第63話 蕾

「ここもハズレっぽいなぁ」


 10階層から現在の14階層までフロアを入念に調べながら下ってきたが、鶯川さんの顔はどんどん暗くなっていく。

 俺も探索者協会の受付で渡されたフィト草の画像を見ながら探してはいるもののそれらしいものはない。


 1~9階層に比べてモンスターが臆病なのか、遠くからこっちの様子を見ているだけの事が多いのは助かるが……。

 はぁ、こんな地味な作業をするくらいなモンスターと戦うような依頼の方が楽だったかもな。


「おっ! 白石君、あったよ君の目当てのもの。どうやらここが群生地になっているみたいだね」


 鶯川さんが近くの草をかき分けるとそこには水色と白が混ざった渦巻き模様が描かれた葉を持つ、フィト草がこれでもかと生えていた。


「ありがとうございます。助かりました」

「俺も自分の用のついでだから……。それにしてもないな『妖精の花』……」


 鶯川さんは照れたように頭の後ろを掻くと、再び『妖精の花』を探し始めた。

 実は移動中に砥石を分けてくれたりと、なかなかいい人ではあるんだが、『妖精の花』探しになるとどうも素っ気ない。


「俺も助けになれればいいんだが……。ん?」


 せっせとフィト草を引っこ抜いていると、がさりと目の前の草が揺れた。

 モンスターが襲ってきたと判断した俺は急いで≪透視≫を発動させ、揺れる草を注視する。

 

 草むらの奥に赤い点。

 やはりモンスター。

 俺はジャマハダルを取り出し、身構える。


「ぷるぅ」

「……小っちゃいな」


 草から顔を出したのは鼻先に角の代わりの様に小さな蕾を実らせたサイのようなモンスター。

 しっかり視認出来ると『ライノフラワー』という名前が表示され、その姿は草と同じような色に変わっていく。


 小さい体に保護色スキルを持っているようだ。

 目は真っ赤に色づき≪透視≫を使っているとどれが急所なのか分かりづらい。


 ちなみに『ライノフラワー』の急所はその鼻に宿っている花の蕾らしい。


「ぷるっ!」


 『ライノフラワー』は声を上げると背から透明な羽を生やし、後ろを振り返った。

 どうやら戦う意思はない様で、飛んでその場から逃げようとする。


 空は飛ぶは、保護色で見つかりにくくするわで、なかなか逃げる事に特化したモンスターである事が分かる。

 俺の今までの感だがおそらくはレアモンスター。

 RPGとかだとこういったモンスター程経験値が多かったり、レアドロップをするものだ。


「『瞬脚』」


 飛び上がり、草と同化しながら逃げる『ライノフラワー』を俺は『瞬脚』で追いかけ、正面に回り込んだ。

 そして、その身体にジャマハダルを突き付ける。


「な!?」

「ぷる!」


 ジャマハダルはライノフラワーの体を完全に捉えた。

 錆も鶯川さんの砥石で研磨したおかげで切れ味が戻っている。

 それでも刃は弾かれ、俺はそのまま体を仰け反ってしまった。


 まるで金属にでも斬りかかってしまったような感覚。

 この防御力はメタル系のスライムと同等、それ以上かもしれない。


「だったら急所を突くだけ」


 俺はそれでも手を止めず『ライノフラワー』の鼻先にある蕾を狙ってジャマハダルを突き出した。

 流石にそれはまずいと思ったのか『ライノフラワー』は体に力を溜めるように唸り、その蕾を一気に成長させ、同時に現れた2本の弦で俺の攻撃を受け止めようとした。


 弦は思いの外力強く右のジャマハダルに巻き付くが、それでも俺にはもう片方の攻撃手段が残っている。


 俺は左のジャマハダルで先ほどよりも膨らんだ蕾を思い切り突いた。

 会心のエフェクトが発生し、『ライノフラワー』のHPは一瞬で0になる。

 高防御、低HP型のモンスターだったらしく、『ライのフラワー』はそのまま体を地面に落とし、絶命した。

 

 普通ならモンスターを倒すと黒くなって消えてしまうのだが、『ライノフラワー』は地面に溶け込むようにして消えだし、その蕾だけを地面に残す。


 経験値は『+500』。少なくはないが、極端に多くはない。


「なにか戦っていたようでしたが、大丈夫ですか?」

「はい。もう倒したので」

「そうで――。……その蕾、見たことないですね」


 俺が戦っている事に気付いたのか鶯川さんが駆けつけてくれた。

 しかし、心配し利用な表情は直ぐに、強張った顔に変わり、ライノフラワーが残した蕾を凝視した。


「『ライノフラワー』っていうモンスターのドロップ品だと思うんですけど。なんかここに根付いたみた――」

「これを俺に譲ってくれないかな? えっと、ただとかそういう事は勿論なくて。依頼の報酬を上げられるように探索者協会に相談……。それかまとまった額を後で振込みして……」

「べ、別にそこまでしなくても大丈夫ですよ。俺が欲しいのはフィト草だったので、これは差し上げます」

「本当かい! では遠慮なく」


 それは『妖精の花』とは別のもののようだが……。

 まぁとにかく鶯川さんが喜んでくれたのなら良かった。


「報酬アップはいらないって言われたが、その分探索者協会の方に依頼達成者の評価点を挙げてもらえるようには言っておくよ」

「それは嬉しいですけど、それって鶯川さんの言っていた『妖精の花』とは別物ですよね?」

「うーん。『妖精の花』っていうのは正式な名称じゃないみたいだし、分かってないことが殆どだからな……。それにこれは花がまだ咲いてないし、可能性はあると思う。とにかくありがとう」

「分かってないことが殆ど……」

「ダンジョンが現れて3年。噂話の殆どが信憑性に欠けていて、今回のも半分諦めてたんだが……。花が咲いたら白石君にもいい報告が出来るかもしれないし、連絡先を交換してもらってもいいかな?」

「それは構いませんが」

「よし、じゃあスマホを出してくれ。フリフリで交換すると楽なんだぞ」


 こうして半ば強制的に連絡先を交換すると、鶯川さんは先にダンジョンを後にしたのだった。


「ダンジョンが出来てまだ3年。やっぱりダンジョンってロマンの宝庫だよな」

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