐみん、俺だ! カズマだ! 俺はここに居る! 里も無事だ! ダクネス! アクア! すぐに来てくれーっ!!」

「……」


「どうしたカズマ、何事だ!?」

「何よ、まだちょこっとしか飲んでないわよ! 開始するまでこれ一本にしとくんだから大目に見てよね」

「分かるかめぐみん? 俺もいる、ダクネスもアクアも無事だ。俺達はその指輪の力で時を遡ったんだ!」

「私は死ぬ前に都合の良い走馬灯を見ているのですね。最後に会いたかった顔が見られました。ごめんなさい、ありがとうございました。こんな都合の良い幻で安堵してしまう私を許して下さい」


「カズマさん、めぐみんどうしたの? 何か小芝居でもやってるの? 採点でもして欲しかったの? やっぱりもう一本空けていい?」

「あまりに真剣な声だから驚いたぞ。余興の練習か何かなら取り込み中なので戻っていいか?」

「中二病全開の発言だが違うんだ、二人とも聞いてくれ。めぐみんは、すぐに理解しようとしなくていい、辛かったな、苦しかったな、疲れたな、もう大丈夫だぞ。俺が支えていてやるからそのまま暫く休んでいてくれ。今度は俺にお前を助けさせてくれ。お前の覚えているのはどこまでだ?」

「首に縄をかけ、足元が抜けました。そうしたら、カズマが私を抱きしめてくれていて、ダクネスも、アクアも、ああ、里の皆も……まるで、私がとても幸せだったあの夜に戻って来たような……」

「大丈夫だ。お前はまだ息をしている、心臓も動いている。そして傍には俺達もいる、ゆっくり、ゆっくり落ち着いてくれ」

「これが都合の良い夢ならば、カズマ、私のお腹を撫でながら、優しく、何度も『ヒール』をしてくれませんか? どうか、最後に……もう一度、だけ……」


 それは、つまりあの時のアレだよな。断る理由なんてない。お前の痛いのがなくなるまで何度だって……


「『セイクリッドハイネスヒール』!!『セイクリッドハイネスサニティ』!!」


 が、俺がめぐみんのお腹に手を添えるかどうかと言う時に空気を読まないアクアがとびっきりの回復魔法を掛けやがった。めぐみんの目にパッと光が呼び戻され、全身神々しさを放つほど活力を取り戻している。

 ダクネスが死の呪いに掛けられた時と言い、その親父さんが悪魔の呪いで死にかけていた時と言い、あらゆる空気を吹っ飛ばす身も蓋もない完全回復だが今は素直に女神アクアを讃えたい気分だ。


「ちょっとめぐみん、何でカズマなのよ! この私がいるのに何でカズマのへなちょこなヒールなんて欲しがっちゃうの? 回復魔法と言えばこの私、体の傷も心の痛みも一瞬で吹っ飛ばしちゃうんだから!」

「あ、あれっ? ここは、どこでしょう? いえ、何時でしょうと言った方が正しいでしょうか?」

「上映会寸前の夜だ。俄かには信じられないかも知れないが俺達はその指輪の力で時を超えたんだ。明日、俺達が巻き込まれるはずだった絶望の未来から帰還した」


「えええええええ!? もしかして、カズマさんあの指輪!? あれ使っちゃったらいけないんですけど!? 成績優秀な女神である私でさえ滅茶苦茶怒られるんですけど!?」

「うるせえ、お前の給料やおやつが多少減ろうが人類滅亡よかマシだ!」

「待て、幾ら何でも過ぎた時間が戻るなど夢物語だ、そんな魔法は聞いたこともないぞ」

「そんなの横暴よカズマさん、カズマさん、もっかい時間戻して! 時間戻ったの無かった事にして!」

「ざっけんな、ンな事させるか馬鹿ッたれー!」

「紅魔族の中でも時を超える魔法は多くの先人が理論に挑戦した難題中の難題ですが……なるほど、どうやらカズマの言っていることは本当ですよ。私の記憶は、全ての光景が絵本のページを閉じてゆくように霞みつつありますが」


