第6話 お風呂でイチャイチャ

 夕食を済ませた後、勧められるままに風呂へと向かった俺は今更ながら心身に残る緊張の余韻を感じながら浴槽をまたいだ。が、以前泊めて貰った時に比べて断然お湯が少ない。異世界で飲める水とか決して安くないのは知っているが日本生まれの日本育ちな俺としてはゆったり肩まで浸かりたいんだよなぁ。丁度半身浴になるかどうかの量では少し寂しい。流石に少ないので自前でクリエイトウォーターしようと湯船から出て浴槽に向き合った俺だったがその時、背中の後ろで風呂の扉が開いた。

 あれっと思いながら振り返るとそこには小さなタオル一枚で身体の大事な部分だけを申し訳程度に隠しためぐみんが、やや憮然とした表情で立っていた。


「どうした、何かあったのか?」

「母が『家族になるなら、お湯の節約をしましょうね』などと言いまして。我が家は昔から光熱費節約の為、一緒かごく短い間隔で入るのが常の事でしたので。まぁ、大概は川などで水浴びなのですが」

「俺は構わないけど、いいのか?」

「いいですよ。別に初めてと言う訳でもありませんし。カズマの方こそ嫌ではありませんか?」

「嫌な訳ないだろ。つーか、お湯ぐらい魔法でぱぱっと出せばいいのに。紅魔族なんだし魔法でさーっといけるんだろ?」

「父も母も上級魔法は習得していますが、それ以外と言いますと父は魔道具制作、母はスリープだのロックだのアンクルスネアだの搦手的な便利魔法だけなので風呂桶が痛みます。……そうでなければ、もう少し家計はマシであったと思います」


 ふぅんと適当な相槌を打ち、溜め息交じりに浴槽に入ろうとするめぐみん。何の気なしに其方へと目を遣った俺は思わず息を吞んだ。小さなタオルでは勿論体全部を隠すのは無理なんだが、その一枚で隠している場所は尻についている紅魔族の紋様とか言うバーコードだけだ。一瞬だけれど、斜めな角度だったけど、通常隠されていて然るべき大事な部分をしっかりと見てしまった気がする。そうか、紅魔族的にはそっちよりもバーコード見られる方が恥ずかしいのか。紋様の場所は家族しか知らないそうだしなぁ、さりげないカルチャーショックだ。ありがとうございます。


「思えば私達のパーティーが借金を抱えながらも貧困に陥ることなく、何とか低水準の生活までで踏みとどまってこられたのはカズマの地味な……」

「『クリエイトウォーター』」

「ひゃああ、冷たいっ、冷たいですよカズマ! あっ、ぬるい! お湯の方まで見る見るうちにぬるくなって来ましたよ!?」

「この後、温めるから少し我慢なー。爆裂魔法だけの最強魔導士さん」

「分かりました分かりました! 両親に溜め息のつける私ではないと謝りますから! 寒い寒い寒い! おい早くしろ、かっ、風邪を引くじゃないかー!」


 はい、可愛い一声頂きました。俺は風呂の水に手を突っ込んでティンダーで温めにかかり、めぐみんの表情で適温を調整する。浴槽に並々と湛えられた水の面からやがてゆらゆらと湯気が立ち始めた。


「湯加減どうかな」

「良いぐらいになってきました。カズマも入って下さい」

「本当にいいのか? 屋敷の風呂みたいに離れて入れる広さじゃないぞ。多分、足とか触れちまうけど」


 そんな事を言った俺に対し、さも可笑しそうに、くすっと笑うめぐみん。自然で飾り気のない態度に胸の鼓動がとくんとひとつ跳ね上がった。あれ? あれ? こいつ何時からこんなに可愛かったんだっけ?


「あなたと言う人は。勇気があるのかないのかどちらなのでしょう。これだけ一緒に居ても分かりません」

「つまり、アレか? 両親に結婚を前提にお付き合いなんて挨拶をしたくせに、風呂に入って足が触れるとか気にして腰が引けてるのが俺らしいってことか?」

「沢山知っている人な筈なのにミステリアスで、とろけるような感動で私を満たしてくれたかと思いきや訳の分からない失態を平気で晒す。不思議な人ですよあなたは。誰だって不思議な気持ちになりますよ」

「悪かったなぁ、いつもカッコヨク出来なくってさ」


 差し向かいに入って肩までをお湯に沈め、俺は凄く近くで俺の方を見ているめぐみんを見る。普段は何も気にせず言葉なんて幾らだって出てくるのに今この場所で喋る台詞が思いつかねえ。


「カズマ、今日はありがとう。両親への挨拶、驚きましたが嬉しかったですよ」

「あ、ああ、きちんと相談しておけばよかったよな」

「最初にカズマと出会った時はあまりの鬼畜セクハラぶりに生活には代えられないので仕方がないとは言え、もしもの時にはゼロ距離爆裂で道連れにすることすら覚悟していたというのに」

