第10話 心をつないで
「カズマさんもめぐみんも悪ふざけし過ぎよ! ちゃんと言ってくれれば魔力くらい分けてあげるのに」
「ごめんよゆんゆん。来てくれたのがゆんゆんで助かったよ」
「びっくりしたけど冒険者酒場で聞いていた通りで実は感動しているの。今度、冒険者の皆がこの話題で盛り上がってたら私も参加してみるね! クズマコールに加わるの、ちょっとやってみたいなって思ってたんだ。私は今までカズマさんに変な事されてなかったから加わり辛かったけど今度から堂々と参加できるわ!」
「私も参加の資格は十分にありそうですが。はぁ、明日からが思い遣られますね」
「大丈夫! 信じろ! 結婚してからはやらない! パンツは盗らない! なおこれはプロポーズの言葉だ」
「最低ですよこの男は! さて、ゆんゆん。用意の方は大丈夫ですか? 夜までもう少し時間がありますから進行の確認など」
「大丈夫! お父さんも凄く乗り気でね、魔王を倒した勇者を里に迎えられるのが嬉しいみたい。カズマさん礼儀正しいから結構皆に人気なのよ、素敵な結婚式にしようね、めぐみん」
そう言って会心の笑みを見せるゆんゆんと、今更照れたように頷くめぐみん。美少女二人の無垢な笑顔と照れ姿、なんか、なんか百合百合しいな! ありがとうございます! まぁ、日付が変わる頃には俺のエクスカリバーで大人の階段上らせちゃうんですけどね?
夕方、紅魔の里はごった返したような賑やかさ。里中総出でめぐみんが計画を推し進めていた突貫結婚式の準備に忙しい。そもそもが300人くらいの小規模集落である紅魔族は隅から隅まで知り合いオンリー。子供の顔を見れば、名前もどこの家の子かも、親もその親もその親戚も、ぜーんぶ分かってしまう位に狭い集落だ。
紅魔族は流石改造人間と言うべきか100パーセントの優性遺伝で生まれてくる子供は間違いなく紅魔族になり、そうでない場合は産まれないと非常に明快。オークの集落のすぐ傍だけれど、紅魔ハーフのオークとかいないのは魔物と交わっても子供が出来ないかららしい。つーか、いたら世界滅んでるよね? そこら辺も対魔王用人間兵器として何かあるのかも知れないな。
里の外に出ている人が少ないことや文化の壁も結構深刻で、ゆるやかな人口減少は紅魔族全体の悩みの種であるらしい。そんな集落内に外からの人間を迎えられるのは、それだけでもお祝い案件になるようだ。
「『フリーズガスト』!」
「『フリーズガスト』!」
「『フリーズガスト』!」
「そのくらいで良いです、あとは図面通りに形を整えて下さい」
「『ライトオブセイバー』!」
「『セイバー』!」「『セイバー』!」「『セイバー』!」
「外枠は完成ですね、椅子とテーブルの搬入をお願いします」
「『クリエイトゴーレム』!」
「『コールファミリア』!」
「『サモンデーモン』!」
めぐみんが入念に準備をしていたらしいとは言え昼間に今日やると決めて夕方に式とか、そんなざっくばらんなノリで良いのか不安だったが紅魔族の皆さん凄い、超凄い。家の周りの敷地だけはあると言うか周囲の建物が少ない僻地なめぐみん実家。その前にあっという間に氷山ができて、周りをカットし中身を刳り貫き。まるで映画館か劇場のような作りの建物内にイスとテーブルが運び込まれ、内装用の布やら明かりやらがセット完了するまで30分もかからないんだ。
「いい出来だが少し控え目過ぎやしないか? 我が家秘蔵の邪神の右足を飾ろう」
「我が家の秘蔵である等身大の猫耳少女像を」
「我が家秘蔵の美少女ポスターと神秘の置時計を」
「我が家秘蔵の」「我が家秘蔵の」「秘蔵の」「秘蔵の」「我も」「我も」
そして、良い感じに仕上がった内装に余計なものが足されて、コミケ会場かゲームショウめいた状態になるまで30分。めぐみんが気炎を上げてそれらを片付けさせるまで30分。その一時間の間に呼び出された悪魔やゴーレムの皆さんが内装外装に芸術的な意匠を整えて、合計たったの一時間半で会場設営が完了してしまったのだ。それは見事で幻想的な氷の劇場だった。
「あらあら、何だかお祭りみたいねー何をするのかしらー」
「酒が出るならワシも顔を出そう。カズマさんもどうだね、里の皆と親睦を深めようじゃないか」
「あ、はい。俺は、多分、中核的な関係者と言いますか、はい」
