第2話 感謝するがいい、お得意様よ!
さて、本当はすぐにでも帰ってめぐみんの様子を見たい所だが俺には一つ確実にやっておかなけりゃならない事がある。テレポート屋では既に手配が済んでいて、多分だけど俺が来るってんで王宮関係者が複数で見張っていたりしたんじゃないかな? 何か敵意を感じる視線が幾つもあって首の後ろ辺りがピリピリしてたけど、それ以外は何事もなくアクセルの街に戻ることができた。
鬼が出るか蛇が出るか、覚悟を決めて向かった先はウィズ魔道具店だ。近づいただけでさっきの視線何て比べ物にならないくらいの不穏な気配が敵感知スキルにビンビン来ていやがる。こいつは相当お冠だと思った方が良さそうだな。
意を決して入り口のドアを開けると直立して腕を組んだバニルが立っていて、仮面の瞳をギラリと輝かせながら重々しく口を開いた。
「来たな小僧」
「今日は、へいらっしゃいじゃねーんだな」
「当然である。貴様も分かっているのだろう」
「ああ、落とし前を付けに来た」
見通す悪魔にもったいぶっても意味がない。俺が魔王を倒すのに移動した世界で最も深いダンジョン。俺はウィズとバニルに、残された財宝を取りに行く約束をしていたのだが魔王と相打ちした俺のエクスプロージョンでダンジョンは崩落。テレポートの登録先として位置座標は生きているものの、そこへ飛んだら「岩の中にいる!」状態になってしまうだろう。事実上、二人の手に入るはずだった収益をおじゃんにしたに等しい。
ウィズはともかくバニルは悪魔。恩や情よりも契約を重んじる。利益を示せば話ができる反面、そうでなければ人間に対して必ずしも友好的な奴らではない。
「金は、今は無い。だが、必ず稼ぐ。駄目にしちまった財宝の分、支払いを待っちゃくれないか?」
「汝、お宝を地下深く埋めた上に魔王の討伐報酬すら辞退してきた。愚かなる小僧よ。悪魔に対して口約束は通じん。必要なのは対価のみ。さぁ、貴様の最も大切なものは何だ?」
思い浮かべちゃいけない。思い浮かべたらそれを盗られる、奪われる。覚悟して回避しようとしていたはず。なのにどうして、熱に浮かされ尚微笑むあいつの姿が浮かんじまうんだ。
「見通す悪魔に嘘はつけない。では、貴様が金を用意するまでネタ種族の娘の身柄を預かろう」
「預かって、どうするつもりだ?」
「貴様の所の狂犬女神が削りに削った残虐公の残機の足しにしてやろう。胸も尻もないあの娘であれば豊満な女体にトラウマのあるオーク共も大喜びで嬲りにかかると出ておる。身も心も諸共に踏み躙られた娘の悪感情はさぞかし美味であろうなぁ」
鷹揚に腰を曲げて下からねめつけるように歪んだ笑いを見せるバニル。その言葉に含まれた重々しい凶兆に思わず気圧されてしまう。
「……っ!」
「おっと、その悪感情はマクスの好みそうな味ではあるが、それだけと言う訳でもなさそうであるな」
「頼む、何でもする! 時間さえ、時間さえあれば俺は稼げる男だ! あいつには手を出さないでくれ!」
「頼むと言いつつ、断られれば吾輩と刺し違えようという腹を決めている小僧よ。吾輩に人間の感情は理解が難しくてな。伝わるように説明してみよ」
「あいつは、めぐみんは……」
俺は必死でめぐみんに出会ってから今日までの事を並べ立てた。最初は好きだなんて思っていなかった。仲間の募集を半日待ってようやく一人やってきたと思ったら、変な名前で、変な眼帯してお洒落だとかで中二病全開。そのまま倒れて三日も何も食べていないだとか、クエストに行ったら行ったで爆裂魔法一発撃って帰るに食われるわ、計算高くギャラリーの目を利用して捨ててこようとした俺の口を封じるわ、トラブルばっかり持ってくるわ、毎日毎日爆裂散歩に付き合わせるわ、警察の厄介になっては身元引受人に俺の名前を出すわ。
とにかく無茶苦茶で、爆裂魔法が大好きで。だけど根っこのところは驚くほど一途で仲間思いで、仲間の為に自分のロマンを曲げようとしたこともある。なんだかんだと賢くて、いっつも俺にあきれ顔で、なのに時々剛速球のストレートで俺の事が好きだって……まぁ期待させるだけさせておいてお預けばかりかましてくるけど。
「あいつは、めぐみんは! 鬼畜だのカスだの外道だの言われる俺を誰より間近で見続けて、何度も呆れて……それでもこんな、こんな俺を好きだって言ってくれている女の子なんだぞ! 社会からも、学校からも、親からも、自分自身からすら逃げ続けてネトゲに引き籠っていた俺をだぞ!? 最初の頃はこんな事になるなんて思っていなかったから、ぞんざいに扱ったり、セクハラかましたり、からかったりした俺をだぞ!? 何度も迷惑かけられて、何度も本気で喧嘩して、またやらかしやがったかと頭の中身を疑ったりもしたけれど……俺はそんなあいつが好きになっちまったんだよ! ああそうさ、あいつといれば素直で居られる、気を遣わずに笑い合える! 真剣な事も馬鹿な事も隠すことなく当たり前みたいに話し合える! 今日の爆裂魔法が何点だとか、俺達だけの大切な時間もある! 今はもう、恥も外聞もなく大好きで大切だって叫べるくらい仲間以上で、掛け替えのない恋人候補なんだよ! 俺がこの世界に戻って来たのは何不自由なく遊んで暮らせる財産よりも、まだ顔も知らない理想の奥さんよりも、めぐみんに会いたかったからなんだーっ!」