「おい」

「私が何度、真正面から好意を伝えても何か考えているような顔をするばかりで明確な返事が無いままでしたから、果たして状況に流されない状況では? と。正直、かなり不安だったんです」

「あ、ああ……そう、だよな。不安にさせて、悪かった」

「だけど今日、私はカズマの恋人になってしまいましたね。もう、未満だなんて言いません。私はカズマの恋人で、カズマは私の恋人です」

「あ、ああ、その、今後ともよろしく……お願い、します」


 俺は上ずった声で短い返事を返すのが精一杯だ。なのにこいつは、紅い瞳の魔性の女は、めぐみんは、お湯の中から俺に向けてゆっくりと両手を開いて見せる。黒髪紅目の天使がそこにいた。


「カズマ、もっとこちらに来て下さい」


「め、めぐみん?」

「……煮え切らない男ですね。ほら」

「あっ」


 素の腕力で体を引っ張られた俺は、めぐみんに背中を預けさせられた。いつものおんぶに近い位置だけど、今日は背中に素肌が当たっている。めぐみんの足の間に座る形になっており、俺の尻の辺りに、めぐみんが当たっている。当たっているけれど、当たってない! おい待て駄目だ、こんな刺激は童貞にはヤバすぎる!


「カズマ、ありがとう。両親への挨拶を済ませるまで綺麗な体のままでいさせてくれて」

「い、いや、それは俺が、その、いや、その、偶然が重なっただけだ! 結果論であって、俺はそんなに我慢のできる男じゃなかった!」

「謙遜ですね。あなたが本気で私を襲うつもりだったなら、母に閉じ込められるまでもなく、その機会は百や二百ではなかったでしょう。信用できない男と二人きりの状況で指一本動かせなくなるなんて怖くてできません。何だかんだ言いながらも、最後の所はきちんと守ると信じていたのですよ。そしてカズマは文句を言いながらも、ずっと私を守ってくれました」

「お、俺はそこまで殊勝な心の持ち主でもなければ特殊性癖があるわけでもない。い、今だってヤバいんだよ。カズマさんのカズマさんが色々と深刻なんだよ」

「おや、こんな所にエクスカリバーが。抜けるかどうか試してみましょうか」


 耳元で囁きながら優しい手の平が添えられる。

 ヤバいヤバいヤバい、めぐみん駄目だそれ以上は!


「ふふふ、おいたは駄目ですよカズマ。お風呂は家族で一緒にと言ったでしょう? すぐにこめっこが来ます」

「ちょ、おま!」

「信じていますよカズマ。妹想いのカズマは、こめっこの曇りなき眼を曇らせるような真似はしませんよね」

「お、お前の眼は何色だあぁぁ!?」

「紅ですが」

「ちくしょおおおおお!」


 振り向けないが俺の心の目には見えている! 目を輝かせてニマリと笑っているめぐみんの顔が! 弄ぶような思わせぶりで、背中から尻まで色々と密着させながら、こめっこが来るからお兄ちゃんらしく我慢しろと言っていやがる……!


「悪女! めぐみんの悪女! より一層優しくするんじゃねえぇ!」

「ねえちゃーん、入っていいー?」

「いいですよー」

「ちょ、ま! くっそ、鎮まれ俺のエクスカリバー! 『フリーズ』ッ!」

「おや、解放を求めて暴れ出さんとする力に封印を施しましたか。やればできるじゃないですか。よしよし、カズマはできる子です」


 勝ち誇ったように頭なでなでしやがって! くそったれ、後で覚えていやがれ! エクスカリバーが戦いの為に創造された兵器だという事を思い知らせてやる……! と、それはさておきこめっこに笑顔を見せなければ。義兄の威厳を保たなければ。


「おっ、こめっこ。良い湯加減だぞー」

「……」


 前かがみな俺と、その後ろから被さり気味にひっついているめぐみんを見て、すううぅぅと、深呼吸をするこめっこ。大丈夫、大丈夫だ。例え我が盟友がしもやけになろうとも今の俺は何をどう叫ばれたところでやましいことなど何もないのだから。


「父ちゃーん! はだかんぼの姉ちゃんがカズマの上に乗っかってるー!」


 言い方あぁぁぁ!


「ちょっと待てえええ、お兄ちゃんと話をしよう! こめっこさーん!!」

「あはははは! カズマ、耳まで真っ赤ですよ! これは傑作ですね! どれだけ必死なんですか!? あははははは!」


 なお背中で大爆笑しているこいつは後でスマキにしてやろう。俺はそう心に決めつつ目を閉じて「ええ、お父さん、乗っかっていますが何か?」なんて不敵な声も揺れる水面で滲んでしまうくらいに己をお湯に沈めていった。

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