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 約一時間前、颯爽と高速道路上を走るセダンの車内に、俺と犬彦さんはいた。


 ラジオに耳を傾けつつ、流れていく景色を窓から眺め、スナック菓子を食べながら、俺は学校であったことなどを犬彦さんに話した。

 そんな他愛ない話に犬彦さんは、たまに相槌を打ちつつ、静かに運転を続けていた。


 そう、このときは実に平和だったのだ。


 しかし、高速道路を一度抜け、一般道に入ったとき、今思えば不穏な空気が漂い出したのである。


 ずっと正面を見ていた犬彦さんが、ちらちらとカーナビを気にしだした。

 そこからしばらくスマホをいじっていた俺は、急ハンドルで車が突然左折したときに、やっと周囲の変化に気がついた。



 「犬彦さん…、今どの辺りを走っているんですか?」



 周りの景色の印象が、さっきまでとかなり違う。

 人工的な建物が減り、木々がやたらと目に入るようになった。漠然とした不安が俺を襲う。



 「ああ…」



 正面を向いたまま、何でもないことのように犬彦さんは答える。



 「道がやたらと混んでやがってな。あんな阿呆みたいな渋滞に巻き込まれるのはご免だから抜け道に入った」



 「ぬ、抜け道って…」



 すごく嫌な予感がすると思いながら、俺はどっかりと鎮座している高そうなカーナビをみつめた。

 たしかに地図上の方向は合っているようだった。


 しかし進めば進むほど、木々は視界に増していき、アスファルトの道路幅も徐々に狭くなっていく。

 やがてすれ違う車もいなくなった。


 夜までに静岡の友人の家に着けばいい、それまでは気ままに寄り道をしていこうと事前に話してはいたものの、犬彦さんの運転するセダンは明らかに山の中に入っていってるとしか思えない。


 いくらなんでも渋滞が嫌だからって、山越えをする気なんだろうか、この人は。

 

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