第4話 俺達のエクスプロージョン
「『エクスプロージョン』———ッ!!」
翌日、アクセル郊外に散歩に出かけた俺は、以前アクアがワニにたかられながら浄化した見晴らしの良い湖畔で爆裂魔法をぶっ放していた。流石に日々の日課にマナタイトを湯水の如く使えるほどのご身分ではないので爆裂魔法に必要な分の魔力をドレインタッチでめぐみんから貰い、体の中で暴れまわる灼熱の魔力を俺のエクスプロージョンで使い切ってやった。
ずっと鍛え続けてきためぐみんの爆裂魔法には及ぶべくもないが、遠く轟く爆音と、熱核の火柱に次いでもうもうと立ち込める黒煙に、めぐみんは目も顔も真っ赤にして俺の爆裂魔法を凝視していた。
「カズマ、これは!」
一拍遅れで吹き付けてきた細かな水滴を横顔に受けても意に介すことすらなく、上ずった驚きの声と共に俺へと振り返るめぐみん。そして俺は地面に突っ伏し、なだらかな傾斜のままに、ずるーり、少し滑った所。はい、本気で指一本さえ動かせません。
「見ての通り、爆裂魔法だよー。めぐみんが撃てない間、一日一爆裂はこんな感じで我慢してくれないかなと思って」
「これは、私と共に爆裂道を歩むという決意表明……はっ、まさか!?」
「あ、いや、プロポーズとかじゃないぞー。地面に突っ伏したままじゃあ流石に締まらないからなー」
「カズマ、あなたは一体何度私を感動させれば気が済むのですか」
「うー、魔力もうちょい分けてくれー。これ、貧血のキツイやつの倍ぐらいツライんだけど」
「ええ、吸ってもらうと私も楽になります。まだ張っていますのでどうぞ」
自力では動けない俺の手を取るめぐみんの指先は震えていて、導かれるままにひたりと触れた手の平は熱く、滑らかな皮膚を感じている。そのままドレインタッチで魔力だけ吸収したら、ほうっと生きた心地がする程度には回復した。大分吸ったが、それでも歩くのぎりぎりだ。今度めぐみんが撃った時にはもう少し大目に分けてやろうか。
「ふう、生き返った。素の魔力じゃ発動できないけど、少しはめぐみんのストレス発散になってくれると嬉しい」
「少しどころではありませんよ! 私は今、猛烈に感動しています!」
「魔王へのトドメは……言うまでもないな?」
「そうでしょうとも! そうでしょうとも! 爆裂魔法は最強なんです、不可能を可能にする最強の魔法なんです! 魔王討伐の決め手とするのに爆裂魔法以上に相応しい魔法などありません! ああ、カズマ! 私達は本当に魔王を倒したんですね!」
「それ腑に落ちるの今かよ」
「ですが! 我が爆裂に比べればまだまだ歩き始めの赤ん坊同然! これから共に磨き上げ、究極の先へと至ろうではありませんか!」
魔王云々よりやっぱ爆裂魔法に食いついてきたよこいつ。
「それより、約束のもの凄いことしたいよ、めぐみーん」
「爆裂魔法を極めること以上にもの凄いことなどあろうか! いや無い! 私の魔力にはまだ余裕があります。それはつまり我が爆裂魔法の強大さと消費魔力の甚大さはカズマの爆裂をはるかに上回る領域にあるという証明ですが、今重要なのは振り絞ればもう一発、1日2爆裂が可能であるという事実! さあ、今一度、我が魔力を贄に爆炎を轟かせるのです!」
そして俺は学習した。今の興奮しためぐみんに何を言ってもエロい展開には持ち込めない、とな。第一、更に爆裂させたら二人でこの場におねんねだろー。帰りの魔力と体力を考えてくれよー。
「カズマ、もう一回、もう一回だけお願いします。中途半端に火照らされた体が切ないんです」
「もじもじしながら言うんじゃねえ。だったらアレだ、ドレインタッチは心臓に近い位置から吸うのが効率良いんだ。今の俺は効率を重視する男。その童貞を殺す、屈んだらぽっちが見えそうな服に……」
「構いません。手を入れるがいいでしょう!」
「へ?」
「さあ、どーんと吸って下さい!」
あらやだ、めぐみん男らしい。初めて許されてのおさわりなのに色気ねえけど、しょおがねえなああああ!
