第22話 急く

「君達も水無瀬君が意識不明の重体ってニュースは知ってるだろ?」

「すみません。その、緊急ニュースが流れてたのは知ってるんですが内容までは……」

「そもそもその水無瀬って誰なんですの?」


 さも当たり前のように話し出した男性に対して俺は申し訳なさそうに知らないことを伝えた。

 

 しかし、桜井さんの『水無瀬さんって誰?』発言の所為でそんな気遣いは無用に終わる。


「水無瀬君を知らないのかい! あの国民的アイドルでS探索者の水無瀬かおるだぞ!」

「知らないですわ。一体全体その水無瀬って人が重体って事とこの先の探索が規制される事が関係していますの?」


驚く男性なんて全く気にしない様子で桜井さんは質問を投げかけた。

俺と一緒の時とは違う、クールな様子に意外性を感じながらも俺はその質問に同調し、こくりと頷いた。


「あ、ああ。それが、昨日水瀬君の意識がほんの少しだけ戻ったらしくて、その時に発した言葉が『スライム、50』だったそうだ。それでこの言葉を受けて探索者協会は、念のため41階層以降の侵入を規制することにした。それでここに規制する為の壁を張れる特殊な魔法紙を持って俺が派遣されてきたんだ」

「そうだったんですね。それで規制内容はどういったものですか?」

「それをまとめたメールが探索者に送信されたはずだが……まぁいいか、俺が読み上げてやろう」


 男性は渋々といった感じでポケットからスマホを取り出した。

 なんだか、手間をかけさせているようで余計申し訳なくなってきた。


「探索者全員にお知らせです。この度S級探索者の水無瀬かおる様が意識不明の重体となってしまいました。はっきりとした原因は不明ですが、ダンジョン【スライム】の50階層で何かが起こった可能性が高いとの事です。これを受け、これよりダンジョン【スライム】の41階層以降にC級10位以下の方々では通ることの出来ない壁を設置させて頂く事になりました。規制を設けさせて頂く事をご理解頂けると幸いです」

「? なんでS級探索者の水無瀬さんが重体になるような危険な階層の規制がこの程度なんですか? 普通水瀬さんよりも実力が下の人全員に規制がかかるはずでは?」


 探索者協会からのメールに違和感を感じた俺は男性に問いかけた。

 S級がやられたところなんてC級上位でも危険だろ。


「単純な話さ。水無瀬君にはC級上位に食い込めるほどの実力がないのさ」

「でもS級ですのよね? それはおかしくありませんか?」

「お姉ちゃんの言う通りおかしい。だが、水瀬君は元々人気アイドル。探索者協会がずっとC級でくすぶらせておけばファンや事務所からクレームの嵐。それに、水瀬君をS級にすれば探索者協会の宣伝広告にもなる。そういうことだ」


 俺が思っていたより探索者協会の内部にはいろんな方面への根が張られているようだ。

 出来れば俺はそういう厄介な事に関わらず……って桜井さんにアプローチを受けてる時点で少し首を突っ込んでるのか。


「すまないが今からこの先はC級上位以上じゃないと進めない。もしかして先に行く気だったか?」

「いえ、そういうわけでは」

「むしろ今から帰るところでしたの」

「そうか。まぁでもすぐに規制は解除されると俺は睨んでてな。なんでも今もダンジョン【スライム】に椿紅帆波ちゃんが潜ってるらしい。あの子なら知らぬ間に水瀬君を重体まで追い込んだ原因を片付けちまうだろうさ」



「椿紅姉さんはこのダンジョンに来ているんですか!?」



 俺は男性に強く聞き返した。

 

 ダンジョン【スライム】に椿紅姉さんが来ている。30階層の出来事。50階層。レッドメタルスライム。


 額から嫌な汗が吹き出し、鼓動は早くなる。


 あの時のモンスターは……。


「くっ!」

「白石君!?」

「おい! どうしたっていうんだ!!」


 俺は次の階層に降りようと階段に急いだ。

 もし本当にそうだとしたら……いや、多分。間違いなくそう。



 あれは、あれは……椿紅姉さんだったんだ。



「おい兄ちゃん! この先はC級10位以上だけしか入れないんだぞ! 兄ちゃんはC級10位以内なのか?」

「D級っ!? でも、でも……」


 男性は俺がD級と伝えるとあっという間に俺の前に立ち塞がった。


 速い。


「だったらここは通せないな。C級10位になってから出直しな」

「でも、俺はここを! とお、らな……」


 俺の視界が急にぼやけだした。

 痛みが後から追ってくる。

 そうか、俺この人に……。


「手荒ですまんな。俺は言葉で相手を納得させるのが苦手なんだよ」


 なんとかその言葉を聞き取ると、俺の目の前は完全に真っ暗になったのだった。

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