 アクアのほっぺたを思いっきり左右に伸ばしながら振り返った俺は、めぐみんが取り出した冒険者カードの討伐欄を見て血の気が引いた。何故ならそこには、本来倒したモンスターの名前が記されるはずのそこには人間、人間、人間、人間、人間、人間、人間、人間……夥しい数の「人間」の文字が並んでいたからだ。時々は名前があって、最後の一つはサトウカズマ。紅魔族の皆さんの名前も、アイリスの名前も、水の女神アクアの名前もある。俺が言葉を選べずにいる中、アクアがそっとめぐみんを抱き締めた。慈愛溢れるその姿は神々しさすら感じる女神そのもの。今日のアクアはまるで本物の女神のよう——


「大丈夫よめぐみん、やってしまったものは仕方がないから素直に自首しましょう。私もついて行ってあげるからね」


 だと思っていた時期が俺にもありました! 俺の感動を返せこの駄女神がっ!


「馬鹿かお前は良く見ろ! 日付が明日以降になってるじゃねえか! こんなのは冒険者カードのバグだ! 無効だ無効!」

「いいんですカズマ。私は、私は……」

「レベルもとんでもない数値になっているな。めぐみん、これがお前の見て来た絶望の未来だと言うのか? 私の名は無いようだが……」

「思い出せません。今も殆どの記憶が次々に閉じ続けています。意識を向けて思い出そうとしても、目の前でパタンと閉じられるように」

「ああそれ、さっき私がそういう魔法をかけたのよ。励ますくらいじゃどうにもならない心の傷を癒しちゃう女神印の完全浄化だもの。アクシズ教の教義ではね。都合の悪い事なんて忘れちゃうに限るのよ」

「この件に関してだけは心から感謝しとくよアクア様! 少なくとも今の時点ではまだ起こっていない出来事なんだ。下らないもしも小説の内容なんて覚えているのは俺だけでいい。ダクネスの名前がないのは魔王の娘に首を刎ねられたからだ、爆裂魔法に耐えてふらふらになった所を背後から一撃だった」

「そうか……とは言えどうする? 策はあるのか?」


「決まってる。紅魔族の皆さんに事情を説明。日付を指摘して冒険者カードのバグだって冒険者ギルドに行く。でもってやられる前に魔王の娘にカチコミなんだが、その為には、お前らの力が必要だ。友情料金で『緊急クエスト』受けてくれるか?」


「私はどうやら当事者ですし、カズマに頼まれて力を貸さない訳がありませんよ」

「めぐみんの言う通りだ。何を今更、水臭いにも程がある」

「高いお酒を供えなさいよヒキニート!」

「めぐみんの為だもの! 私だって力を貸すわ!」


「ん?」

「ん?」

「ん?」

「ん?」


「え? どうしたの皆、今気付いたみたいな顔して……私、結構最初の所からいたよ? 私達、仲間……だよ、ね?」


 何かゆんゆん混ざってた。居たのに気付かなかったが記憶を遡ってみると指輪争奪戦でがっかりした女の子達が去った時点で去らずに近くに立っていて、俺がめぐみんにキスするのも固唾を飲んで見守っていたようだ。ごめん、本気で気付かなかった。


「も、勿論だ! ゆんゆんも手伝ってくれるなら百人力だ!」

「いいんです。慣れてますから! さ、魔王の娘の居場所はそけっとに占って貰いましょう。お金は私に任せて!」

「駄目だゆんゆん、この状況で簡単にお金を払っちゃダメなんだ! 来てくれるだけでいい、来てくれるだけでいいから!」

「いいではないですか。ゆんゆん、お金は頼みましたよ。やっぱり持つべきものは友達ですね」

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