第3話 後ろ姿のお前らと
深夜、土木工事のバイトと概ね同じ強度の肉体労働を終えた俺は一部屋だけ明かりのついている館に帰って来ていた。ただいまと声を掛けながら玄関を抜け明かりのついている部屋の方へ向かっていくと、ゼル帝とちょむすけが心地よさそうに眠っている向こう。台所から規則正しい包丁の音が聞こえてくる。包丁を持つ人の後ろ姿に当たり前の様に引き寄せられるひと時、ほっと一息ついたなら湯気に混じったスープの香りが幸せを胸に吹き込んでくれた。
「お帰りなさいカズマ。大変だったようですね」
「あーもー、ほんと。昨日魔王倒したばかりだってのに、今日は王城から帰った足で土木工事なダンジョン堀りとかエグい一日だったわー。めぐみんはもう休んでなくて平気なのかよ」
「全身の血管をオレンジ色に焼けたトゲが流れ続けている感じですかね。熱も下がってはいませんが動いていた方が紛れるのでご心配なく。ちなみに今起きているのは、ウィズから連絡を貰ったからです」
連絡と言いつつ手紙を見せてもらうと、とても申し訳無さそうな文面に、きっちりした字で、俺が心身共に物凄く疲れて帰るだろうから労ってあげて欲しいこと、めぐみんの方も体の調子が戻るまでひと月くらいは爆裂魔法を控えた方が良いこと、必要なら診察するので店に来て欲しいことなどが書かれていた。
この時間をハッキリ割っている辺りはバニルの指示なんだろう。さんざコキ使われた後っちゃ後だが、悪感情が美味なら感謝とかはその逆、くっさい失敗料理をぐりぐり押し付けられるのは勘弁ってことかも知れない。
「しんどかったら代わろうかー?」
「でしたら手伝って下さい。そこで茹でに抗っている野菜にトドメをお願いします」
「りょーかい。にしても随分と活きのいいホウレンソウだなぁ。高かったろ」
「心配は要りませんよ。我が家の庭で採れたものですから」
「へぇー。めぐみんホントいい奥さんになるよ」
「そうですとも。トドメが終わったならお風呂へどうぞ、出てくる頃には料理が並んでいる筈です。楽しみにしていてくださいね」
めぐみんと並んで料理をする間、深夜の屋敷はとても静かだった。ダクネスは実家に帰り、アクアは溜まりに溜まった日本人転生者を詐欺にかけ……、もとい、異世界へ案内する仕事を片付けるまでと言ってちょっと天界に帰っている。4人で騒げば賑やかなこの屋敷も二人では少しと言うかとても広い。俺は鍋の内側から結構な力で蓋を押し上げて逃げようとするホウレンソウをキュッとする。俺の冒険者カードの討伐欄、魔王の次はホウレンソウです。
「それじゃあ風呂行ってくるけど、めぐみんは?」
「湯船に浸かったら、そのまま沈む自信があります。後で体を拭きますので、その時にお湯を下さい」
「りょーかい、あー、晩飯楽しみだなー」
腹も減っていたし、俺一人の為に広いフロ沸かす魔力勿体ないしで、洗面器一杯分ずつお湯を作って頭と体を洗った俺は湯気をほこほこさせながら寝巻に着替えたんだが、食卓へと戻る前にふと思いついてテレポートした。行き先は、エリス様のいる魂座す死後の間だ。
「こんばんはエリスさま。おじゃまします」
「また唐突に……こんばんはカズマさん。そちらは夜ですか」
「ええ、零時を少し回っている所です。アクアいますか?」
本当は死んだ人が生涯の終わりに一度だけ通る神聖な場所なのだけれど、テレポート先として登録できるのだから仕方がない。
「アクア先輩の管轄は日本ですから、連絡する形になりますが」
「お願いします。実は今日、ダンジョン掘りのバイト代にこんなもの貰いまして」
俺が差し出したのは宇宙の深淵を思わせる深紅の宝石が煌めく指輪だった。俺がウィズとバニルと一緒に潜り直した最終決戦の地で回収した魔王の死体。魔王のじいさんが身に着けていた装備はバニルが嬉々として身包み剥いでいたのだが、この指輪だけは「吾輩のいけ好かない神聖な臭いがするのである」とか何とか言ってバイト代にとっておけと一個だけくれた宝だ。
俺は、その宝石の深い紅と黒の色合いに見覚えがあった。普段は宝石なんかに執着しないめぐみんが過去に一度だけ。光物を見つけたカラスのように聞き分けなく手放そうとしなかった
素人目に見ても、色合いの深みと美しさにおいて完全にあの石の上位互換。あれは持ち主に不幸を呼び込む曰く付きだったがバニルが「神聖だ」とか嫌がっていたのでその辺は大丈夫だろうし魔王の装身具と言う曰く付き。だから、気に入って貰えるんじゃないかと思ってここに持ち込んだって訳だ。
「……これは? 強い力を感じますが神器でしょうか? 二つ一組? その片割れ? 随分古いものですね」
「俺もハッキリとは分からないんですが魔王のじいさんが持っていたもので結構神聖らしいんで仲間へのプレゼントにしようかと思っているんですけれど、じいさんが持っていたのそのままってのはなんか嫌なんでアクアに浄化を頼もうかと」
「わかりました、神器絡みの可能性があるのなら連絡を繋ぎます」
エリス様がちょいと空間を指さすと、その部分が円状にゆらゆらし始め、アクアの後ろ姿が水溜りを覗き込むような解像度で映し出された。