「やってやるよ! 吹けよ嵐! 響けよ爆炎! 『エクスプロージョン』ッッッ!」
「ふおおおおおおおおおお、素晴らしい! 素晴らしいですよカズマ! カズマを選んだ私の目に間違いはありませんでした!」
「はふぇ、んぷっ」
うん、目が間違ってなくても他のとこがあれこれおかしいから駄目だからな。
……俺は、まぁ、嬉しいんだけどさ。
「ちなみに何点でしょうか?」
「私が放ったとすれば二十七点が関の山。ですが! カズマの放ったものである以上、八十五点を差し上げましょう!」
「ありがとうございます!」
めぐみんは爆裂の余韻を眺められるように俺の体を仰向けにし、満足と疲労が濃厚にブレンドされた息をつきながら満足げに俺の隣で仰向けになる。俺達は、そのまま暫く空を見上げて倒れていたけれど、高く巻き上げられていた水滴が霧のように降り下りてきて晴れた空には2本の虹がかかって見えた。
「なぁ、めぐみん」
「ええ、カズマ」
「俺、なんだか幸せだ。めぐみんも同じ気持ちでいてくれたなら、すごく嬉しい」
「そうですね……この感動と満足感を幸せと呼ぶのなら私も素晴らしく幸せです」
俺の方を向いて微笑んでくれるその顔が愛おしい。そんな事を思いながらじっと見つめていたら、めぐみんがすっと体を寄せてきた。添い寝よりも、もっとずっと深く、俺の胸に頭を預け、お腹の辺りに手を添えながら、幸せそうに息をつくんだ。
ああ、可愛いなぁ。気怠い疲労を押し退けて、胸の奥にじんわりと暖かな何かが広がっていく。満足だろうか、幸福だろうか、それとも自信なのだろうか。穏やかな日差しと涼やかな風そしてお互いを感じ合いながら、都合2発を撃ち終えた俺達は、ゆるやかに流れる世界と時間を共有していた。
…………
……
早足に時は過ぎていき暗闇が空の端から忍び寄る夕方、屋敷に戻ると、門の前では見慣れた後ろ姿が座っていた。めぐみんと同じ紅魔族の少女、自称ライバルのゆんゆん。自称ってだけで、爆裂以外ポンコツの誰かさんより遥かに優秀な万能魔法使いなんだが、いつも自分からめぐみんに突っかかっていってはもれなく涙目になっている娘だ。
「ゆんゆんではないですか。うちの前で何をしているのです?」
「ハッ!? 帰って来たわね、勝負よめぐみん! あんまりめぐみんが帰ってこないからアリの巣を眺めていたとか、そんなんじゃないから! 決してそんなんじゃないから!」
「こんばんはゆんゆん。これから俺達晩飯なんだけど、良かったら一緒にどう?」
「何を言っているのですかカズマ? どこの馬の骨とも知れない、こんにゃいぁぁ!?」
「『ドレインタッチ』——、今日はめぐみんの体調も良くないから俺の顔に免じて勝負は今度にしてやってくれよ」
「そ、そういうことなら仕方ないので! 良かったわねめぐみん、カズマさんのおかげで首の皮一枚つながって!」
「で、何の用? ゆんゆんは魔王戦のダメージとか大丈夫なのか?」
「丸一日ぐっすり寝ましたから平気です。明日の朝一番で紅魔の里へ報告に行くので。だから、めぐみんとカズマさんも一緒にどうかなって誘おうと思って」
次期族長なのだから当然と言えば当然なのだろうが、どうやらテレポート先に紅魔の里を登録してあるらしいゆんゆんが一層頼もしく見える。めぐみんは何だか憮然とした表情だったが俺も紅魔の里には早いうちに行っておきたかったので是非にとお願いした。
「まったく、節操のない男ですねあなたは。よりにもよって我がライバルの手を借りようなどとは恥を知りなさい!」
「そんなこと言ったって俺、紅魔の里近くのオークが怖いんだよ。アルカンレティアから馬車を乗り継いでいったら時間も金も掛かるしさ」
「だいたい、紅魔の里は私達紅魔族の故郷です。カズマがそんなに行きたがる理由なんてないでしょうに!」
「あるよー。ひょいざぶろーさんとゆいゆいさんに挨拶しに行かなきゃ」
思いっきりめぐみんの反応を意識した台詞だったのだが、当のめぐみんはワケが分からないといった様子で首を傾げており、ゆんゆんの方が目をキラキラさせて食い付いてきている。いや、締まらねえなぁ。いつもの事だけど。
「私の両親に挨拶ですと? なぜ故に?」
「それってもしかして、もしかすると、もしかするんですよね!?」
「流石はゆんゆん、本物の紅魔族は知能が高いなぁ『ドレインタッチ』」
