第11話 この娘に指輪と口づけを
紅魔の里に宵闇が忍び寄り、昼と夜との境目は綯い交ぜになって暗闇の中へと溶けていく。内側からの魔法の光源でライトアップされた氷の劇場は溶け出すこともなく、紅魔の里の一夜を照らしている。時間が近づくにつれて里中がこの劇場に集まり里外からの来賓も案内されて来る手はずだったのだが、やり切った顔のテレポート要員の皆さんとは裏腹に里外の客が予想外に少なかった、と言うか今のところダクネスだけ。
本来ならばダクネスのお父さんと見合い相手のイケメンも呼ぶ予定だったのだが流石に今日の今日では動けないとの事で祝辞のみ。アイリスも招待していてかなり来たがってくれたそうなのだが幾ら何でも王族が今日の今日では動けないとの事で祝辞のみ。アクセルの街の冒険者達にはお祝いの言葉をくれた人は本日ギルドでの飲み食いが半額めぐみん負担になるとの事で祝辞は沢山。リーンやダストのパーティーは全額無料にしろよと野次めいた祝辞をくれ、ミツルギは別に呼んでいないけど祝辞だけ送って来たり、ウィズとバニルには連絡がつかずだったり。ってな感じで、お祝いはしてくれるのだがこっちへ来られるかというとそうでもない人が殆ど。今日の今日という強行日程の弊害が如実に表れていた。
「おかしい、こんなはずでは」
「紅魔族の感覚と一般の感覚の差ってやつだよな。めいっぱい食べて持ち帰って貰っても50人分くらい余りそうだな酒と料理」
「まぁ、足りないよりは良いでしょう。こんなこともあろうかと日持ちのする物が多いのです。里の皆に集まって貰えて、カズマとダクネスがいる。及第点です。それではそろそろ始めるとしましょうか」
「お、これは噂をすればじゃないか?」
やや肩を落としながらもいよいよ魔王討伐上映会を開始しようとする寸前、空に大きな光が瞬き、見覚えのあるやつが降って来た。本当に俺の仲間は予想通りな奴らばかりだ。
「ご馳走の気配がするわ、ただまー!」
空から女神が落ちて来た
拾いますか? YES/NO
→NO
「痛ったー! 思いっきり地面でお尻を打ったんですけど!? どうして誰も受け止めてくれないのよ!?」
「いや、普通に痛そうだし重そうだし」
「重いって言った! カズマさんが私の事重いって言った! 体積分の水と同じ重さしかないわよ、うえええーん!」
「うそこけ、だったら水に沈まねーだろ」
「しばらくぶりですねアクア。忙しい中すみませんでした」
「大丈夫よ! 成績優秀なデキる女神の私は天界に帰って、てんやわんやの大忙し! 日本人転生者を未だ魔王が猛威を振るう異世界にご案内しまくったわ。このひと月でざっと100人ほどね!」
可哀想に、女神詐欺の犠牲者がそんなにいるのか。て言うかお前、めっちゃゲームしてたじゃないか。俺はめぐみんの耳を手でふさぎ、体ごと向きを変えて見えないようにもしつつ、アクアに浄化を頼んでおいた指輪の件を切り出した。最近めぐみんは俺がこうすると空気を読んで30秒ほど大人しくしてから。事情を聴いてくれるようになっているのだ、ビバ恋人。
「アクアー、頼んでおいた例の件、どうなった?」
「あの宝石でしょう、アレは異世界転生計画最初期の神器で二つ一組で効果を発揮する、とんでもチートアイテムよ。まぁ、古い物だし、記録上は喪失になっているし、二つ揃わないと、ただ綺麗なだけの宝石だからいいんだけど。もし、本来の力を発動させちゃったら成績優秀な女神の私と言えども大目玉されちゃう位のとんでもない物だったわ」
「流石に魔王の持ち物ってだけはあるな。で、浄化は済んだのか?」
「ええ、フルパワーを使える天界で偉大な女神アクア様の渾身の浄化を施しておいたから新品以上と言っても過言では無いわ。もう一つも行方不明だし、古過ぎてキーワードの記録も失われちゃってるから綺麗な宝石として手元に置いておく分には構わないわよ」
俺はアクアから例の指輪を受け取り、手に取って確かめる。深紅と漆黒の混ざり合うような宝石は渡す前よりも更に色合いの深みを増し、まさしく新品同然、いや、それ以上の清浄さを湛えつつ魂の奥底が震えるような悠久の歴史を彷彿とさせるものになっている。
「今更だけど水の女神って凄いんだな」
「何言ってんのカズマさん? 魔王を倒した後で今更なの? 水は全ての生命の源よ? 水の女神はそれはもう偉大なんだから! 分かったらこの私をもっと崇めて甘やかして頂戴!!」
「さて、カズマ。そろそろ私の耳を塞いだ理由を聞かせてくれますか?」
「ああ、結婚式で先手を打たれちまったけど、めぐみんに渡そうと思って用意しておいたものがあるんだ。式の途中でその時に見せるのと今見せるのとどっちがいい?」
「指輪ですかね。サイズ合わせは?」
「……え?」
「え? カズマが指輪の浄化を頼むなんてめぐみんへの贈り物でしょう? だからそのサイズに合わせておいたんだけど、違った?」
ありがとうございますアクア様! ほんと、普段余計な事ばっかりやらかしてくれるくせに手先の器用を問う作業だと常に期待以上なんですから!
