第7話
《気圧調整完了、一番ハッチ、開放します》
機械音声に伴って、がこん、と床面が開く音がする。母艦の下の部分が斜めに展開し、そこから真っ直ぐ滑り落ちるようにして、ジェット・ブラスターは発進した。
「くっ!」
機体の増速に伴って、なかなかに強烈なGがかかる。俺は歯を食いしばり、自機が宇宙に放り出される不快感に耐えた。
数秒後には、機体は母船と水平方向に並び、不快感は嘘のように消え去っていた。
「さて、問題はここからだな」
俺は操縦桿を握り、装備をチェックする。
通常時、この機体の主任務は偵察だ。大した武装が施されているわけではない。だが、相手がバルーンでこちらを攪乱しようとしているのなら、二十ミリ機関砲でバルーンの破壊くらいはできる。
「しっかし、妙だな……」
今回、謎の宇宙船の接近を探知した時、警戒レベルは第一次だった。スペース・ジェニシスのレーダー探知能力を以てすれば、その前の小惑星破壊作戦と同様に、第三次警戒を始めた時から知らされるのが普通である。
だが、そうはいかなかった。まるで、かつて日本にいた暗殺者、いわゆる忍者のように、その宇宙船は忍び寄ってきた。
どうやって? そして、目的は何だ?
「今に確かめてやる!」
俺は思いっきり操縦桿を倒し、百八十度回頭。後方に展開された敵バルーンの群れに、相対する形を取った。
《イサム、射撃を許可する。生憎、敵艦の本体とバルーンは区別がつかないから、容赦なく撃ち込んでやれ》
「了解」
と応じつつ、俺はごくりと唾を飲んだ。
今、バリーは明確に『敵』という言葉を使ったのだ。これは、俺が考えているよりシビアな状況なのかもしれない。
俺は数十個のバルーンに対して一斉に照準し、ロックを解除。後は、右手の親指を押し込むだけで、機関砲がバルーンを全滅させてくれる。――はずだったのだが。
《敵艦より本艦に向け、小型目標分離!》
《バルーンじゃないのか?》
《違います! 加速して向かってきます! ミサイルですにゃ!》
悲鳴に近いフィーネの声と、落ち着き払ったバリーの沈黙。その沈黙は、きっと数秒間にも満たなかっただろう。しかし、俺にはそれが何分にも、何十分にも感じられた。
「どうするんだ、バリー!」
《散弾を展開して、ミサイルを迎撃する。だが爆発の規模が分からん。イサムは一旦退避して、敵の横合いから機関砲をぶちかましてくれ。油断するなよ》
「りょ、了解!」
いつになく上から目線のバリー。だが、そうあってもらわなくては困る。今の俺は彼の『相棒』ではなく『部下』なのだから。この身を盾にしてでも、バリーと母艦を守る義務がある。
自機の両脇から短くジェット噴射を行い、向きを調整。それからペダルを踏み込み、一気に加速する。先ほど同様に、ヒュン、ヒュンと人工音がする。
だが、それも僅かな間だけだった。
後方から眩い閃光が走り、続いてドォン、という爆発音。ミサイルは無事に迎撃されたらしい。
「ふっ!」
俺は真上に機首を向け、反り返るようにしてバルーンの群れの上方に出た。再び一斉に照準を合わせ、『射撃開始!』とマイクに吹き込む。そして、親指で機関砲のトリガーを押し込んだ。
バルルルルルルルッ、という効果音と共に、機関砲は勢いよく火を噴いた。反動で自機が後退しないよう、僅かに制動をかける。
照準は精確で、灰褐色のバルーンは次々に破砕されていった。
しかし、再び妙な現象が起きていることに俺は気づいた。敵がこちらに向かって攻撃を仕掛けてこないのだ。対空砲火くらい来ると思っていたのだが。それとも、自分たちの位置を俺たちに悟らせないために、わざと沈黙しているのか。
だが、対空砲火のない理由はすぐに明らかになった。そもそも、敵はバルーンに紛れていたわけではなかったのだ。
バルーンを展開し、俺たちの目をくらませ、その隙に何らかの手段で気配を消し去った。
「敵は光学迷彩を使っているのか?」
《恐らくな。だが、熱源センサーにも反応はない。どうなってる?》
その時、ふっと俺の脳裏に一つの可能性が浮かんだ。
数日前、ここからそう遠くないスペースコロニーで、サイバーテロ事件があった。そして、新型エンジンに関する情報がごっそり引き抜かれたのだ。
その新型エンジンこそ、超低温の状況下でも稼働できるという代物だ。宇宙開発技術の英知の結晶である。
