第258話 繁栄のため

「くっ――」


 女王様のお陰でなんとか抜け出し、酸素を取り入れる事も出来たのは良かったが……。

 

 なんだこの氷。

 思い切り殴っても、齧っても割れない溶けない。

 でかい瓦礫をぶつけても、跳ね返される。


 おそらくは魔力を込めた特別なもの。

 時間経過によって魔力が尽きて通常の氷に戻るのを待つか、或いは……魔力を吸い出す必要があるな。

 そんなスキルは持ち合わせていないし、聞いた事もないが。


「あのクソ人間がああああああああああああああっ!!【1】っ! この氷をなんとかしろ!」


 女王様は怒りで正常に思考を巡らせることが出来なくなってしまっているようだ。

 いつもはこんな無茶を言うようなお人ではない。


 一心不乱に素手で氷を殴るものの、その手から血が。


 ――がしっ


 女王様とは違って俺は水中で自由にしゃべる事は出来ない。

 言葉で止める事が出来ないのなら、こうやってその身体を掴むことしか――


「何をするっ! 邪魔だ! その手を離せっ!」


 じたばたと暴れる女王様。

 度々顔に当たるその拳が痛いが、それに怯えてる暇はない。

 見れば水が凍り、氷を作るという現象はゆっくりだがまだ続いている。


 このまま女王様を気のすむまま放っておけばきっと、女王様自身もその足を凍らせられやがては……


「んぐっ!」


 俺は女王様の体を力一杯引っ張った。

 しかし流石は女王様、凄まじい力で氷に張り付いてその場から一向に離れてはくれない。

 それどころか自身の牙を使って氷を削ろうとより必死になっている。

 そのおかげか、さっきまでうんともすんとも言わなかった氷が若干溶けているように見えた。


 本人は気付いていないかもしれないが、女王様には相手というより、物体から魔力を吸い取る力に目覚めているのだろう。


 ――パキ


 水が氷る音が今までにないくらい大きく聞こえた。

 すると俺達の周りを囲むように急速に水が凍り始めた。

 魔力を取り込んでいるとはいえ、まるで生き物みたいだな。


 俺は女王様の体をより一層強く引っ張った。

 今ならまだ隙間を泳いでここから逃げられる。


「じゃ、ま――。え?」


 再び俺を払いのけようとする女王様の腕がピンポイントで氷ってしまった。


 そしてそのまま女王様の足、そして胴のあたりまで凍っていく。


「おい!、【1】私を助け――ぐぼぼぼ」


 大きく開いた口の中で水が凍ってしまい、鼻も……。

 いくら女王様と言えど、このままじゃ呼吸が出来ずに死んでしまう。


 種の繁栄には女王様の存在、その生殖能力が必須。

 ここで女王様を、能力を失うわけには……


「……」

「あががが、ぎあごっ――」


 俺は女王様の顔をじっと見つめ、深々と頭を下げると涙ながらにその頭を齧った。


 俺には食べる事によって自分にその力を反映させられる能力があるからだ。


 すみません女王様。これも種の為、あなたの理想の為なんです。

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