「大正解だよアクア様! ありがとうございます! 余った酒は持てるだけお持ち帰り下さい」
「カズマにしては殊勝な心掛けね! ご馳走ご馳走! 酒持ってきなさーい!」
「上映会が始まるまでちょっとだけ待ってくれよー!」
「心配です。渡すのはその時で良いですから今見せて下さい」
俺は小走りスキップで劇場内に入っていったアクアを見送りつつ、それもそうだと例の宝石をめぐみんに見せた。以前、
「魔王が身に着けていた宝石を女神の力で浄化した曰く付きだよー。吸い込まれそうな深紅と漆黒は、めぐみん好きじゃないかと思ったんだけど」
「……」
「おーい、めぐみーん?」
紅魔族は興奮したり大きな魔力を使おうとする時に目が赤く光る。今のめぐみんは明らかにヤバい、駄目な方の紅魔族の目の赤さだった。ハァハァしながら手をワキワキさせて俺ににじり寄ってくる。目を逸らしたら一瞬で飛び掛かって来るだろう。
「今下さい。そして未来永劫返しません」
「あと数時間、指輪の交換まで待てないか?」
「待てません。全身が爆裂して死にます」
「分かった。ならせめて俺の手でその指に嵌めさせてくれ」
「ハァハァ、早く、早く入れて下さいカズマ。もう待てません」
「なんてな、『バインド』ッッッ!!」
「あれっ!?」
「へっへーん、俺だって少しくらいはロマンを愛する男なんだよ! 今日はもう爆裂魔法は使えまい! 指輪の交換まで待っていやがれ!」
「ぐぬぬぬぬーっ!! 今宵新妻となる私に対してなんたる仕打ち! 冗談ではありませんよ、カズマ、カズマ、もう我慢できないんです! カズマのそれを早く私(の指)に入れて下さい!!」
「ちょ、待て馬鹿声が大きい!」
気に入ったのは分かったけどもう少し待たせようとした俺。だが、バインドで縛り上げられてお預けを食らっためぐみんが俺の想定を遥かに上回る大声で要求を爆裂させた事により紅魔族の皆さんの視線が俺達へと突き刺さる。中でもめぐみんの級友だとかの若い女性陣の反応は強烈だ。あのめぐみんが発情の極みにだとか、縛りプレイとかなんて高度なとか、あらぬ方向に疑惑が流れてしまっているぞこれ。
「カズマさん? これは何事なの? めぐみんに危ない薬でも盛ったんじゃ?」
「ゆんゆん、助けてくれ。大事なめぐみんに変な薬なんて使う訳ないだろ! これだよ、これ。この指輪をめぐみんに見せたら!」
「……」
あ、これヤバい奴ですね分かります。ゆんゆんの目が点になり指輪を凝視していますもんね。はい、他の紅魔の級友の皆さんも全員が食い入るように見ています。
「そ、その。魔王の持っていた指輪を女神に浄化して貰った曰く付きでして。結婚指輪に気に入って貰えるかなって思い、まし、て……」
「カズマさん! 私達、友だ……知り合い以上ですよね!? その指輪は私に下さい!」
「知り合いだけどそれ欲しい、超欲しい!」
「今晩私を好きにしていいから、その指輪下さい!」
「紅魔族の琴線に激しく触れる色合いに曰く付き、もう我慢できないわ!」
「欲しい欲しい、欲しい欲しい欲しい、ハァハァハァ!」
「ころしてでもうばいとる。ハァハァハァ」
大勢の女の子達に集られてキャアキャア言われるという状況がある。だが、実際目を爛々と輝かせた女子に囲まれるのは怖い! 普通に怖い! 全員駄目な方の紅魔族の目の赤さになってるヤバい、色々と現在進行形でヤバい! と言うか助けて!?
