第二節 届かなかった踵《きびす》から長老への手紙
届かなかった
メシア
メシア
しかし、兄はエジプトで生きる為に、凡そ口にするのも哀れな所業にも、手を染めていました。幼い男の子が、どうして大きな煉瓦を運んだり、数を数えたりすることが出来ましょう、まだ三歳なのです。三歳の子どもが出来ることは、愛されることだけなのです。そして愛とは、メシア
そのメシア
そして、私は忘れていません。
あまりにも非道い、あまりにも惨い。
何故あの罪を、
何故あの罪を、
使えるときだけ使って、それも本来金銭を渡さなければならないところを、それを惜しんでいたのに、その罪を私達は無言の裡に共有していたのに、メシア
あの生涯は、祝福と幸福ではありません! あの生涯は、呪いと暴力に満ちています。私だけの祈りではダメでした。メシア
でも貴方は違います。貴方は違ったはずです! 貴方は神に、天国へ至る道を与えられた方。貴方は
けれども
最も神に愛された弟子が、そのように願わなかったからです。彼が願ってくれたなら、メシア
そうですとも、メシア
そのような事があって、たまるものですか。神の普遍の愛が、娼婦も取税人も寡も包み込んだあの愛が、神殿娼夫にだけ注がれないなど、そんなことはあるはずがないのです。それなのに、
その故に
私ではダメでした。私ではダメでした。私では無力でした。私一人だけが罪を犯していたわけでは無いから、罪を犯した全ての人が、祈らなければダメだったのです。それ程に、兄の罪は重かった。兄の罪は赦されなかった。十二弟子の中で、兄だけが一等、穢れていた。その事を誰もが知っていたのに、誰も祈らなかった。貴方こそが、祈らなければならなかったのに。
いえ、いえ、いえ、分かっております。貴方だけの責ではないことは。私も同じくらい、祈りが足りなかった。けれども、家族であった私の祈りですら聞き届けられなかったのなら、一体誰の祈りなら聞き入れられたというのでしょう。神の家族よりも強い絆を持つ者、神の家族よりも神に近しい者、メシア
どうか憐れみを。天国から拒まれ、炎に焼かれているだろう私の兄の為に、今からでもお祈りください。
―――以下、エルサレム総主教からローマ教皇への最後の手紙。
メシア
先日、初代さまと大奥様とが亡くなりました。遺体は酷く欠損しておりましたので、私達は尽力して、ご遺体を集め、墓に葬りました。私は遺されたその子ども達を引き取り、エルサレム共同体の三代目を継ぎました。
伯父とその子ども達は、代々『
女のように美しく、男としては足りず、女としては余分な身体で、けれども完璧な人格者。
その言葉に収束する答えというものを、私はついぞ、大奥様から聞くことは出来ませんでした。ただ、大奥様があまりにも恋しそうにお話になるので、大奥様が深く、
大奥様が、もはやこれまでとお覚悟をお決めになった時、私達は集められました。そこで初めて、
そして、その事実を隠さなければならなかった理由も。どのように生きて、どのように死んで行ったのか、隠さなければならなかった理由を。
昨今、教会では禁欲を強く推奨する動きがあります。けれども、それでよいのでしょうか。
私は確かに、メシア
それによれば、メシア
寧ろ、他の方々が、
どうして責められましょうか、煉瓦を持つ筋肉を持たず、数を数える教育を持たず、自然な女体の身体すら持たなかった、齢三つの子どもが、唯一売れるものが、それしかなかったということを。
彼等は悪でしょうか。娼婦よりも酷い、悪でしょうか。彼等は自ら、悪に染まったのでしょうか。仮に悪に自ら染まったとて、それを私達のメシア
メシア
今回、このようなお手紙を出しましたのは、何も今更になって、
信仰深いために名付けられた名です。
十二部族の一人の、由緒ある名です。
名前に何の罪がありましょうか、名付け親の願いが込められた、産まれて初めての贈り物を。
これからも、
だからこそ、今出ている歪みは、今正さなくてはなりません。今溜まっている淀みは、いずれ膿になり、教会という大きな身体の全身を蝕み、疥癬よりも恐ろしい病となって、教会を襲うでしょう。私はそれが恐ろしくてなりません。
神の元から離れる前に、神から、いえ、教会から弾き出された人の事を思い出してください。教義の故ではなく、愛によって、私達が愛すべき人達を見極めてください。
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