第15話


         ※


 翌日、スペース・ジェニシスドック内にて。


「では、これよりホバークラフトにて降下、周辺調査を行う」


 クリスが高々と言い放った。無論、制帽は着用済みである。


「宇宙服、化学防護服の類は不要だ。既に気温、湿度、地表温度、大気組成は測定済みである。重力に関しても、スペース・ジェニシスの人工重力と変わりはない。装備は第一種とする。質問は?」


 皆、黙りこくっている。クリスは乗員名簿(といっても七人全員だが)を読み上げ、一人一人が『はッ』と声を上げる。

 そこに可憐な少女らしさは皆無。戦う人間としての、厳しい表情が浮かんでいた。


 流石にメイド服や猫耳で降下するわけにはいかないので、全員が通常戦闘用のコンバットスーツを身に着けている。黒と灰色を基調としたスーツは、なんとも不似合いだ。

 しかし、サイズはぴったりと合っている。エリンのような小柄な人間用のものまで揃っているのを見て、俺は自分の顔が歪むのを感じた。


「まるで子供に戦えって言ってるみてえじゃねえか……」

「どうした、イサム少尉?」

「はッ、いえ、何でもありません」

「うむ。それでは全員、ホバークラフトに搭乗! スペース・ジェニシスは自動操縦で、ホバークラフトの発進高度まで降下する。メーサー銃のエネルギー残量に注意しろ!」


 その言葉が終わると同時、がこん、と音がして、床面が下斜め方向に展開し始めた。ぶわり、と外気が入り込んでくる。

 俺は思わず息を止めたが、大丈夫だと自らに言い聞かせ、少しずつ呼吸を再開した。ふむ、何も害はなさそうだ。

 

 ホバークラフトに搭乗するのは、バリーが最初で俺が最後だった。俺は副長として、船尾をガードしなければならない。


「総員、身体を固定しろ! 降下開始!」


 こうして、ホバークラフトはスペース・ジェニシスから離脱した。

 背中をぐいっと引っ張られるような感覚と共に、眼前に世界が広がる。それは、自然そのものというに相応しい光景だった。


 濃密な緑の大地、透き通った青い空、遠くに見える茶褐色の山脈。

 今は自転の関係で、俺たちが降下したのは昼間の部分だ。当然である。夜に、目が利かないタイミングで危険に晒されてはかなわない。


 ホバークラフトは、上から見てちょうどラグビーボールのような形をしている。

 前部にクリスとリュンがしゃがみ込み、メーサー銃を構えている。後部を守るのは俺で、残る四人のうち三人は上下左右を警戒している。最後の一人、フィーネは、このホバークラフトの操船にあたっていた。


 地面に対して逆噴射を繰り返し、ホバークラフトは地面から約五十センチほどのところで高度を安定させた。


 俺たちの作戦会議では、まずは先行偵察機を飲み込んだ黒いドロドロ――俗称『タール』の出現場所に向かうことになった。

 スペース・ジェニシスから地面を観測中に、俺たちは艦内で不要になったものを地面に投棄してみた。すると、そのことごとくに対してタールがにじり寄ってきて、吸収してしまった。


 まずは、その謎の構造を分析しなければ。未知の要素を残していては、テラフォーミングなど不可能だ。

 

「先行偵察機の降下地点に向かう。タールとの遭遇も考えられるから、皆、地面から目を離すなよ」


 クリスの指示に、皆が一体感を覚える。その時だった。


「前方約百二十メートル、謎の動体を捕捉」

「リュン、正体は推定できるか?」

「何らかの機械と思われる。これは……」


 俺はリュンが息を飲むのを始めて聞いた。メーサー銃に取りつけた鏡の反射で、俺も前方を窺う。そこにあったのは、昨日から見慣れた金属機械の姿だった。


「先行偵察機? 飲み込まれてしまったはずでは……?」


 すると、偵察機の上部に取りつけられたカメラがキュルッ、とこちらを向いた。直接見ているわけでもないのに、俺はそこから、確かな殺気が放たれているのを感じた。


「総員、メーサー銃、撃ち方用意!」

「なっ! おいイサム、命令するなら僕の許可を取りつけてから――」

「目標、前方の先行偵察機! 向こうは何らかの攻撃を仕掛けてくる可能性が高い!」

「だから、お前が命令するのは――」

「来ます!」


 警戒を促したのはユメハだった。

 先行偵察機は、ロストした時と同じ姿形をしていた。四つの車輪の上に、縦に長い円筒形の本体が乗っている。高さは約七十センチメートル。問題は、伸縮性の高い四本のアームを有しているということ、そして、タールと同じ真っ黒な外観をしているということだ。