「その指輪は私の物です! カズマともども渡してなるものですか!」
おまけにめぐみんまで拘束から復帰して野獣の如くに飛び掛かってきやがった! 流石に爆裂散歩の後では魔力足りなかったか! ああああ、ヤバい、これはヤバい! もうこれは今すぐめぐみんに渡してしまうしかない!
「めぐみん、手を!」
「「「「「「「「「「『イリュージョン』!」」」」」」」」」」
俺が意を決して叫んだ瞬間、俺を取り囲んでいた女子達全員が魔法を唱え、めぐみんそっくりに変身した! 誰かが俺の体をきりきり舞いに回転させ、そして一斉に差し出される手、手、手。眼球が激しく動く刹那の狭間に俺は——
「爆裂魔法はネタ魔法おぉぉぉ!!」
「なんですとー!?」
「お前が本物だあぁぁ!」
そのうち一人の手を取り、抱き寄せながら左手の薬指にその指輪を嵌めた。
「「「「「「「「「「ああーっ……」」」」」」」」」」
周囲からもの凄い落胆の声が漏れ落ち、めぐみんへの変身を解いた紅魔族の皆さんがガックリと項垂れる。俺の抱き締めている一人を除いて、だ。俺の心臓は未だにバクンバクン鳴っており、冷たい汗がだらだら流れている。良かった、正解を選べなかったら翌日紅魔の里が壊滅していた可能性すらある。俺、爆弾解除のコードを切る人の気持ちが分かったよ! どうせ2秒前に解決するんだろー、なんて生意気思っててごめんなさい! めぐみんは俺の腕の中で暫く口元をムニムニさせ鼻息を荒くしていたが、ややあって立ち上がり、落胆している女の子達の前で良い笑顔。
「というワケで、この指輪は私の物です」
なんて、爽やかに言い切っていた。
「悔しくなんてない、悔しくなんてないからーっ!」
「めぐみんが、あの食い気しかないめぐみんがあんな指輪をーっ!」
「バーカ、バーカ、ネタ魔導士ー! 二人で末永く爆裂しなさいよーっ」
「うわああああん、負けた、めぐみんに負けたあああぁぁ!」
「あれ以上の指輪を贈ってくれる男はいずこーっ!」
阿鼻叫喚の指輪争奪戦を引き起こしかけた元凶ですが、すいませんでした。ともかくも収まる所に収まってよかったと俺は胸を撫でおろした。
「すまん。まさかこんな事になるとは」
「ああ、魔力溢れるこの指輪。色合いと言い曰くと言い最高です。これが欲しければ一年間爆裂魔法を使うなと言われたなら喜んで我慢し、指輪を貰ってから一年分撃ちます」
「使い方は失われているそうだけど世界をひっくり返すような力を秘めているそうだぞ」
「秘められた謎の力ですか。更にポイント高いですね。有難うカズマ、あなたは何度私を感動させれば気が済むのか……」
未だ興奮が抜けていないのか、目も頬も赤くしたままのめぐみんが漏らした感極まったような声に、俺も思わず彼女を抱き寄せ思ったままを口にしていた。
「綺麗だよめぐみん。俺にとっては、その指輪よりも、ずっと」
腕の中でめぐみんがビクッと震える。
そして、呟くような微かな声。
まるで乾いて掠れた胸の奥から絞り出すように。
「カズマは、私が好きですか? この私を欲しいと思ってくれますか?」
「ああ、欲しい。今すぐにでも」
「……焦らないで下さいね。もうじき全てあなたのものです」
「今この瞬間で時間が止まればいいと思う『時よ止まれ、お前は美しい』ってやつだ」
「里に伝わる言い回しですと後半が違いますね」
「ああ、察した。それもまた俺の国では有名な言い回しだ」
しばし抱き合いじっとしていた俺達を、夜は既にしっとりと包み込んだ。さぁ、来賓も集まっていることだし始めないとな。魔王討伐上映会、そして俺達の結婚式を。俺は自然にめぐみんへと顔を寄せ、愛しいこの娘に口づけを——
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