第5話 紅魔の里へご挨拶

 一夜明けて——


「『——そしていつか72人くらいの友達を率いる者!』」

「いやああぁぁぁぁぁ、カズマさんの馬鹿あぁぁぁぁぁ! 消して! 私の黒歴史を消してえぇぇぇ!」

「いやー、良い反応頂きました。我が家の家宝として奉ります」

「ふむ、これはいいですね。客観的に名乗りの採点が出来そうです。カズマ、それを私にくれませんか? たまには恋人未満であるこの私に宝石の一つもプレゼントしたって罰は当たらない筈です」

「いいよー、はい、めぐみん。めぐみんの可愛い姿、いっぱい入ってるから」

「可愛い? わ、我が……我の名乗りが、可愛い、だと……。ふ、ふふ、我が……世界最強の魔法使いたる我が……」

「おい今、未満って聞こえたんだが」

「あれ? 消えない!? 消せない!? 何この魔道具!? うそ、これがめぐみんの手に……いやあああぁぁぁぁぁぁ!!」


 玄関先で平常運転なひと悶着はあったが気を取り直して紅魔の里にテレポートで送って貰った俺達は、ゆんゆんと別れてめぐみんの実家へ向かう事にした。ちょむすけとゼル帝はきちんと肉でも食べられたのか幸せそうなウィズに預けてきたし、背負った荷物は今朝一番で届いたクレアからの霜降り赤ガニと高い酒のセット、それからレインのお勧めとして送られてきた一辺5センチくらいの小さくておしゃれなケーキが36個入っているやつだ。土産に使える金も乏しいから有難かったよ。行動が迅速なのはポイント高いな。

 そして向かうのは最初に来た時はアクアが馬小屋と間違えて次に来た時には見た目普通でローンたっぷりだっためぐみんの実家。二人並んで実家を訪れた俺達をこめっこが迎えてくれた。


「ただいま帰りましたよ、こめっこ」

「お帰り姉ちゃん! それと姉ちゃんの男!」

「俺の名前はカズマだよー。こめっこ、元気にしてたかー?」


 俺は以前より子供らしい表情を見せるようになったこめっこの頭を撫でつつ、お邪魔しますを口にして玄関に靴を揃えた。


「まぁカズマさん。ようこそお越し下さいました! 里中あなた達の武勇伝で持ち切りですよ」

「来たのか母さん!? カーズマさん、よく来てくれたーっ!」

「ご無沙汰しています。ゆいゆいさん、ひょいざぶろーさん」


 圧倒的に変な名前なんだが、割と普通に口をついてすらすら出るな。俺も紅魔族の名前に毒されたか、と顔を上げると二人とも微妙な表情で固まっている。まるで何かを待っているかのように。待っている、何をだ? ……あっ! 俺はハッと「とある事実」に気づくと鷹揚なポーズをとって名乗りを上げた。


「我が名はサトウカズマ! アクセル隋一の最弱職にして、最強の冒険者! 仲間と共に魔王を討ち取り、紅魔の里へ挨拶に訪れし者!! ……あ、これお土産です」


 紅魔族の名乗りは礼儀作法的な意味合いもあるのだろう。名乗りの前と後ではめぐみんのご両親の反応が全然違う、周囲の明るさも場の空気も全然、断然、露骨なまでに別物だ。変っちゃ変だが、ツボさえ押さえてしまえば仲良くなるのは難しくなさそうだ。どの地域でも礼儀作法ってそういうものかも知れないんだが。


「我が名はゆいゆい! 紅魔族隋一の魔性の母親! 本日は未来の息子を持て成す者! さあさ、上がって下さい自分の家だと思ってくつろいで下さいな。はっ!? こ、このカニは、ままま、まさか、霜降り赤ガニ!?」

「我が名はひょいざぶろー! 紅魔族隋一の魔具職人にして数多のちゃぶ台を砕きし者! おお、こちらは良い酒だ! 飲もうじゃないか、カズマさん! 今日はとことん飲もうじゃないか!」

