第6話【第二章】

【第二章】


 パーティでの場を収めるのに、それなりの時間がかかった。

 涙ウルウルのエリンを落ち着かせるのは、大した手間ではなかった。彼女よりも大騒ぎしていた馬鹿がいたからだ。言うまでもなく、バリーである。


 クリスは砂糖の代わりに塩を使って作られたケーキを、泣き叫びながら平らげた。

 だが本人としては、エリンを泣かせてしまったことの方がショックだったらしい。『僕は艦長だぞ!』と喚きながら、自棄酒に走ろうとした。

 最終的に俺がバリーの後頭部に手刀を食らわせて、気絶させる羽目になったのだが。


「フィーネ、キュリアン、申し訳ないんだけど、担架を作ってこの馬鹿を医務室に運んでもらえるか? 鎮静剤の使用も許可するから」

「よ、よろしいのですかにゃ、イサム様?」

「ああ、いいのいいの。バリーの野郎、今はうっさいだけだろう? それに、このまま酒なんて飲まれたら、どんな無茶を言い出すか分かったもんじゃない。すまないけど、頼まれてくれるか?」

「もちろんでございますわ! わたくし、立派なナースですもの。一旦医務室に行って、担架を持ってまいりますわ。行きますわよ、フィーネ」

「了解ですにゃ!」


 やたらと物分かりのいい二人。本当に助かる。

 何故かと言えば、俺にはまだこの部屋で、やらねばならないことがあったからだ。


 俺はゆっくりと、しかし近づいていることが相手に伝わるように配慮しつつ、ある人物の正面に立った。


「エリン、大丈夫か?」

「……むぅ」

「そんなに俯いてばっかりいるなよ。せっかく美人さんなのに、涙目じゃ魅力半減だぜ」

「……」

「ほら、涙を拭いてやるから」


 俺には身近に年下の女性がいたという経験がない。だが、何故かこの時は上手く対処できそうな気がしていた。

 まあ、エリンたち五人は俺たちとの主従関係を明確にしているわけで、お互いのやるべきことが逆転している気がしないでもない。励ます方と励まされる方があべこべだ。


 しかし、確かに俺は、彼女たちを『部下』というより『同伴者』として捉えつつあった。

 資源惑星探索任務における、立派な仲間だ。きっと、先ほど小惑星衝突の危機を脱した時の連帯感が、俺の心に沁み込んできたのだろう。


「さ、エリン。これでもう大丈夫だぞ。あー、念のために顔でも洗ってきた方がいいかもな。洗面所の場所は分かるか?」


 こくん、と頷くエリン。


「よし、行ってきな。もちろんこれ以上許可を取る必要はないぞ」


 再びエリンは頷いて、ぺこりとお辞儀をしてから退室した。


「ふう」

「あの、イサム様」

「おう、どうした、ユメハ?」

「大変申し訳ありませんでした、イサム様とバリー様のお手を煩わせてしまって……」

「え? ああ、気にすんなよ。あの馬鹿、いっつもああなんだ。いっそ、フィーネとキュリアンの二人に、みっちり叱っておいてもらいたいくらいだよ」

「左様ですか」


 俺は気軽に肩を竦めて見せたが、ユメハの表情はすぐれない。


「何かあったのか、ユメハ? 俺でよかったら相談に乗るけど」

「えっ? あ、ああ、いえいえ! イサム様のお手を煩わせるほどのことではございません」

「そうか?」

「はい! どうぞお構いなく」


 ううむ。バリーが気を失っている以上(いや、俺が悪いんだが)、この船の最高司令官は俺である。命令などしたくはないが、それでもメイドたちを含めた俺たちの連帯が崩れないよう、努める義務がある。


「もしかしてユメハ、お前、さっきの俺とリュンの話のことで、気にかかってることでもあるのか?」


 微かに息を飲む気配がする。当たりか。


「遠慮なく言ってくれよ。不良上がりでパイロットだなんて、おかしいだろ? 軽蔑してるなら正直に言って――」

「そうではありません!」


 俺はぐっと身を引いた。


「違う……のか?」

「全然違います! 私は、イサム様の境遇を知って、その……同情してしまったのです……」


 何だか申し訳なさそうな言い方だな。


「私は知っています。同情などしてほしくないと思う方もいらっしゃる、ということを。イサム様がそういうお考えをお持ちの方であれば、今の私が抱いている同情心は、イサム様にとって邪魔なものになります。大変な無礼にあたる心境です。でも……」

「なあんだ、そこまで考えてくれてたのか」


 俺は腕を組んで、背中を壁に預けた。


「皆にはいずれ、話す時が来るだろうと思ってたし、それを先取りされてどう思われようが、無礼とも何とも思わねえよ。でなきゃ、リュンの前であんなにペラペラ喋るわけがないだろう?」

「それも、そう……ですね」

「そんなしかめっ面するなって。俺は笑顔のお前の方が好きだ」


 そう言って俺は、軽くユメハの頭を撫でた。

 ん? 待てよ? 今、俺は何て言った?