「おい、誰が、んにゃあああああ!?」
「それじゃあカズマさん私はこれで。明日の朝九時にまた来ますね」
「ありがとう、って。おい待てゆんゆん。まさかそれを言ってくれる為だけにこんな夕方まで家の前で体育座りしてアリの巣を眺めてたんじゃないよな? 違うよな?」
「え……それだけですけど。な、なにか変でしたでしょうか? ごめんなさいっ!」
「謝らないで! お願いだから謝らないで! 晩御飯食べていこう! 晩御飯食べて泊っていこう! 一緒にお喋りしたりゲームしたりしよう!」
重い、重過ぎる! 舐めてたよ、俺、ハイレベルぼっちのぼっち力を舐めてたよ! 優秀すぎて大抵のクエストをソロでこなしてしまえる為に、元々のぼっちを更に拗らせたアクセル隋一のぼっちの達人とは言え、ゆんゆんだってラスボス戦で一杯頑張ったんだからさ。
「ゆんゆんはもっと褒められていいんだ! 魔王は倒れた! 勝利の喜びを分かち合い、平和な世界を享受する仲間ならここにいるじゃないか! なぁ、めぐみんも黙ってないで何か言えって」
「……今夜はやっとカズマと二人きりになれると思いましたのに」
「めぐみんもおっけーだってさ。おいで、おいで」
「あれっ!?」
「めぐみん、流石に同じ手を使い過ぎたんじゃないかな?」
「ぐぬぬ、これは予想外でした。まさかカズマに学習能力があったとは」
「おい今なんつった」
食材はそれほどないけれどそこは料理スキル持ちの俺。めぐみんとゆんゆんがボードゲームをして遊んでいる間にありあわせの材料で三人前を拵えた。めぐみんと二人きりも楽しいけれど、仲間が多いと賑やかでいいな。
日本に居た頃、小学生の半ば頃までは誰と遊ぶのにも気なんて遣わなかった。出会ったら当たり前のように遊び、ギャン泣きの大喧嘩をしても次の日には仲直り。そんな当たり前が当たり前ではなかったと気づいた時には、俺はもう、自分の力で立ち上がる事ができない引き籠りだった。
引き籠りに説教なんて無駄なんだ。頑張る様にどんだけ優しく諭したって、どんだけ熱く語ったって無意味だ。それよりも、当たり前を共有できる仲間や友達がいればいいんだ。ぼっちを拗らせ過ぎたゆんゆんが悪い男に引っかかったり利用されて大惨事になったりなんて俺達がさせない。友達との時間こそが引き籠りにとって最高の薬じゃあないだろうか。
「里に帰るのであれば名乗りでしょう、魔王を倒した私達です。絶対に誰もを一発で黙らせる名乗りを考えるのです青き稲妻を背負う者よ」
「や、やめてよ。カズマさんもいるのに」
「いいでしょう、ならば見本を見せて差し上げます! 我が名はめぐみん! 紅魔族隋一の魔法使いにして魔王の城に億千の爆裂魔法を降らせし者! 魔王討伐の立役者であり世界最強の名を真実とした者! 貴様が爆裂を覗く時、爆裂もまた貴様を覗いているのだ……」
「は、恥ずかしい……」
「この程度で羞恥に慄くとは情けない。魔王を倒しておきながら友達の一人も増やせないていたらくでは我がライバルを名乗ることを辞退して頂くしかないようですね」
「わ、私はめぐみんのライバルよ! 見てなさい! 我が名はゆんゆん! 紅魔族隋一の魔法使いにして上級魔法を操る者! 魔王討伐の立役者であり最高の魔法使い! 紅魔族の次期族長にして青き雷を背負う者! そしていつか100……ひゃ……。な、72人くらいの友達を率いる者!」
目標ですら100って言いきれず三割ほど削ってしまうとは、ゆんゆんのぼっち癖は筋金入りが極まっている。72人て、将来悪魔でも召喚する気なんだろうか。
「私ほどではありませんが、その調子です! さあ、共に更なる名乗りを追求しましょう我がライバルよ! 一言一句にまで神経を滾らせ、一挙手一投足に奇跡を宿らせるのです!」
「ま、負けないんだから! 我が名は——」
俺はバニルに有り金巻き上げられた記録用水晶を起動し、ああでもないこうでもないと戯れる紅魔族の少女二人を記録しておくことにした。この水晶、よく見たら上書きモードがあったからな。記録したものは絶対消せないとか言っておきながら上書きは出来るとか仕入れたのはウィズに違いない。俺の財布の中身が、たんぱく質としてウィズの胸の足しになることを願おう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます