第49話 35000

 俺はシルバースライムの眉間にある赤い点を狙ってジャマハダルを突き出そうと構えた。


 それに対してシルバースライムは避けるようなそぶりを見せず、むしろ攻撃を受け切ろうとその場で踏ん張っている。


 会心の一撃は防御無視だという事をこいつが知ることはない。

 仕方のない事だがシルバースライムの無駄な抵抗がどうしても滑稽に見えてしまう。


「きゅっ!」

「これは!?」


 ジャマハダルが突き刺さる瞬間、シルバースライムの身体を薄く白いベールが覆った。

 どんな仕掛けなのかは知らないが、俺はそれを無視してジャマハダルを眉間に突っ込む。

 ベールは物理的な壁として機能はしていないのか問題なく突破出来た。問題なのはベールは貫かれているのに消えていないという事だ。


 恐らくこれはベールのなにかしらの効果が継続されるという事。


「きゅっ!」

「普通に当たった……」


 反撃、罠、吸収効果。いろんな最悪の効果を考えたが、ジャマハダルは普通にシルバースライムの眉間を突き刺し、会心のエフェクトを発現させた。

 拍子抜け。そんな言葉を頭に巡らせながら俺はシルバースライムのHPを見た。


「減ってない!? ダメージは入ってるか……」


 シルバースライムのHPはよーく目を凝らさないと分からない程のダメージしか与えられていなかったのだ。

 恐らくあのベールがダメージを軽減しているのだろう。


 普通に攻撃すれば0ダメージ。会心を入れればミリ単位のダメージ。


 会心を確定で発動出来る俺でさえ、何百、何千と打ち込まなければ倒せない程こいつは防御に特化したモンスター。


 毒を入れればチャンスはあるかもしれないが、さっきの動きから察するに完全に逃げに徹底されれば、『瞬脚』を使っても逃げられるかもしれない。

 じんわり殺すのは難しい相手。


 だったら、無理やり一撃で殺しにかかるしかない。


「『即死の影』」


 俺は即死効果を付与出来るスキル『即死の影』を発動した。

 このスキルは大きく体力を消耗する代わりに、一分間即死効果を得る事の出来るスキル。

 発動中は腕に黒い影が纏わりつき、中二病にはたまらない容姿になる事が出来る。


「ふっ!!」


 俺はジャマハダルを再び、シルバースライムに突き付けた。

 即死効果を付与出来ると言っても、前提条件に相手にダメージのある攻撃をしなければいけないというのがある以上、やはり会心を狙っていくしかない。

 もし、それに気づかれ、更に急所を隠されるようなことがあれば、絶望だ。


 ただ、モンスターがそれに気づくとは思えないが……。


「きゅっ! きゅっ!」

「入れっ! 入れっ!」


 即死耐性でもあるかのようにシルバースライムに即死が入ってくれない。

 時間は残り僅か、こっちの息も上がってきた。

 もうこれ、ほとんどギャンブルだろ。


「きゅっ!」

「くっ! 『瞬脚』」


 シルバースライムはしばらくしょぼい体当たりを繰り出していたが、とうとう逃げ出そうとその場から動いた。

 俺はそれを逃がすまいと、慌てて『瞬脚』で正面に回り込む。


 ここで即死を決めなければ、逃げ切られる。そういう場面。


 俺は即死が入る事を祈りながら、ジャマハダルを突き出した。


「きゅうっ!!」

「やった……」


 会心のエフェクトとは別に、シルバースライムが一瞬だけ黒く色づいた。

 これが即死が決まった時の証。


 俺は額に滲む汗を拭いながら、消えていくシルバースライムを見つめた。



『+35000』



「ははは、とんでもないな」


 俺はその数値に自然と笑みを溢し、シルバースライムのドロップ品であるシルバーメタルスライムの魔石を拾った。

 たしか、武器の進化に必要なのは魔石ではなく心臓。

 ミニドラゴンスライムの魔石もまだ集めきっていないし、それまでには心臓の方もドロップさせたいところだ。


「でも、シルバースライムに関しては低確率の出現っぽいな。今まであれだけ倒して1匹なんて……」


 まるで色違いのポ●モンでも探すかのような途方もない作業が始まる予感を感じながら俺はその場にしゃがみ込んだ。


「まだ、ミニドラゴンスライムがへばって待ってるぞ」

「橙谷さん。見てたんですか」

「ああ。まさかシルバースライムがこんなところで出るなんて、それにそれを倒せる奴がいるとは思わなかった」


 橙谷さんは階段付近から俺が戦っているのを見ていたようで、少しだけ興奮気味な表情を浮かべていた。


「それで、小紫がいたっていうメールについてなんだが……」

「はい。その前にミニドラゴンスライムを処理します」


 俺は小紫と会った後、橙谷さんにその事を連絡していた。

 時間も時間で探索者協会はもう閉まっていた。

 俺は申し訳ないと思いながらも橙谷さんに来てもらう事にしたのだった。


「ごがっつ!!」

「あっ。魔石が2つも……」


 ミニドラゴンスライムを倒すと魔石が2つドロップしたこんな事もあるんだな。


「わざわざ来てもらってありがとうございます。本当は出迎えに行った方が良かったんでしょうけど、来てくれるかもわからなかったので」

「それは構わない。それより小紫はどこに?」

「あの言い方だと多分この先です。下級探索者には関係ないって言っていたので」

「そうか。一応探索者協会宛にもメールを送っているんだよな?」

「はい。小紫の事と、あと大分前になるんですけど椿紅姉さんの事も……。ただそっちは以前探索者協会に連絡して軽く流されました。あの椿紅がそんなことはないって……」

「そういえばあの時、椿紅帆波ちゃんの名前を聞いて取り乱してたか……。俺もあんまりその事を気にしてなかったが、今日まであの椿紅帆波ちゃんが帰還したという話がないのもおかしいな」


 橙谷さんは唸りながら困ったような表情になると、その場に座った。


「小紫はこの先に確認したいことがあるって言ってたんだよな?」

「はい」

「もしかしたら……これは俺が思ってるより、かなりめんどくさいことになっているのかもしれない。一応今からこの先に入って様子を見てくるが、もし半日以上して俺と連絡が取れないっていう場合にはすぐ探索者協会に連絡してくれ。それと、最悪の場合の備えを他にも用意しとかないと……」


 橙谷さんはぶつくさ言いながら立ち上がると、階段に向かって歩き出した。


「あっ! あと探索者協会から誰かしら派遣されてくるかもしれないが、もしC級が来たら止めておいてくれ。ここはもっと厳重な規制が必要かもしれないからな」


 そう言い残し橙谷さんは階段を降りていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る