「ねぇ父ちゃん、お祭りって食べられる?」
「ああ、食べられるとも。お腹いっぱい食べられるとも」
「わーい!」
無邪気に喜ぶこめっこを愛しむように目を細めるひょいざぶろーさん。もうじき俺の義理の父になるその人は午後の日差しを受けながら和気藹々と作業している紅魔の里の人々を見渡し、次の視線を俺の方へと向けて来た。
「分かってもらえるかなカズマさん。ワシらの里ではこのように何かあれば皆で力を合わせて、その準備や片づけに協力せねばならん。誰も義務とは口にしないが楽しい事も大変な事も、一人は里の皆の為に、里の皆は一人の為に息をするようにそういう事ができてこその里の一員というワケだ」
「ええ、ええ、その為にはやはり上級魔法の習得は必須でして」
なるほどそう言う事か、だったら確かに俺は大丈夫だ。めぐみんの意図が少し読めた気がすると同時にやっぱあいつ頭いいんだなと思う。俺、クリエイトゴーレムできるし料理とか鍛冶とかスキルあるから確かに消費軽減の方が役に立てるよ。
「やぁやぁ、ひょいざぶろー! 今夜はお招き頂きありがとう。めぐみんにはうちの娘が世話になっている」
間髪も入れずに訪れたのは紅魔族族長、ゆんゆんの父親。以前くっそ迷惑な手紙を送って寄越し、娘の貞操を危機に晒したあんぽんたんだ。マジな話、ゆんゆんと出来ちゃった婚とかになってたら俺、どうなってたんだろう。勢いって怖い。
「ひろぽん殿か、招きとは……」
「娘から聞いていないか? 今夜はめぐみんとカズマさんが魔王を討伐した際の実録上映会。里内の全員、および外からの著名人も招いての大宴会だと言うじゃないか。つい今しがた有名貴族の令嬢殿が四百人分の酒と料理を里に運び込みにいらした。金は既にめぐみんが全額出していて借金もなく、主催者の名はひょいざぶろーになっているんだがなぁ」
「ふむ、その話、詳しく聞こうか?」
「私もご一緒してよろしいかしらー」
「ああ、こめっこもつれて来なさい。食事の用意が出来ているから」
族長さんは家族三人を揃って引き連れ自宅に招こうと言うつもりらしい。本人は全くこちらを振り向いたりはしなかったのだが家族からは見えない背中側の位置に幻影の魔法が投影され、満面の笑みに歯を輝かせつつ、きらーんと親指を立てている族長の顔が浮かび上がった。間違いない、この来訪は意図的だ。こめっこは無邪気だとして義理のお父さんもお母さんも、めぐみんの策に嵌められていやがる。俺の予想が確かなら準備段階での邪魔はさせず、上映会から結婚発表までなし崩し的に既成事実で押し通す算段に違いない。
『スクープ! 実録魔王討伐! 結界破壊から討伐へと至る全て! 主催ひょいざぶろー』
そんな横断幕が氷の劇場入り口に飾られるのと時を同じくして俺はひと月振りの張りのある声を聴いた。金髪碧眼、妖艶な漆黒の鎧を着込んだ女騎士。離れていたのはたったのひと月のはずなのに何だか妙に嬉しいんだ。仲間っていいよな、ただ顔を見ただけで胸の中がほっこりする。それはきっとめぐみんも同じなのだろう、姿を見るや息を切らせて駆け寄ってくる。と言うかお前、絶対族長がヘマしないか見張っていただろ。
「カズマ! めぐみん! 暫く振りだが元気にしていたようで何よりだ」
「ええ、元気にしていましたよ。ダクネスはどうですか?」
「新たな領地の生活基盤を整え、法の整備を進めている所だが忙しくて欲求不満を口にする暇もないな! だが、ダスティネス家の名に懸けて祝いの料理は用意した。目録と照らし合わせて確認してくれ。確認を終えたら領収証の発行を頼む」
「ありがとうございます。あるえ、確認をお願いします」
「『スペルチェッカー』……はい、確認したよ。目録通りだ」
「早いな、どういう魔法だ?」
「原稿の誤字脱字をチェックする為に開発したんだ。数を数えたり内容を確認する場合にも応用が利くごちゃっとした文章や荷物の中で特定の言葉や物品の位置を確認することも出来る」
「素晴らしい魔法だ。ダスティネス家で働かないか?」
「考えておくよ。それよりその鎧、いいねぇ。魔王配下の暗黒騎士みたいで外の人なのに分かっているじゃないか」
「鎧は黒くともエリス様に仕えるクルセイダーとして、私の心は純白だ! 本当は礼服で来るはずだったのだが、めぐみんから是非にと推されてな」
