第42話 50階層の化け物

「いないですわね」

「結構急いで降りてるんですけどね」


 40階層を出てからしばらく経つがシーフラビットの姿はどこにもない。

 もしかしたら50階層のボスの間まで降りているのだろうか? 


 ボス同士で争ったりしないようなら、その方が安全だろ――


「はぁ、はぁ、MP切れが無ければ……。それに体力も限界……あっ!」


 遠目に見える48階層階段のすぐ近くの岩から見覚えのある2等身のモンスターが現れた。


 向こうもこちらに気付いたのか。一瞬その場で硬直した。


「い、い、い、居ましたわっ!! しかもMP切れって言ってましたわね!」


 桜井さんはシーフラビット目掛けて走り出した。

 MP切れであれば追いついてしまえばこちらが有利。

 俺と灰人も慌てて桜井さんの後を追いかける。


「50階層まで行けばこんな奴ら! こんな奴ら! もってくださいよ! 私の身体!!」


 シーフラビットはアニメで聞いたことがあるようなセリフを大声で叫ぶと階段を下っていったのだった。



「はぁ、はぁはぁ、ま、待ちなさいっ! ですわぁ」

「はぁ、はぁ、ふ、ぁ、ま、待つわけないでしょうが!」


 意外な根性を見せるシーフラビットに俺達は追いつけずにいた。

 俺の敏捷性でも近づけないという事はそもそもシーフラビットの敏捷のステータスが高いのかもしれない。


 くそ。もう少し近づけば『瞬脚』が使えるのに。


「見えたっ! 階段です!」


 シーフラビットは勢いよく階段に飛び込んだ。

 もはや走って下るより、転がり落ちた方がスピードが出ると踏んだらしい。


 というか、シーフラビットが階段まで止まることなく一直線だったのが気になる。

 もしかすると、モンスターは階段の位置を把握出来るようになっているのか?


「くっ! 50階層までには捕らえたかったですわね……」

「50階層のボスが小紫さんの言ってた通りならもう少し準備をしてから下った方がいいかもしれませんが、下手に時間を空けて、シーフラビットが回復でもしたら更にめんどくさいことになります。休憩無しで行きます!」


 俺達は一度階段の前で足を止めたが、呼吸を整え直ぐに階段を下る事にした。



「ぐぁああぁあぁあああぁ!! や、や、やめろっ!! や、やめてくれ!」



 階段を下りきるとシーフラビットの悲鳴が耳を劈いた。

 


「ぐ、ぐあぁお?」

「お、俺は仲間だ! お前と一緒っ! 人間をこの先に行かせない為に生まれた! なぁ、一緒に戦――」



 ぶちっ。



 俺達の目の前でシーフラビットはあっけなく食われた。

 

 銀色の体毛を逆立て、赤い目をギラリと光らすそいつは、美味そうにシーフラビットの頭を咀嚼し、身体をその辺りに放り投げた。


 こいつの好物は頭部らしい。


「ぐ、ぁぁああ!!」


 雄たけびを上げると部屋が振動で震え、俺達の体をひりつかせる。

 ダンジョン【スライム】の時ほどではないものの、とんでもない殺気が俺達に向けられる。


「う、あ……。え?」


 たじろぎ、言葉にならない声を出す灰人。

 流石にこの殺気に当てられては――


「兄さん、あれ」

「え?」


 灰人は一点を指差した。


 そこには見覚えのある服を着た人間の胴体が転がっていた。


「これって……あの変態、とんでもないことをしてくれたな」

「白石君。来ますわ」


 俺が死体を見て苛立っていると、頭が大好物のそのモンスター、ボーパルホーンバニーがじりじりと近づいてきた。


「ぐあっ!」


 ボーパルホーンラビットは急に立ち止まり地面に手を当てると、部屋が大きく揺れ出した。


 まずい。立っていられない。


「ぐあっ」


 何故か揺れの影響を受けないボーパルホーンラビットは動けない俺達に近づき……灰人の前で立ち止まった。


「くっ! ああっ!! し、身体強化!!」

「ぐあっ」


 ボーパルホーンラビットは軽く腕を振った。

 そう。それだけ。それだけで、『身体強化』を使った灰人を壁に叩きつけたのだ。


「かっ! はっ……」

「灰人っ!!」


 俺が叫び声を上げると、ボーパルホーンラビットは俺を見た。


 そして、俺の必死な顔が面白かったのか。声を上げて笑い出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る