1-5

 「犬彦さん、あの…」



 俺が犬彦さんに真意を問いただそうとした、まさにそのときだった。


 パン!という、風船が割れるような炸裂音が響いた。

 その不吉な響きをきっかけとして、一気に現在の遭難モードへと突入することとなる。


 それはタイヤのパンク音だった。


 瞬間、方向バランスを失った車は、左側へと滑るように流れていく。


 犬彦さんはハンドルを戻そうとするが、間一髪間に合わず、俺たちを乗せた車はガードレールのない道を左方に大きくはみ出し、そのまま山肌をなでるように下りていった。

 犬彦さんは元いた道に戻ることを諦め、車が木々に衝突しないようにハンドルを切りながらまかせるままに下方へと進んでいく。


 ずいぶんと下ったところで、やがてたどり着いたのが、今いる森の中だった。


 一応、車一台分が通ることのできる山道らしき場所にいるが、周囲には、木々のほかには何もなく、人ひとり見当たらない。

 ここがどこかもわからない。

 車はパンクして動かせないし、スマホは圏外になっている。


 もはや途方に暮れるよりほかにない。


 脱力しながら、俺は周囲の山々を仰ぎ見る。

 もしかするとこのまま、徒歩で山越えになるのかもしれないな…。

 想像するだけで、バキッと心が折れる。


 トンビがまた一声鳴いた。


 ああ、俺にも翼があったならいいのに…。

 そうすれば山なんかひとっ飛びだ。

 トンビの声に耳を澄ませながら、思わず現実逃避をする。そんなときだった。



 「…犬彦さん」



 「ああ?」



 「なにか、聞こえませんか?」



 トンビの声に混じって、微かに、別の音が聞こえた気がしたのだ。

 自然のものではない、なにか人工的な音が。


 不機嫌にただただ煙草を吹かしていただけの犬彦さんも、俺の言葉に顔つきを変え、耳をそばだてる。

 お互い身動きもせず、しばらく黙ってその音を探る。


 先に口を開いたのは犬彦さんだった。

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