 俺がフリーズしている間に、だんだん赤くなっていくユメハ。同時進行で、俺もゆっくりと今の状況を検証しにかかる。

 じりっ、と頬が焼かれるような感覚に囚われながら、俺はゆっくりと口を開いた。


「あ、あのさ、ユメハ」

「……はい」

「俺、今『好きだ』って言ったか?」

「……はい」

「だからお前も、頭に血が上ってるのかな?」

「……仰る通りかと」


 俺は大きく息を吸い込んで、


「ごめん‼」


 とだけ告げて退室し、勢いよく自室のベッドにダイブした。


「出会って数時間しか経ってない女の子に、何を言ってるんだよ、俺は……」


 しばらくのたうち回った後、俺はうつ伏せになり、後頭部に枕を押し当てながら耳を塞いだ。


         ※


 恐らく、俺が自室に引っ込んでから、また数時間が経過した頃のことだ。再び非常警報が鳴り響いたのは。

 

 ようやく冷めてきた顔をもたげ、俺はがばりと起き上がった。


「この音……第一次警戒警報じゃねえか!」


 さっきの小惑星接近時とは異なる、より鋭く耳に捻じ込まれてくるような警報。訓練でしか聞いたことのないそれが、今は実戦下で鳴り響いている。


「畜生、何だってんだよ……!」


 俺は枕を投げ飛ばし、急いでブリッジに向かった。

 

 そこには既に、俺を除く皆が揃っていた。いや、リュンはこの場にはいないが、きっと火器管制室に到着しているだろう。


「状況は?」


 バリーは艦長席に座り、制帽を被って臨戦態勢だ。さっきまでの情けないロリコンはどこへやら。

 それに答えたのは、フィーネだった。


「第二警戒宙域に謎の船を捕捉! IFF、反応ありませんにゃ!」


 IFFとは、敵味方識別装置のこと。反応がないということは、少なくとも味方ではない。


「全艦、第一種警戒態勢! 謎の宇宙船を、これ以上近づけさせるな! レーザー通信回線をこちらに回してくれ」

「了解!」


 キュリアンが素早くコンソールを操作する。艦長席の肘掛の横から、通信用のマイクがせり上がってくるのがこちらからも見えた。


「こちら宇宙軍第三局、外宇宙探索機スペース・ジェニシス。後方の小型機、聞こえるか?」

《……》

「貴船は本艦の第二警戒宙域に侵入している! 直ちに目的を明らかにし、この宙域から離脱されたい! さもなければ、こちらもそれ相応の手段に出る! 生命の保証はできない!」

《……》

「バリー艦長、目標、第一警戒宙域に入りました! 相対距離、約五十キロメートル!」

「ふむ……」


 無言を貫く謎の機体に、やや引き攣った声でユメハが報告する。

 クリスはマイクを握ったまま、肘掛上のパネルを操作した。


「こちらブリッジ、火器管制室、聞こえているか?」

《あいよ、艦長。随分態度のでかい客がおいでのようだな》


 いや、でかいのはお前の胸と態度と身長だろう。そう言いたくなるのを、俺は何とか堪えた。


「いざとなったら、対空火器で迎撃せねばならん。準備を頼む」

《了解。実弾の、熱源追尾装置のついたミサイルをスタンバイしておく》

「頼む。それからイサム! ドックに向かってくれ。ジェット・ブラスターの発進準備を――」


『了解』と言いかけたところで、非常警報がまた一段と響いた。


「何事だ⁉」

「敵影、分離! 偽装用のバルーンを多数展開した模様!」

「熱反応で、どれが本体か識別できるか?」

「どれも同等の熱を放出中! 赤外線での熱探知は困難!」


 そうエリンが報告を終える頃には、俺は既にブリッジを飛び出していた。


「こうなったら、目視確認するしかねえじゃんか!」


         ※


 ドックに駆け込み、最寄りのジェット・ブラスターに近づく。そして、はっとした。

 整備があまりにも隅々まで行き渡っていたからだ。いや、人を乗せるのだから整備が厳重なのは当然なのだが、そこから整備士――リュンの良心が見えてくるようだった。


 もしかして、俺の無事を祈って整備に熱が入った、とか? だとしたら、アイツはとんでおないツンデレだが、今はそんなことはいい。

 俺はさっさと乗り込んで、ヘルメットを装備し、格納されていたマイクに向かって叫んだ。


「ジェット・ブラスター一号機、発進する!」

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