第23話 依頼予約

「ん、あ?」

「あ、起きた? 兄さん」


 いつもの天井と灰人の緩んだ顔。

 

 ……俺の家。


 確か俺は40階層で経験値稼ぎをしてて、それで……椿紅姉さん!


「行かないとっ!」


 俺は慌ててかぶさっていた布団をひっぺ剥がした。

 

「ちょ、兄さん!」


 灰人が俺を引き留めようとしたが、それを無視して玄関へと向かう。

 こうしてる間にも椿紅姉さんはあのダンジョンでスライムに体を乗っ取られながら生きている。


 時間が経てば人間としての意識が無くなるんじゃないか?

 もう元に戻せなくなるんじゃないか?

 

 最悪な事ばっかりが頭の中を巡って俺を焦らせる。



 ガチャ。



 勝手に玄関の戸が開いた。誰かそこに立っている。何か言っているようだが、言葉が全く頭に入ってこない。

 だけどそんな事を気にしている場合じゃない。早く行かないと――



 ぱあんっ!!



 頬がジンジンと熱くなった。痛い。


「はぁ、無理やり連れて来られたのだからこうなるのは分かってましたのに……。あの男……」

「さ、桜井さん?」


 俺の目の前に立っていたのは、間違いなく桜井さんだった。


 なんでこの人がここに?


「あっ! 良かった。もう馬鹿な兄さんがすみません。本当になにからなにまで……」

「……仕方ないですわ。私の大事な人が同じ状況に陥ったのなら私だって気が動転しておかしくなりますもの」


 桜井さんに叩かれた事で頭が再び正常に動き出すと、何となく状況が掴めてきた。


 きっと桜井さんが魔法紙を使って地上に戻してくれて、そこから灰人を呼んでくれたのだろう。


 桜井さんには大分迷惑をかけてしまったみたいだ。


「桜井さん、すみません」

「いいんですの。それよりお腹が空きましたわ。何か作って頂戴まし」

「でも、俺……」

「40階層に行ってもC級10位以上じゃないとその先には進めませんわ。はっきり言って無駄ですわ」

「それは……そうですね」

「でしょ? だったらまずはご飯ですわ。あなた丸1日寝てましたのよ。なにかお腹に入れないときっとなにも出来ませんわ」


 俺は桜井さんに宥められ、自分の腹具合が飯時用になっている事に気付かされた。



 慌ててどうにかなるもんじゃない、か。



「飯、作ります。灰人、冷蔵庫なにがあったっけ?」

「豚肉、白菜、余ったその他野菜がもろもろ」

「じゃあ鍋か。時間は……丁度夕食時だな」


 俺は玄関の靴箱の上に置いてある時計に目をやった。

 18時35分。ちょうどいい頃合いだ。


「私、丁度コンビニでビール買ってきてましたの。皆で飲みましょう」


 こうして俺は一先ず家で落ち着く事にしたのだった。



「それで兄さん1人ほっとくわけにもいかないからこうして桜井課長に来てもらってるってわけ」

「す、すまん。迷惑かけた」

「ほんとだよ全く……。昨日兄さんを迎えに行くために早退した分と今日の早上がりの分をどこにどう回されるか……」


 俺は鍋を囲みながら灰人のお説教を大人しく聞いていた。

 今日も本当は仕事を休みたかったらしいが、流石に出来ず、桜井さんに頼んで自分が帰宅するまで家に来てもらっていたらしい。

 それで灰人が帰ってきてどうせなら、と桜井さんを夕食に誘ったところ、桜井さんはビールを買いに行き、丁度その帰りに俺と鉢合わせたという事だった。


 とにかく聞けば聞くほど、この2人には感謝しかない。


「説教はこの辺にして……。白石君、C級10位に入る為には何が必要か知ってまして?」

「えっと、こなした依頼の量、質、個人の強さ、討伐した事のあるモンスターの種類……この辺ですかね?」

「そう。お父様に聞いた限りだとその中でもこなした依頼の量、質は大きく影響されるらしいですわ」

「えっと、話が見えてこないんですけど……」


 急に話を切り出してきた桜井さん。

 だがあまりに唐突に話題が切り替わった所為でその意図が汲取れない。


「要するに桜井コンツェルン社長である私のお父様の依頼は大きく順位に関わりますの」

「という事はレッドメタリックスライムやレッドメタルスライムの魔石の件を受けろと?」

「それは今回の依頼とは関係ない仕事の話ですわ。お父様は白石君に別の依頼を探索協会を通じてお願いしたいみたいですの」

「でもD級の俺じゃあ依頼はまだ――」

「勿論白石君がC級に上がれたらの話ですわ。何というか今持ちかけたい話は『依頼の予約』だと思ってくださいまし」


 それならば別に問題ないし、断る理由もない。

 とにかく今は40階層以降に行けるのなら何でもいい。


「その『依頼予約』承りました。あっ。内容だけ教えてもらっ――」

「言質とりましたわ!! あっ! 白石2号君、そのお肉は私がっ!」

「まだいっぱいあるんだからいいじゃないですか。それより良かったな兄さん。色々頑張れ」

「いろいろ?」


 俺は頑なに依頼内容を教えてくれない桜井さんとにやける灰人に不信感を抱きながら、自分の肉を確保するのだった。

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