「ケーキだー! やった、やった、わぁーい!」


 すいっと俺の横を通って先に実家の中へと入っためぐみんの横顔は静かに澄んでいて、それでいてとても綺麗で、嬉しそうで、満点ですよと言ってくれているかのようだった。俺達は何故だが床に釘で固定されたテーブルに着いて家族と共に、お土産品を分け合いながら場を温めていた。


「そうか、魔王討伐の金は受け取らなかったか! 惜しい、惜しいが、分かっているじゃないか! 君ならまた稼げるだろうとも!」

「まさか娘が英雄譚の主人公のような人を連れてくるなんて、うふふふ」


 さて、そろそろか。食事の席も大分進んだ頃合いを見て、意を決した俺は居住まいを正す。その変化に気づいたのは夢中でカニを食っているめぐみん以外全員だった。こめっこですらケーキで頬を膨らませながらもこっち見てるぞ。


「ひょいざぶろーさん、ゆいゆいさん、折り入ってお話があります」

「うむ、聞こう」

「あらあら、急に改まってどうなさったのかしらー」


「俺、サトウカズマはこの度、結婚を前提に、めぐみんさんとお付き合いさせて頂きたく挨拶に参りました。どうか、お嬢さんとの交際を許して下さい」

「……」

「ちなみに、カズマさんはウチの娘とどこまで行っていらっしゃるのかしら?」


 ゆいゆいさんが右手の親指と人指し指で作った輪の中に左手の人差し指を通しながら聞いてくる。このド直球何とかならないかと思ったが、そう言えば娘もしばしばド直球だった。


「キスはしましたが、体の関係はまだありません」

「『アナライズトゥルース』」


 間髪入れずに即とか!? 前にあれだけの状況で何にもなかったんだから少しは信用しろください。


「あらあら、信じられないけど本当みたいですよあなた」

「気に入った! 気に入ったぞカズマさん! てっきり子供が出来たので責任を取るという話だと覚悟していたのだ! 無論それでもライトニング一発で許すつもりだったが! さあ遠慮なくもう一杯!」

「めぐみん、良い人を選んだのね。反対する理由なんてないわ、おめでとう」


 おい、カニ持ったまま、きょとんとすんな。一世一代のご挨拶だぞ。


「ふえっ、え、と。カニに夢中で聞いていませんでした。何ですか? どの何がおめでとうなんですか?」

「姉ちゃんの男が、父ちゃんにけっこん申し込んだ」


 こめっこですら分かってるじゃねーか! この爆裂頭が! だけど父ちゃんに結婚申し込んだ訳じゃないからねお嬢ちゃん!


「は!? え!? はぁ!? カズマが!?」

「ご両親に挨拶行くって言ったろ。何だよ、今更嫌だって言われたら俺泣くぞー」


 ようやく事態を呑み込んだらしいめぐみんは一呼吸おいてカニを呑み込み。何故だが洗面所に走って行ってしまう。辛うじて横顔は見える位置で何か呟いているっぽいので読唇術スキルを使って読んだら魔力は込めずに爆裂魔法の詠唱だけを3回繰り返し、それから何故か柔軟体操と歯磨きをして、再びテーブルまで戻って来た。


「ふう、まったく。時と場所をわきまえて下さい」

「いや待て、これ以上ないほどわきまえていただろうが時と場所」


「こういう話をするならすると、事前に私と相談するのが筋でしょう」

「いやだから、ご両親に挨拶行くっつったろ」


「ええ聞きましたとも。聞いていました。ですが、挨拶にも種類があって、まさかそんな挨拶だとは我が高度な頭脳をもってしても導き出すこと叶いませんでしたよ!」

「恋人宣言した女の子の両親への挨拶で、これ以外を俺は知らねえんだよ!」

「普通に遊びに来るでも、魔王の討伐を報告するでも、バリエーションは無数にありますよ!」


「逆の立場で考えろ!」

「私は普通に遊びに行きますがね!」


 言い合う俺達を呆れたように見つめていたひょいざぶろーさんとゆいゆいさんが揃って、さも可笑しそうに笑い出した。何だか今のやりとりだけで、どれだけ仲が良いかを証明してしまった気がするのは俺だけの妄想でしょうか、気のせいでしょうか。それと童貞引きニートでなければ全国各地でその生息がまことしやかに囁かれているリア充カップルの皆々様は彼氏彼女の両親の所へ普通に遊びに行くのでしょうか。