結婚式に鎧を推された、その意味は周囲の紅魔族の視線で分かる。この人達は種族全員が慢性的な中二病に侵されていて、その琴線をくすぐるものには遠慮なく反応して来る。漆黒の鎧の女騎士だなんて、飢えた野獣の群れに羊を投げ込むようなものだろう。
「あっ、女騎士だ! あの鎧、本物だな!」
「魔力溢れる漆黒の鎧とは紅魔族の本能が疼く……!」
「気品を備えた歴戦の猛者。俺の目に狂いはない」
「なんてカッコいいのかしら、あっ、こっち見たわ!」
そうして始まる怒涛の「我が名は」弾幕に囲まれたダクネスは、以前のように恥じらうことなく、落ち着いた声で堂々と名乗りを上げた。
「我が名はダクネス。アクセル隋一の防御職にしてダスティネス家領主代行。本日は仲間の祝勝会に訪れた者だ。宜しく頼む」
「おおー! 外の人なのにきちんと挨拶を返してくれるなんて!」
「流石、カズマの仲間だけあって礼儀正しいな!」
「ふふ、ありがとう。前に来た時出来なかったから練習してきたのだ。紅魔の里は初めてではないのでな」
「ああ、本当だ。白とオレンジの人じゃないか」
「気づかなかったわ、鎧って大事ね! ねぇ、その鎧の防御力試していい?」
「俺も俺も、魔法撃ちたい!」
「モンスター召喚するから攻撃を受けてみてくれないかな?」
わらわらと囲まれたダクネスは澄ました顔もどこへやら。みるみる頬を紅潮させながらそわそわもじもじし始めている。どんな時でもブレずにお約束を守るやつめ。
「魔法攻撃力に定評のある紅魔族の皆さんが私に雨霰と魔法を降らせてくれるだと……!? よ、よし、会が始まるまで暫くある。そこの空き地で思う存分魔法を打ち込んできてくれ遠慮は要らん」
「おいダクネス、紅魔族の皆さんマジでヤバいぞ? お前の硬さは知っているが流石に大丈夫なのか?」
「すまんカズマ、これも紅魔の里の皆さんと仲良くなる為だ。決して領主代行として堅苦しい挨拶と書類の雑務ばかりで欲求不満だからではない。なに、すぐに戻るさ。だかりゃ、ちょっとだけ行ってくりゅー!」
嬉々として走って行ってしまうダクネス、やれやれしょーもないな。だけど、運び込まれた料理と酒は400人の宴会対応と言うだけあって、結構とんでもない量になっている。前々から手配は進めていたんだろうが、突然今日だと言われて揃えてくるのは大変だっただろう。ここはひとつ労っておこうと思い、モンスターを召喚していいかと聞いていた紅魔の人を捕まえて、触手のあるやつかスライムっぽいやつもお願いしますと耳打ちしておいた。
「流石だなめぐみん」
「ほう、我の謀略に気づいたのか我が右腕カズマよ」
「上映会で爆裂魔法の認知度を向上させ、その後、里の為に力が必要な時には使えない上級魔法より燃費を向上させたゴーレム。主催をひょいざぶろーさんの名前にしたのは溜まりに溜まった暗黙部分のツケを返す為……そんな所だろう」
「ええ、そんな所です。流石カズマは話が早い」
「里の為に何かあれば協力、里の皆はみな同胞、なのにお前ん家、食うに困るほど貧乏だもんな。既にタカリ尽くして距離を置かれていると考えるのが自然だ」
「産んで貰い、育てて貰った恩義はこれでチャラです。あとはまあ、気が向いた時にできる範囲で親孝行をするとします」
午後の日差しがゆっくりと傾いていき紅魔の里に夕焼けが近づいてくる。俺はやっぱり何て言うか人としての根っこの部分で、この頭のおかしい爆裂娘が好きなんだなと感じている。俺の彼女は、もうすぐ嫁になるこの娘は決して傍若無人な破壊神じゃない。この娘ほど仲間思いで、勇敢で、大胆な子を他に知らない。この小さな体にどれほどの精一杯を込めて生きて来たのか……なぁ、めぐみん。俺はその半分でも理解できているのかな?
「めぐみんのそういう義理堅い所、俺は好きだけど仲間の為だからって自分の大事なものを犠牲にしようとするのはもう無しな。この先は二人で末永く爆裂しようぜ」
帽子のつばを深めに被り、頬を染めるめぐみんは、とても、とても可愛らしく見え、その傍に立っている俺も何だか姿勢を正したい気分になる。急な話だったけど、やっと気持ちが追い付いてきた感じだ。
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