俺がそれを告げると、『そいつは厄介だな』とバリー。
《皆、そのままで聞いてくれ。敵艦は、レーダーで探知することが不可能な状態だ。相対距離も掴めない。一旦この宙域から離脱する。ここにいる四人は軌道を計算し、確認次第報告してくれ。火器管制室――リュンは、近距離用火器の使用に備えろ》
五人のメイドたちが復唱するのが聞こえてくる。しかし、一足遅かった。
「ん? あれは……!」
俺の視界にきらり、と光るものが目に入った。ワイヤーだ。何もない空間から、銀色の強化ワイヤーが生えている。
「まさか! バリー! 離脱シークエンスは中断だ! 敵がスペース・ジェニシス本艦に侵入を試みている! 白兵戦準備だ!」
そう叫びながら、俺は無駄を承知で機関砲を速射。ワイヤーを切れないものかと試みたが、流石に無理だった。
そうこうしているうちに、真っ暗な空間から人影が出てきた。ワイヤーを伝って、背負ったバックパックに点火。するすると身体を滑らせ、スペース・ジェニシス後部に取りついていく。
これでは撃てない。そもそも、ジェット・ブラスターの機関砲では、人間大の小さな的は狙えない。
「だったら……! バリー、光学で後方を撮ってくれ! ディスプレイに映すんだ!」
《何をする気だ、イサム?》
「見てろ!」
俺はワイヤーの先端に照準を合わせ、そこから微妙に銃口をずらした。
「このあたりかな……。やってみるしかないか!」
俺は再びトリガーを握り締めた。そこには何も映ってはいない。だが、俺は勢いよく親指を押し込んだ。
すると、今度は動きがあった。
キキキキン、と甲高い音と共に、火花が飛び散る。
「バリー、見たか? もう一度行くぞ!」
俺はアポジモーターをフル活用し、小回りを利かせる。そして、再び真っ暗な空間に弾丸を撃ち込んだ。
熱光学迷彩を施しても、その場から消え去ることができるわけではない。弾丸を当て、跳弾時に発光する弾丸を利用して、敵艦の姿をあぶり出したのだ。
《よし! 跳弾の軌跡から、敵艦の機影を捕捉した! メーサー砲をぶち込んでやるから、イサムは退避しろ!》
「了解!」
俺は思いっきり操縦桿を引いた。旋回軌道を脱し、二つの戦艦が相対する宙域から離脱する。
《いいのか、バリー? 出力三十パーセントだぞ!》
《構わん! リュン、発射を許可する! カウントダウンを!》
《どうなっても知らねえからな!》
再度の十秒カウントの後、青白い光の筋が煌めいた。敵艦の様相が分からないためか、合成音声は聞こえてこない。
ただし、真っ白い爆光が輝くのは見えた。三十パーセントの出力でも、メーサー砲はその役割を果たしたのだ。
爆光は連続して二つ、三つと膨れ上がり、やがて収束した。
「ふう……」
俺はヘルメットのバイザーを上げ、掌で汗を拭った。
だが、まだ敵襲は終わっていない。敵艦からスペース・ジェニシスに乗り移った連中がいる。
俺はコクピットシートの脇に格納された自動小銃を取り外し、素早く回頭して母艦へ向かった。
※
「急いでくれよ……!」
俺はいつしか、掌のみならず額や背中からも発汗していた。今のところ、敵性勢力が船内に潜入する、という事態は想定されていない。
抵抗できる人間は、バリー一人くらいのものだろう。俺も入れて二人か。
だが、俺が視認したところでは、敵は二十人ほどはいる。二人で抵抗するには、隔壁を封鎖してブリッジに立て籠もるくらいしか方法がない。
《イサム! イサム、聞こえるか!》
「今向かってる! 隔壁封鎖はもう少し待ってくれ!」
《違うんだ、イサム! 流れ弾に注意しろ!》
「は?」
《とにかく戻ってこい! ドックは解放しておくから、早く彼女たちを援護してくれ!》
流れ弾? 味方が誤射するとでもいうのか? しかし、バリーの射撃の腕前なら俺も把握している。流れ弾なんて、誰が発砲するというのか?
何はともあれ、バリーの言葉は命令だ。早急に母艦に帰還し、戦闘体勢に入らなければ。
俺は勢いよくペダルを踏み込みつつ、加速度を調整した。スペース・ジェニシスのドックから開いたハッチに滑り込む。
急いで自動小銃に弾倉を叩き込み、コクピット内でしゃがみ込んだ。四方をスキャンし、敵の位置を探る。
しかし、敵影はない。
何だ? 何が起こっている?
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