「はっはっは、やぁやぁ、ははははは。娘の態度を見ていれば、もう君しかいないのだろうと思う。だが、そんな君だからこそ失礼を承知で一つ言わせて貰おうか。結婚を前提に付き合うのは良いが、結婚自体はまだ待って欲しい。勿論異存はないのだが、今の時点で手放しに認めるという訳にもいかないのだ」

「お父さん!? 爆裂魔法で家ごとぶっとば、いひゃああああ?」

「『ドレインタッチ』……理由を教えて頂けますか」


「うむ、母さん」

「そのぉ、紅魔族は上級魔法が使えて一人前と言う見方がありまして。カズマさんがお婿さんに来て下さると決まったならば、もう事を急くこともありません。ですから、これはもうゆっくりと腰を据えて上級魔法を習って頂ければ、と」

「例えば、靴屋のせがれのぶっころりーを知っているか?」

「ええ、多少は」

「仕事もせずにぶらぶらしておるニートだが、それでも上級魔法は使える。娘が上級魔法を習得しているならばまだ格好もつくのだが、知っての通りだ」


「おい、お前の娘は爆殺魔人もぐにんにんを討伐したんだぞ! あと、魔王軍最強の天使の名が我が討伐記録に刻まれて……あっひゃあああああ!?」

「『フリーズ』……なるほど、つまり俺がきちんとめぐみんを養える男であると里の皆さんに示さなければ心からの祝福は頂きづらいと言う事でしょうか」

「その通りだ。頼めるだろうか? ツテを頼って出来る限りの協力はするが」

「スキルポイントは足りているんで詠唱とか覚えればイケます」

「む? 30ポイントは必要なはずだが」

「魔王倒したのと、ダンジョン崩落させた時に沢山巻き込んだみたいで

 どーんと一気にレベルが上がって、今は丁度30ポイントあるんですよ」


「ふ、流石は我が伴侶となることを望む男。我もまた億千の爆裂魔法を降らせたことで大きくレベルを向上させている。元々高レベルだった我は30ポイントまでとは言わないが上級魔法程度であれば、あと数ポイントで習得できる余力があるのだ」

「めぐみん。ちょっとあなたの冒険者カード母さんに貸しなさい」

「嫌ですよ。万一勝手に扱ったり、私を操って上級魔法を覚えさせでもしたらエクスプロージョンでローンの残るこの家を吹き飛ばした上、一切の仕送りを差し止めにすると宣言しておきます」

「その時は俺も手伝うよー。ダブルエクスプロージョンで派手に行こーぜー」

「カズマさんまで。いえいえいえ、何もしませんよ、ちょっと見るだけですから。めぐみんも、もう結婚を考える年なんですからこの先ずっとネタ魔法だけではいけないと分かるでしょう? 将来と子供の事を考えて……」

「はい、残りのポイント全て爆裂魔法の威力上昇に積み込み完了です残念でしたね」

「ああ、なんてこと」

「いいじゃないか母さん。カズマさんがやってくれる。さあ今夜は飲もう。上級魔法の詠唱その他はぷっちんか、ぶっころりー辺りにでも頼めばいい」

「いえ、習得こそしていませんが私はかつて紅魔族隋一の天才と呼ばれし者。上級魔法の理論と詠唱ごとき、私がカズマに教えてやりますとも」

「かつてだなんて。自分でかつてと言ってしまうだなんて、よよよ」

「お母さん!? 今の私は世界最強なんですよ!? 水を差すのはやめて下さい!」


 何だかんだと賑やかに、和やかな夕食の席。俺は無事、めぐみんとのお付き合い、そして条件付きながら結婚も認めて貰う事ができた。

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