第30話【エピローグ】

【エピローグ】


「……サム? イサム?」

「ん……」


 軽く肩を揺さぶられ、俺は薄く目を開いた。自分が横たえられていることが分かる。そしてそれが、スペース・ジェニシスにはあるはずのない高級ベッドであることも。

 だが、何よりも重要な気づきは、俺を覗き込んでいるのがユメハだということだ。


「あれ? ユメハ……。俺たち、一体……?」

「てめぇとバリーが勝手にぶっ倒れたんじゃねぇか、馬鹿」

「ちょっとリュン! そんな乱暴な言い方はよくないですわ! 仮にもお二人は艦の責任者ですのよ!」


 俺の疑問に悪態混じりに答えるリュンと、それを諫めるキュリアン。


「なあキュリアン、俺たちはどうしたんだ? 別に怪我は負ってないみたいだけど」

「イサム様は運がよかったんですの。倒れた時に、ちょうど眼前に……あー……ユメハがおりましたので」

「へ?」


 俺はユメハを一瞥する。するとユメハは、顔を真っ赤にして胸元を押さえて黙り込んでしまった。


「どういう意味なんだ、ユメハ?」

「イサム、鈍感。ユメハ、可愛そう」

「おいおい、エリンまで……。一体どういう意味で――」

「こういう意味だ、よっ!」


 すると急に、俺の後頭部に広い掌が当てられた。


「ちょっ、リュン⁉ 何するんだ――ってうわあっ!」

「きゃあっ!」


 俺の頭部は、ものの見事にのめり込んでいた。ユメハの豊かな胸部に。

 呼吸困難に陥っていると、キュリアンが冷静に解説を始めた。


「イサム様とバリー様は、スペース・ジェニシスがグレート・アースに格納される際の振動で倒れたんですわ。その時、バリー様はばったり倒れたんですけれど、イサム様はちょうどユメハの胸がクッションになって」

「ぶはっ⁉」


 最早、説明不要である。俺はまた、鼻血でユメハのメイド服を汚すことになった。


「イサム、弱すぎ」

「ご、ごめん……なさい……」


 エリンに指摘されては、もうどうしようもない。俺は鼻を押さえながら、ユメハの方を見遣る。が、ユメハはユメハで目を合わせる余裕がないようだ。まあ、そりゃそうだわな。


「バリ~、起きるにゃ~。これから事情聴取があるにゃんよ~? 艦長が寝てたらお話にならないにゃ~」


 そんな呑気な声の方を見ると、フィーネがバリーを揺すっていた。俺同様に、ベッドに寝かされている。

 バリーだって頑張ったのだから、美少女の一人くらいそばにいてくれたっていいだろう。


《スペース・ジェニシス搭乗員各位。これより、本艦第二会議室にて事情聴取を行う。至急集合されたし》

「おっと時間か。行くぜ、皆」


 艦内通信を予想していたのだろう、リュンが皆の背中を押しながら医務室を出ていく。一匹狼のイメージのあった彼女だが、だんだん皆と打ち解けてきたということだろうか。


 しかし、立ち尽くしたまま動けずにいる人影が二つ。俺とユメハだ。

 リュンの奴、振り返ってウィンクしていきやがった。俺たち二人きりの空間を作って、何をしようってんだ。


 そんな俺の疑念も空しく、リュンの背後でドアが封鎖された。


「ったく、何なんだよ、あいつら……」


 俺はベッドから下りて、腰に手を当て溜息をついた。

 理由は明白。リュンに呆れたから――ではなく、ユメハと二人っきりであることに対応しきれなかったからだ。


 ガシュン、というドアの封鎖音が耳に残り、やたらと反響する。幻聴かもしれない。

 自分の五感がおかしくなるくらい、俺はユメハの存在に心を揺さぶられていた。頭がぐわんぐわんと振り回されるような感覚。

 そんな状態にあろうとも、俺は義務感を覚えていた。自分から何か話題を振らなければ。理由は分からないけれど。


「ご、ごめんな? ユメハ……。偶然とはいえ、その……あー、恥ずかしい思いをさせちまったみたいで」

「えっ? あっ、いえ! そ、そんなことは……」


『そんなことはありません』とでも言うつもりか? だったらそんなに顔を真っ赤にすることもないだろうに。まあ、俺も他人のことは言えない状況だろうが。


「あのさ、ユメハ」

「は、はい」

「自分が人間だとかアンドロイドだとか、いろいろ言ってたよな」


 俺は、ユメハの肩がぴくり、と跳ねるのがよく分かった。


「気にしないよ、そんなこと」

「えっ?」

「気にしないって言ったんだよ、今更。ユメハは、誰よりも一生懸命で、仲間思いで、その……好き、なんだよ」

「好き、と申しますと?」


 ああ、言葉が滅茶苦茶になっている。ええい、もう言ってしまえ。


「俺はお前が好きなんだよ!」


 ついつい、肩を震わせ怒鳴るようになってしまった。


「お前が人間だろうがアンドロイドだろうが構わない、だから……その……」


 一体俺は、ユメハと何をどうしたいのか。それが頭の中でぐしゃぐしゃになった時、俺は自分の胸板に、温かい膨らみが押し付けられるのを感じた。

 全身の血液が沸騰する。最早、鼻血も出ない。


「私も同じことを言おうと思ってました。イサム、私はあなたのことをお慕い申し上げ――いえ、大好きです」


 沸騰したはずの血液が、どばっと全身に戻ってきた。心臓が早鐘のごとく打ち鳴らされ、鼻腔内の毛細血管が呆気なくぶち切れる。


「ああっ、イサム!」


 仰向けに倒れ込んだ俺に向かって、慌ててユメハが屈み込もうとする。が、再び俺の足に引っかかって転倒、ちょうど俺に覆いかぶさるような形になってしまった。


 俺は後頭部を擦りながら、軽く顔を上げた。すると、


「ん?」


 いつか感じたような、柔らかい感触が唇に。

 今度こそ、明確に時が止まった。俺もユメハも、動こうにも動けない。見事なショック状態だ。


 どのくらい時間が経っただろうか、ピピッ、と軽い電子音がした。

 ギシギシギシギシ、と、俺とユメハは揃ってそちらに顔を向ける。


「よーし、大スクープだな、こりゃ!」


 そこには、ベッドの陰に隠れながらも満足げに端末を手にするクリスの姿が。


「バリー……」

「バリー様……」


 がたがたと震えだした俺たち二人を前に、クリスは咳払いを一つ。


「あー、コホン。僕は、いや、私は、スペース・ジェニシス内部の風紀を守るべく、やむを得ずこのような行動を――」


 直後、クリスの悲鳴が艦内に響き渡ったのは言うまでもない。


 THE END

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メイド戦艦航海日誌 岩井喬 @i1g37310

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