「カズマ、あの、その……」
「え……は!?」
握り拳でバニルの胸元を握り締めながら叫んだ俺に横から声が聞こえた。真っ赤な顔で俯いている黒髪紅目、魔法使い風の黒いローブに三角帽子の、めぐみんが……。
「め、めめめめ、めぐみん!? いやいやいやいや、いつから!? ねぇ、いつからいたの!? 俺が今言った事聞いちゃってたの!?」
「全て聞きました。そこの赤字製造店主から一度記録したら永久に消せない記録の水晶も、つい先ほど買いましたので、これはもう家宝にして奉るしかありません」
「うああああああー!!」
「ふはははははは! 極上の羞恥が生み出すこの絶叫! 見通す悪魔にはこの展開が見えていたのでな、予め呼ばせておいて貰ったのだ!」
「あああああ、畜生。笑いたきゃ笑え。なっさけねーが本心だよ!!」
「ありがとうカズマ。少し……い、いえ、かなり恥ずかしいですけれど。素直に嬉しいですよ。そんなカズマに私からも伝えたいことがあります」
「お、おう」
紅い瞳をほんのりと幻想的に染めながらめぐみんは俺の手を自分の胸元に触れさせる。服越しにもわかる熱さと柔らかさ、そして驚くほどに早い鼓動が、どんな言葉よりも心の全てを伝えてくれているみたいだ。
「こんなにも思ってくれてありがとう。私からはずっと、何度もカズマに思いを伝えてきていましたが、カズマはなかなかきちんとした返事をくれませんでしたから少しだけ怖かったのですよ。私の独りよがりだったならどうしよう、断られたらどうしようと……そんな怖さを隠して仲間として振る舞ってきましたがカズマの気持ちを聞けた私はもう止まれません」
綺麗な瞳に射止められて、ごくり、と俺の喉が鳴る。
見つめ合う数秒に意識を持っていかれそうだ。
「だから、正直に言いますね」
「お、おう」
だが、緊張を極めた俺が瞬きもせずに見つめていた目の前で触れていた控えめなふくらみがおっさんの胸板に代わり、俺を見つめていた美少女の顔がおっさん仮面に変化した!
「残念! 吾輩でしたー!!」
脳髄に突き刺さるその台詞。理解と認識が俺を混乱の大渦へと叩き込み。言いようのない羞恥と怒りが電流の如くに掛け抜けて行く。
「!?!? お、おおお、おまおまおま!?」
「ふはははははは! 小娘に全部聞かれたと思ったか? 恥ずかしいのは確かだが、言うに言えなかったことをぶちまけられて、ある意味すっきり開き直れたとでも思ったか? おお、美味である、美味である! 一粒で二度美味しいとはこのことよ! ふはははははは!」
つまり、めぐみんだと思ったのはバニルのおっさんの変身で、怒りの気配を彫り付けたままのバニルのおっさんの方は脱皮後の抜け殻か! ちっくしょおおお、馬鹿、馬鹿馬鹿、俺の馬鹿っ! 本物のめぐみんがこの場に居たならオークのくだりで「おい、胸も尻もないあの娘とは誰の事だか聞こうじゃないか」とか言いつつ、爆裂魔法の詠唱を始めていたに違いないだろおおおおおがああああああ!
「てんめぇぇぇぇ! 今からマジもんの爆裂連れてきて爆裂させんぞコラアァァ!!」
「さて、冗談はさておき小僧。本気でタダ働きと言う名の天国へ来る覚悟はあるか?」
「ああ、めぐみんに何かあるより断然マシだよ。どうすりゃあいい?」
「なおその前に、先程の台詞をすっかり記録済みのこの水晶
今ならお値段たったの8万とんで558エリスである!」
「ちきしょー! 有り金全部じゃねえか! 買うよ、買えばいいんだろ!」
「毎度あり!」
「はいはい、バニルさんあんまりいじめちゃダメですよ。時間も遅くなってしまいますしそろそろ行きましょうか」
「うむ。崩落した程度で宝が駄目になったと思い込んでいる小僧よ。テレポート先は例の洞窟の地下で構わん。さあ行こうか」
「ちょ、待てよ。思いっきり埋まってんぞ」
「吾輩が何故、利益をゴミへと変えることにかけて天才的なポンコツ店主と契約の元この店で働いていると思っているのだ。こやつのダンジョン創製の魔法は秀逸でな崩落の補修ワンフロア程度は何の事もないわ。魔法で支えつつ物理で掘り出すのだ」
「ついでに魔王様の遺体も回収しましょう。なんちゃって幹部ではありましたが。最後の仕事として迷える魂を天に返して差し上げなければ」
「ほれ、シャベルとツルハシを貸してやろう。悪魔に対する契約不履行未遂をほんの9時間ほどの肉体労働で補填できるのだ。寛容なる吾輩に泣いて感謝するがいいお得意様よ!!」
「全く、脅かしやがって。しょうがねえなああああ、やってやるよ!」
ん? 魔王の魂を天に返したら女神連中からフルボッコにされるんじゃ……? ま、いっか。既にげんなり疲れていた俺は気にしない事に決めた。
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