 俺たちがそちらを警戒していると、どろり、と不吉な音がした。横合いから、タールが地面を覆うように迫ってくる。そして、ぽこん、と気の抜けるような音を立てて、もう一機の偵察機が現れた。


 それだけではない。後方、つまり俺から見て前方からも迫ってくる。


「こうなったら……。総員、各個に迎撃用意! 地表より接近中のタール、及び先行偵察機もどきを殲滅せよ!」


 全員がメーサー銃を構え、エネルギーの初弾充填を開始する。

 ただし、フィーネは別。ホバークラフトの操船を担っているからだ。


「母艦よりデータ受信! 周囲、半径五百メートルをスキャン! 南南東方向は、タールの侵食を免れています!」

「了解、高度を取るぞ。地表より二十メートル! 以後の操船権を、フィーネに一時移譲する!」


 ぶわり、と軽い熱風が頬を撫でる。視野が上がり、皆が身を乗り出して下方に狙いを定めた。


「銃撃を開始します!」

「よし!」


 バシリッ、と雷鳴のような轟音が響き、青白い閃光が走った。各々が発砲し、タールの表面を照らし出す。

 同時に、偵察機もどきが怯んだ。接近速度が遅くなったのだ。


「効果確認!」

「よし、撃ちまくれ! エネルギーパックは使い切ってから交換するんだ!」

「こちらでも効果を確認しました!」

「了解、このまま押すぞ!」


 皆の声かけに、積極的に応じるバリー。しかし、敵も一筋縄でやられはしなかった。

 元がドロドロのタールだったからか、呆気なく倒れていく偵察機もどき。だが、その数は増えつつあった。水面に泡が浮かびあがるように、タールの表面から次々に現れる。


 ただ出てくるだけなら構わない。だが、調子に乗って撃ちまくっていた俺たちの前で、その異変は生じた。


「ん?」


 偵察機もどきの光学カメラにあたる部分が、きゅるきゅると回転している。こちらを見上げ、狙いを定めるかのように。――まさか!


「フィーネ、この空域から離脱しろ!」

「な、何を言い出すのにゃ、突然⁉」


 操縦用のレバーを握ったフィーネが喚く。その時、がつん、と硬い音がして、ホバークラフトが傾いた。


「うおっ!」

「きゃあっ!」


 皆が悲鳴を上げる。


「フィーネ、損傷状況知らせ!」

「は、はッ! 損傷軽微! しかし、敵はアームを展開して攻撃を仕掛けてきていますにゃ!」


 俺はぞくり、と背筋を震わせた。

 タールは本当に、俺たちを殺しにかかっている。最初の偵察機もどきから感じた殺気は、本物だったのだ。

 それに、もしあの真っ黒な沼に落ちたら、たちまち取り込まれてしまうだろう。

 

「フィーネ、どいてくれ!」

「にゃっ! 何する気にゃ、イサム少尉?」


 答える余裕はない。俺は母艦へのレーザー通信回路を繋ぎ、火器管制システムを操作した。


「おい、何をやってる⁉」

「黙っててくれ、バリー! これじゃあキリがない。母艦のメーサー砲で、こいつらを一気に焼き払う!」

「だから僕の許可を取りつけろと……!」

「それじゃあ遅いんだ!」


 バリーの腕を振り払い、俺は母艦のメーサー砲を真下に向けた。それから急速度で現場空域を離脱する。


「皆、目を閉じろ! 五、四、三、二、一!」


 次の瞬間、五感が消えた。

 というのは過大表現だが、少なくとも爆音で耳は遠くなったし、ホバークラフトが揺さぶられたことで、平衡感覚も危うくなった。

 そして、しっかり目を閉じているはずなのに、青白い光が滝のように、上から下へ轟々と流れ出した。

 スペース・ジェニシスから眺めている時は、艦全体に防眩フィルターがかかるから意識しなかったが、メーサー砲とはこんなにも眩いものだったのか。


「総員、無事か?」


 呻くようなバリーの声。それに応じて、皆が名乗りを上げる。七人とも無事だった。


「フィーネ、メーサー砲の直撃した部分の映像を母艦へ転送してくれ。この惑星の調査方針について、緊急会議だ」

「了解!」

「ホバークラフト上昇、スペース・ジェニシス、下部ハッチ開放。収容準備」

「これより収容シークエンスに入ります」


 ……とかなんとか会話が為されていたが、俺にとっては些事だった。俺の懸念と恐怖心を駆り立てていたもの。それは――。

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