「おーい、アクアー、今ヒマー?」
「カズマさん? なーにー? 私もの凄く忙しいんですけどー」
後ろ姿だが、激しく動く肩と手元で俺には分かる。こいつ、ぜってぇーゲームしてやがる。動き、リズム、集中っぷりからジャンルはアクションかホラー、緩急強弱を読めば画面なんぞ見えなくても楽勝だ。バイオクランク、恐らく四だな。畜生俺もやりたい。
「積みゲー消化終わってからでいいから神器っぽい指輪の浄化頼むよ」
「わかったから、話しかけないで! ぎゃああああ、噛まれた。カズマさんのせいでゾンビっぽい寄生植物に噛まれたんですけど!」
「わーるかったよ。ちゃんと女神の仕事もしろよー。ありがとうございますエリスさま。あまり根を詰め過ぎないで下さいね」
「カズマさんもおやすみなさい。あまり夜更かしはいけませんよ」
一仕事頼んだらもう一度テレポートで帰るんだがテレポートの登録先は3ヶ所。
一つは崩落したダンジョンの最下層
一つはエリス様のいる魂座す死後の間
で、もう一つはと言うとアクセルの警察署だったりする
「おーい、めぐみーん、こっちこっちー」
「あなたと言う人は……どういうお風呂の入り方をしたら夜食を作っていた私が警察に呼び出される羽目になるのですか」
「身元引受人が来ましたか。それじゃあカズマさん、めぐみんさんの身柄を」
「おい、この上なぜ私が身元を引き受けられる側にされているのか聞こうじゃないか」
「ええと? ……ああっ! 失礼しました!」
テレポートでの警察署侵入の容疑で職務質問された俺だったが、顔見知りの警察署員とお茶を飲んでいると心底ワケが分からないという顔でめぐみんが迎えに来てくれた。おまけに丁度交代で担当の変わった取り調べの人に勘違いされるおまけつき。ひとえに日頃の行いのせいではあるのだが、ちょっと不機嫌なこいつと深夜の町を二人で歩くのは悪くない。
「と、いう訳でちょっとアクアの様子を見に行ったら帰りの事考えてなくってさ」
「カズマの魔力でテレポート二回は無理でしょう。マナタイト使いましたね?」
「中ぐらいの一個。プレゼントしたやつとは別だよ。お湯は沸かせるから大丈夫だって」
「はぁ、先が思いやられます」
「ごめんって、この埋め合わせはちゃんとするから。あー腹減ったー」
「料理も冷めてしまいますよ、まったく」
俺の知らない星座が瞬く星明りの下、暗がりだからなのか怒っているからなのか紅に輝くめぐみんの目。こんな夜更けに歩いていると、赤い光が流れるように帯を引く幻想的な赤とめぐみんの横顔に見入っていた俺は気づいた。その口元から吐き出される息が寒い季節では無い筈なのに白くなっている。温度を確認しようとして顔の前に手を出したら、立ち止まって睨まれた。
「何ですか?」
「めぐみん、いいから俺の手にふーってしてみて、息を、ふーっと」
オウ、久しぶりにゴミを見る目ですね。
「留置場に逆戻りしたいのならこれ以上実績は要りませんよ。私の証言だけでセクハラの立証には十分かと」
「やっぱチリッと熱いな、おい、お前今体温何度だ?」
「実は50度近くあります。とてもツラいです」
「ごじゅっ!? え、人間ってマックス42度ぐらいなんじゃないの!?」
「限界を超えて高速循環させた魔力による熱中症のようなものだそうです。言うなれば爆裂熱中症。爆裂魔法を愛する者としては冥利に尽きるのですが、夜中に好きな人と星を眺めてもロマンを感じられる体調ではないのですよ」
「おぶされ、家まで運ぶ」
「結構です。今日はまだ撃っていませんからね。なんなら先に帰ってくれていいんですよ。ちょっとそこらで一発やってから帰ります」
「こんな夜更けにやるんじゃねえ! あと言い方!」
「ちょ、何するんですか!? おま、おまわりさーん!?」
「近所迷惑だから叫ぶんじゃねえええええ!」
俺は体に触られまいと暴れるめぐみんをドレインタッチで制圧し、強引に背中におぶってやった。最初はガルルルってな感じで唸りながら俺の髪をわしゃわしゃしていたがツラいのも本当なのか40秒くらいしたら静かにおぶわれてくれていた。吸収した魔力は怖くなるほどの熱さを持って俺の中で暴れ、吸われためぐみんは少しだけ楽になっているように見えた。
「ごめんな、気づかなくて」
「カズマの方こそ、疲れているのでしょうに」
「明日は、爆裂散歩に行けそうか?」
「歴史上、あんな爆裂魔法の撃ち方をした人間は聞いたことも無いらしく、この症状は未知のものです。ウィズの見立てでは安静と休息が何よりの薬なので、ひと月は魔力を使わず経過を見るよう言われています」
今まで何度も俺の指示で仲間に無理をさせてきたが流石に俺も反省した。だから俺は、そんなめぐみんを明日、日課の散歩に誘おうと思う。
「今日はもう遅いから、食べて寝るけど。めぐみん」
「何でしょう?」
「明日、いつもの散歩に付き合ってくれよ」
「あなたと言う人は。1ヶ月安静と言った傍から」
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