1-6

 「これは、鐘の音だな」



 そう、トンビの声に混じって聞こえるそれは、鐘の音だった。


 おそらく、学校とか教会とか、そういう公共の場にあるような、遠くまで響くタイプの高く澄んだ鐘の音。



 「ってことは、犬彦さん!

 この辺りに、人の住む建物があるっていうことですよね!」



 犬彦さんは少し考える素振りを見せ、腕時計を一瞥してから答える。



 「まだ日は高い。

 今から一時間、鐘の音のした方に向かって山道を歩いていく。

 何もみつからなかった場合には、一度引き返す。

 いいな」



 「はい!」



 貴重品と飲み物を持ち、車をロックすると、鐘の音の出所を目指して出発した。

 犬彦さんを先頭に、ざくざくと山道を歩いていく。


 はっきりとした目的ができると、かなり楽観的な気分になってくる。


 さっきまでの不安な気持ちが吹き飛んで、こんなハプニングも旅の醍醐味なのかもしれないなと、面白くなってくるから不思議だ。


 犬彦さんの後ろをついて歩きながら、きょろきょろと辺りの珍しい野草などを眺めつつ、そんなことを考える。


 けれどそう思えるのは、もちろん犬彦さんが俺のそばにいてくれるからだ。


 犬彦さんの背中。


 その背中を見ていると、いつだって、ものすごく安心する。

 どんなことが起こっても、絶対安心だと感じるのだ。


 しかしまさか、これ以上のハプニング…いや、大事件が、これから俺たちを待ち受けているだなんて、 ハイキング気分で山道を闊歩するこのときの俺には、想像もできるはずがなかった。

 

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