3 豪勢な昼食会

 そして昼食会が、実に賑やかに執り行われた。 


 まずは、談話室にひとり残っていた犬彦さんが、三条さんによって引きずりだされ(犬彦さんは大人の対応として昼食会を慎んで辞退したのだが、天真爛漫な三条さんに即座に却下された)今度は食堂に通されたのだけれど、そこもまた高級感あふれる西洋の調度品に囲まれた古めかしくもゴージャスな、まさにドラキュラ伯爵にふさわしい食卓だった。


 広い室内の中央には、縦長で大きなダイニングテーブルがどっかりと鎮座している。


 ハリーポッターの映画でこういうの見たことある! と思わず声に出したら、犬彦さんにぼかりと叩かれた。

 黙れ、ということなのだろう。


 それを見て三条さんはくすくすと笑う。


 白いテーブルクロスが敷かれたダイニングテーブルには、有理さんの手によって、次々と食べ物が運ばれてくる。


 色とりどりのカナッペ、ローストビーフ、サンドイッチにカットフルーツの山…すごい、ホテルのビュッフェみたいだ…!


 どれから食べよう!

 うう、遭難してよかった!


 食事中、俺と犬彦さんのホスト役を務めたのは三条さんだった。

 彼女はとても明るく知的で、いろいろな話題で場を楽しませた。



 「へえ、江蓮くんっていうの。

 可愛い名前ね、珍しいわ」



 「あはは…母親が本当は女の子が欲しかったらしくて、絶対に子供には江蓮って名前をつけるって決めていたみたいなんです」



 「ふうん、キミに似合っていて、とても素敵な名前よ。

 わたしの名前も鹿に花と書いて、ろっかと読むの。変わっているでしょ」



 三条さんはこの屋敷の主人に会いに来たのだという。


 二名の山岳遭難者を昼食会に引きとめることに成功した三条さんはうきうきと、車に置いてきたワインとシャンパンを取りに戻り、その後ろ姿を、ちょっと困った顔で見送った有理さんが話してくれたところによると、主人が休暇などでこの山奥の別荘に滞在するときに、昔から三条さんは遊びにくるそうだ。


 よほどドラキュラ伯爵とは親しい関係なのだろう。

 あるいは肉親なのかもしれない。



 「山奥でなにもないところだけど、まあそんな場所だからこその良さってものも、あるのよね。

 ねえ、このまま今日はここへ泊まっていったらいいじゃない、夜になったらタヌキの親子がごはんを食べにくるわよ、とっても可愛いの」



 「えっ、ホントですか!」



 ついつい三条さんの話に引き込まれて、体が前のめりになると、テーブルの下で犬彦さんに足を蹴られた。

 それから犬彦さんは咳払いをする。



 「ところで、こちらの御主人は昼食にはいらっしゃらないのですか、さんざん世話になっているのに、ご挨拶もしていない」



 咲き誇った華のような三条さんの明るさが、その質問を前にすこし陰ってしまったようだった。

 彼女は眉をひそめる。



 「お気になさらないで。

 最近はあまり体調が優れないようで、人前に出ることも避けがちになってしまって。

 それにもともと夜型の人ですから、昼は休んでいることが常なのです。


 日が落ちて夜になれば自室から出てくるでしょう。

 こちらこそお客様に礼を欠いていて申し訳ないですわ」



 三人の昼食はそのまま和やかに進んでいった。


 犬彦さんとゆっくり昼食を取るなんて、ひさしぶりだ。

 料理はおいしいし、三条さんとの会話も楽しい。


 そんな満たされた時間はいつだって当人が自覚する体感速度を超えて、あっという間に過ぎていく。


 食後のデザートには待望のキルフェボンのフルーツタルトがでた。

 それをじっくり堪能し、最後の締めにアールグレイをたしなむ頃には、なんと…。


 外がどしゃぶりの大雨になっていた。


  

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