第41話 ポジティブ
「いつの間にっ!? くぅっ!」
「無駄ですわ! 私は意地でもこの鞭を離しませんわよ!」
シーフラビットはスキルでその場から逃げ出そうとするが、足に絡まる鞭が解けず、しかも鞭を持つ桜井さんはまるで大物がかかった時の釣り人の様にしっかりと鞭を両手で掴み、離れそうにない。
それでも万が一のことを考え、俺はシーフラビットの機動力を奪う為両腿をジャマハダルで出来るだけ深く斬った。
「ぐ、ああぁあぁぁぁぁぁあああ!!」
人間の様に叫び声を上げられ、攻撃することに少し躊躇してしまう。
「白石君! そいつはモンスターですわ! 戸惑う必要などありませんわ!」
「……分かってます」
俺は覚悟を決め、一気に赤い点のある右目目掛けてジャマハダルを振り下ろした。
会心のエフェクトが出ると同時にシーフラビットの叫び声も大きくなる。
もはや手でガードする余裕もないようだ。
「た、だずげて……」
命乞いをするシーフラビットを無視して俺は攻撃を続けた。
無駄にHPが高い事もあって、一思いに殺してやれないのが歯がゆい。
「こんな事なら、こんな辛い目に合うなら、いっそのことモンスターの、前のままが良かっ――」
俺はシーフラビットの喉を切り裂いた。
言葉があるからこっちも辛くなる。酷だが、これ以上はどうしても俺の手が鈍る。
「もう少しだから黙ってろ」
シーフラビットの口から漏れる息の音を聞きながら俺は急所に何度も会心の一撃を食らわせた。
「終わりだ」
止めを刺そうとした時、シーフラビットがよたよたと俺に頭をぶつけてきた。
最後の足掻きのようだが、全く痛くない。
「待ってください。こいつは私が止めを刺しますわ!」
俺は視線を桜井さんに移した。
桜井さんは鞭を手放し、短刀をアイテム欄から取り出した。
「ふふふ」
その時シーフラビットから笑い声のようなものが聞こえた。
からん。
頭の角度の所為で見えていなかったが、シーフラビットの手から見覚えのある瓶がカランと落ちた。
「こいつッ!」
俺は慌てて鞭を掴もうとしたが、時すでに遅し。
俺のポーションを飲んでHPを回復させたばかりか、動ける程度に傷口を癒したシーフラビットは高速移動で俺達から距離をとったのだ。
「詰めが甘いな。私はシーフ。盗みこそ私のアイデンティティ」
頭をぶつけられたときに俺はポーションを盗まれていたらしい。まさか、アイテム欄にまで影響のある盗みスキルがあるなんて。
完全に油断した。
「とはいえ、今君たちと戦うのは分が悪い。私は逃げさせてもらうよ。安心してくれ、私が移動すれば本来のボスが30分後に現れるはずだ。ではな!」
そう言い残すと、シーフラビットは鞭を足に付けたまま階段を降りていった。
あいつの言葉を聞く限り、これでこの階層のボスを倒した扱いにはなりそうだ。
下に続く階段は解放され、ボスは30分後にリスポーンされる。
「くっ! 逃がしましたわ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、そ、そうですね」
灰人が這うようにして俺達の元までやってきた。
俺はそんな灰人の為にポーションを取り出すと、そのまま手渡した。
逃げられこそはしたが今回のMVPは灰人で間違いない。『身体強化』で体を酷使させてしまったのに、あと一歩で止めを刺せなかった自分が情けない。
「すまん。俺が最初から思い切って攻撃してれば……」
「そんなこと言い出したら、私が止めを刺したいなんて言った所為で……」
その場に重い空気が流れる。勝ったはずなのに負けたようなそんなもやもや感がどうしようもなく気持ち悪い。
「とにかく勝ったんだからいいじゃないですか! それにあいつは手負い。さっきは逃げる為に高速移動のスキル? を使ってたけど、きっと無理をしてる。急げばまだ追いつけるかもしれない」
「……。ポジティブだな」
「俺は残業がたんまりつくような月も一杯稼げるからラッキーって考えるようにしてたんだ。気持ちが負けそうな時ほど前向きに。これがあの会社で働いて良かったって思える唯一の事かな」
「そういえば、疲れは見せるけど弱音吐かなかったよな、灰人は」
「そう? 淡々と顔色変えずに仕事してた兄さんに比べれば愚痴言ってた方だと思うよ」
「そうか?」
「そう。まるで機械みたいに。あーでも、今は機械感減ってるかな。さっきも昔の兄さんならもっとこう、冷淡に攻撃してたと思う。探索者としてはそっちの方がいいのかもだけど人間としては今の兄さんの方が正解、じゃないかな?」
自分を取り巻く環境が変わって、椿紅姉さんの事もあって、今更だけど自分に変化が起こり始めているのかもしれない。
自分では全く分からないが。
「あーっ! うじうじしてても仕方ありませんわよね! 直ぐ下に……着替えたらすぐ下に向かいますわよ。2人はここで待っててくださいまし」
そういうと、桜井さんは小走りで上階段の俺達が見えないところまで上っていった。
そういえば穿いてないまま戦ってたんだったな。
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