第229話 替えの人間

「この匂い、人間か?」


泣きじゃくっていたのか目の上が腫れ、声もどことなく震えている女性が扉の奥から姿を現した。


シードン特有の尾は見えるが、その姿は他の個体よりも人間らしい。


「女王様、実は上層でこの人間がメロウを逃がそうとしまして……。メロウは取り逃がし、何とかこの人間だけを捕らえた次第に――」

「でかしたっ!」


女王と呼ばれる女性は、俺の元に駆けよって来ると雑に俺の身体を掴み上げ、そのまま力一杯抱き締めてきた。


豊満な胸の所為で息は出来ないし、力が強すぎて身体が軋む。


「メロウなどお前らがより強く、レベルアップをすれば問題ない。【3】よ。人間を捕らえた褒美にお前は何を所望する」

「褒美……であれば我々シードンに人間の血が混ざっている事についてお伺いしても?」

「構わぬ」


女王は俺を抱きしめたまま近くにあった椅子に腰掛けた。


【1】と【2】はいつの間にか、椅子から腰を上げ、直立している。


「まぁそんなに神妙な顔をするな。大した話ではない」

「そうなのですか?」

「ああ。あれは私がまだこの姿になる前、シードンという種族が少数であり、他の雑魚モンスターと大差ない頃、我々の巣に1人の人間が迷い混んだ」

「人間がこんなところにですか」

「ああ。だが人間は弱っていた。既に何かに攻撃されてその命は風前の灯。痩せ細っていた事もあって私以外のシードンは見向きもしなかった」

「女王は違ったのですか?」

「私は丁度発情期だった事もあったからな、その人間を養い、身体を貪ったのだ」


人間とシードンが交配したという事は……。


「そこの痩せ細り死んでしまった人間こそお前らの父親だ」

「この人間が……」

「私のこの身体はお前らとそこの人間と繋がる事で維持が出来る。だからこそ人間が死に私はこの美しい身体を維持出来ないかもしれないと嘆いた。だが……お前が新しい人間を連れて来てくれた」


女王はにんまりと笑うと俺の頬を人差し指で撫でた。


背筋に悪寒が走る。


「これで私は美しさを維持するけどが出来る。それにお前らの様に強い個体を産む事も。私には死んだその人間の思念が受け継がれていてな。一色なる人間への復讐、つまりは一色の抹殺、そして一色が救ったメロウ達の奴隷化が私の目標である。だが人間はダンジョンの外で暮らす生き物であり、私達シードンは外へ出る事を通常許されない。それは【3】、お前も知っているだろ?」

「はい、それがダンジョンの仕組みと理解しています」

「うむ。しかしだ、ダンジョンを支配する存在となれば、そこで死んでいる人間曰くそのような仕組みも操作する事が出来るとか」

「我々がこのダンジョンを支配する真の目的はそれだったのですね」

「そうだ、私欲にまみれた目的ではあるが……勿論今後も私の元で働いてくれるよな?」

「はい。我々は母である女王の手となり足となります故」


諸悪の根元はこの女王だった。


それにしても一色虹一の善意ある行動が最悪の事態を招いていたなんて……。


最悪なのは最低の人間か。

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