第276話 知りたくなかった
「んあ。なんか急いで連れてこられた割には出来る事ないし暇だな」
「おはよう兄さん。まぁその急かしたのは俺達が原因でもあるから。特に桜井さんは凄く心配してたよ」
「結構長い時間ダンジョンに潜ってはいたからな。スマホで連絡も出来ないのは流石に心配にさせちゃったか……。でもそんなに心配してくれたり、ご飯作って出迎えてくれたり、なんかもう、桜井さんが姉さんみたいだよ」
「姉さんねえ……。それ聞いたら桜井さん憤死しちゃうんじゃないの?桜井さんの気持ち考えたらさ。兄さんはあの人が目を覚ます前に、桜井さんとの事とかしっかりしないと駄目だ」
「そうだな。椿紅姉さんももうそろそろ起こすことが出来そうだし、起きた時に色々誤解されないようにしないと」
「誤解されないように、か。それはそれであんまり良くない言い方かも……」
俺達の家で飲み明かした翌日、俺と灰人はベランダで朝日を浴びながら何気なく会話を交わす。
その間も熱気がむんむんと襲い、冷房で冷えた体があっという間に汗だくだ。
「それでトゲくんはどれくらいで『氷冷留竜玉』を取り出せそうなの?」
「さあ。でも昨日の夜もこっそりメアと部屋で何かしていたみたいだし、そんなにかからないとは思う。俺としてはそれよりもその後の方が心配だな」
「『氷冷留竜玉』の効果がエキドナの発する熱にも対応しているかどうか、だね」
「ダンジョンによるものとモンスターによるもの、俺達の感じ方は同じでもアイテムは別かもしれないからな。無事に対応してくれてるといいんだけど――」
「2人で何してるの?あんまり窓開けっ放しにしてたら部屋が暑くなっちゃうわ」
そういいながら桜井さんが顔を覗かせた。
冷房をかけてはいたけど暑かったからか、少し服が乱れて……。
無防備過ぎて心配になる。
「はぁ、はぁはぁ、み、水……」
「メア!?大丈夫か!」
それに続くように今度はメアが起き上がったが、唇が乾燥して、肌もしわ私はが目立つようになっていた。
メロウが生きていく為には水が必要だというのは知っていたけど、まさか寝ておきていきなりこれなんて……。
俺は慌てて蛇口をひねり取り敢えずコップに水を注ぎそれを全力でメアにぶっかけた。
昨日メアに貸した白いTシャツが透けて……これはいかん。
「はぁ、生き返る。地上の世界は乾燥しすぎていつもより水が必要になるみたい――」
「メアさん!そんな事はいいからこれで前を隠して!2人ともこっちを見ちゃ駄目ですわ……って何で貴方が鼻の下を伸ばしてるの!」
「ぐあっ!」
桜井さんの平手打ちが顔面を捉えて俺は思わず声を上げた。
痛みがなかなか引かない。
それにじんじんと熱くて、腫れも……。
俺のいない間また強くなったんだな。
でも、そんなのこんなことで知りたくなかった。
「んあ?みんなで特訓ですか?あの、僕もレベルもっと上げたいんですけど」
最後に起き上がってきたトゲくんの純粋な瞳が胸に刺さると、俺達は一呼吸ついて何事もなかったかのように支度をし始めた。
「レベル上げ、そうだな。暇なら今日はレベル上げだ。なんなら久々にパーティー組んで行こ――」
――ドン。
和やかな空気の流れるその時、外から不気味な鈍い音が響いたのだった。
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