第153話 言質

「「ごめんなさい」」

「うん。次からは気を付けて」


 先走った2人に軽くお説教をすると、2人はシュンとし静かになった。


 ちょっと言い過ぎたのかなとも思ったけど、灰人と桜井さんが割って入って来なかったし、この位普通……だよね。


「終わったみたいですわね。それでは進みましょう。先はどうやら長いようですし」

「そうですね。でも500階層以上の長すぎる探索になるなら準備が足りな過ぎるので、今日はあくまで下見ってことで」


 そう。説教で忘れかけてたけど、今回のダンジョンは深すぎる。


 一体どれくらいの時間が掛かるのかも分からないだけに、準備は万全な状態で挑まないと無理。


「であればこれが役に立つと思いますわよ」

「これは……マーク旗」


 マーク旗は探索をより快適に行える様に探索者協会が配布している旗だ。

 基本的にマーク旗は貴重なものだから販売はされておらず、依頼と連動して配布されるだけのもの。

 つまり売り物ではない。


 これを桜井さんが持っているって事は何かの依頼を受けている最中か、イレギュラーが起きてマーク旗の余りが出たか……。

 

 それよりマーク旗を使うとその場所がアプリで分かるようになって、探索者協会にこのダンジョンの存在がバレてしまうんじゃ?


「あの、マーク旗はここでは……」

「そうですわね。普通のマーク旗ではダンジョンの存在が探索者協会に筒抜け。でもそれは普通の場合ですわ」


 桜井さんはマーク旗を軽く振ってみせると、得意げな表情を見せる。


「あれ、マーク旗ってそんな模様入ってましたっけ」


 よく見るとマーク旗には見覚えのある模様が入っていた。


 確かこの模様は桜井さんの……。


「桜井コンツェルンが現在開発中の新しいマーク旗ですわ! アプリとの連動がないアナログ式のマーク旗でこっちのリングと連動してますの」


 桜井さんはアイテム欄から銀色の指輪を取り出した。


 リングはシンプルで特にすごいものには見えない。


「旗が発するシグナルをこの指輪が感知して、しかもその情報が直接脳に流れるんですの」

「……マジですか。今の科学技術ってすごいんですね」


 脳に直接って現代世界の科学技術ってそんなにすごいところまで来ていたのか。


「うーん。科学技術というか、実はこれもモンスターの素材あってのものですの」

「モンスターの素材?」

「ええ。しかもこのアイテムの開発にはシルバースライム等のメタル系スライムが関わってますの。つまり白石君がメタル系スライムを倒して売った素材が多くはありませんけど出回り始めて、その結果こういったアイテムが生まれているという事ですわ」


 確かに忠利にいくらか売ったが……それを桜井さん、というか桜井さんのお父さんの会社が買い付けていたのか。


「メタル系スライムは『寄生』する。この特性が素材にも若干残っていて、それを利用して今回のアイテムは開発されてますの」

「『寄生』を利用……それって大丈夫なんですか?」


 灰人が不安そうな表情で桜井さんの持つリングとマーク旗を見た。


 あんな事件があっただけに、俺もその心配が一番に思い浮かんだ。


「素材にそこまでの力はありませんわ。実際素材を触っても何も異変はなかったでしょう?」

「……確かに」


 結構長い間手に収めていてもそんな予兆すら無かった。

 そんな特性が残ってることすら今知ったくらいだ。


「1つの素材をいくつかに分け、それをマーク旗とリングに寄生させる。すると、元々1つだった素材は互いの位置情報を共有しますわ。そしてリングは常に人間の体に触れている事で、その人間も支配出来たと誤解してその情報を流す。これがこのアイテムの仕組みですわ」

「理屈は分かりますけど……本当にうまくいくんですか?」

「勿論ですわ! 疑っているなら白石君が装備して御覧なさい。何かあっても白石君ならすぐに壊すことも可能でしょう?」

「……分かりました」


 俺は桜井さんの提案を飲み、リングを装着した。

 

 身体に違和感は全くない。


「では、マーク旗を突き刺しますわよ。白石君はしばらく目を瞑ってくださいまし」


 桜井さんがマーク旗を地面に突き刺して10数秒、頭の前で四角い緑色の地図のようなものが浮かび上がった。


 青色の点と赤い点があるがこれがマーク旗とリングの印なのだろう。


「凄いですね」

「そうですわよね! そうですわよね!」


 興奮気味の桜井さんは嬉しそうに声を上げた。


「それでマーク旗はどれぐらいあるんですか?」

「20本ですわね。実はあの事件の時に白石君が拾いそびれたメタル系の素材を回収していたんですの」


 20本。今回の階層に対して決して多くはない。


 それでも階段探しをその分サボれるのは嬉しいな。


「ネコババかぁ」

「何か言いましたか灰人」


 桜井さんの鋭い視線で灰人の肩がぴくっと動いた。

 

 灰人の奴余計なこと言うから……。

 しょうがない、助け船をだすか。


「ま、まぁまぁ。それにしてもこんな便利なものが作れるのならこのダンジョン探索用にもっとお願いしたいですね」

「今後白石君が私達の会社にメタル系スライムの素材を流してくれるのであれば大丈夫だと思いますわ」

「うーん……。頻繁に催促されないのであれば……」

「言いましたわね! ふふふ、言質取りましたわ」


 不敵な笑みを浮かべる桜井さんに、俺は背筋をぞっとさせてしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る