第5話


         ※


「それからは随分荒れたなあ。悪い連中とつるんで、喧嘩もしたし盗みもしたし」


 俺は我ながら、自嘲的な笑みを浮かべた。我ながら『豹変した』と言ってもいい。


「随分心配かけたんだろう、親戚さんには?」

「ああ」


 思いの外真剣な目を向けるリュンに、目だけで頷く。


「けど、思ったんだ。こんな狭苦しいコロニーで、人生を終えたくはないって。それで憧れたのが、未知の宙域を自由気ままに飛び回ることだったんだ。それこそ、宇宙戦艦艦載機のパイロットになれたらな、と。簡単に目指してなれるもんじゃないってことは分かってた。だからこそ、不良はやめて、勉強を始めた」

「それで士官学校に?」

「そうだ。俺のいたコロニーの教育理念は自由奔放でな、十二歳の時に試験を受けて、一発合格してやったよ」


『ほほう』と楽しげに息を漏らすリュン。


「で?」

「普通の学生なら五年かかる課程を、三年で修了した。それから一年間、みっちり戦闘機の操縦訓練。教官がまたおっかない野郎でさ、苦労したんだぜ? それからこのスペース・ジェニシス号のクルーに配属されたんだ。同期のクリスと一緒に」

「それで現在に至る、ってか?」

「そゆこと」


 俺は缶コーヒーに口をつけ、渇いた喉を一気に潤した。

 コトン、と音を立てて、空になった缶を階段に置く。


 さて、ここまで語ったのだから、今度はリュンの話も聞かせてもらおうじゃないか。

 と、思ったのも束の間、リュンは勢いよく立ち上がった。缶コーヒーを握りながら『誰だ!』と叫ぶ。


 彼女の視線を追うと、そこには船体とドックを繋ぐ通風孔があり、フリルのついたカチューシャがもぞもぞやっていた。


「あれ……? お前、ユメハか?」

「あっ、イサム様! お見苦しいところを! ……よいしょ、っと」


 顔だけ壁から突き出したメイドさん。しかも、煤で頬が軽く汚れている。シュールな光景だな。


「な、何やってんだ、そんなところで?」

「え? ああっ! 盗み聞きするつもりはなかったのです! ただ、突然ブリッジからイサム様が出て行かれたので、何事かと思ってこっそりついて参りました……」


 だんだん声が小さくなっていくユメハ。


「俺の話、聞いてたりする?」

「いっ、いえ! イサム様が不良になられてからパイロットとして才能を開花なさるまでの目覚ましいご活躍についてなど、私は一切耳にしておりません!」

「嘘つけ‼」

「嘘つけ‼」


 俺とリュンは同時に叫んだ。思いっきり聞いてたんじゃねえか。


「で? 何の用だ?」

「あっ、そうそう! えーっとですね、パーティの準備が整って――って、うわあっ!」

「あっ、馬鹿!」


 通風孔から抜け出そうとしたユメハは、呆気なく床に落下した……はずのところを、俺がギリギリで受け止めた。実に綺麗なお姫様抱っこである。


 はっ、と息を飲んで、目を見開くユメハ。

 大丈夫かと尋ねようとして、その瞳に吸い込まれそうになる俺。


 しばしの間、俺とユメハはその姿勢のまま固まっていた。


「はいはい、ラブコメあるあるはそこまでにしとけ! パーティ、精々楽しんでこい」

「いてっ!」


 俺は背中を、リュンに思いっきり叩かれた。踏ん張って転倒を免れつつ、ユメハを足から床に下ろす。


「申し訳ありません、イサム様……」

「何だかお前、謝ってばっかりだぞ、ユメハ」

「で、でも」


 ううむ、困った。『気にするな』的なことを言ってやりたいのだが、それを俺が言ったところで、ユメハが素直に受け入れるとは思えない。天性のドジっ子なんだな。


「そ、それより、パーティ開くんだろ? 早く行こうぜ。料理はできてるのか?」

「はい! 皆でケーキを作りました! 私は途中で、イサム様を探しに出てきてしまいましたが」

「そうか。よし、有難くいただこう」


 するとユメハは、ぱあっ、と顔を輝かせて『ありがとうございます!』と頭を下げた。


「なあリュン、お前も来るよな?」

「おっと、そいつは上司としての命令か?」

「ん? 来ないのかよ?」

「あたいはガヤガヤしてる場所、ってのがどうも苦手でね。ま、あたいの分まで食い倒れてこいや」


 空き缶を二つ掴みあげて、こちらに背を向けるリュン。


「あっ、あの、リュンさん……」


 ユメハが声をかけたが、これでは聞こえまい。

 リュンは片腕を掲げ、ゆらゆらと揺らしながら、ドックの奥へと消えていった。


         ※


 ドックを出た俺とユメハは、何とはなしにゆっくり廊下を歩いた。


「なあユメハ、リュンっていつもあんな感じなのか?」

「左様です、イサム様。食事のお誘いも、毎回断られております」


 ふむ。しかし、怒っている時を除けば、リュンがユメハに敵意を抱いているようには見えない。何だかなあ、年頃の女の子は扱いに困る……って、この歳で言う俺にも問題がありそうだが。


 しばらくブリッジに向かって歩いてると、楽しげな声が聞こえてきた。ブリッジの反対側の小会議室からだ。


「早くケーキ見せてくれよお!」

「まだですわ、クリス様。イサム様とユメハが戻ってからです。それまでは盗撮もつまみ食いも禁止ですわ」

「うう、腹減ったぜ……」

「あたしも空腹だにゃー。早く食べさせてほしいにゃー」

「バリーとフィーネ、強欲」

「ぐはっ! よ、幼女に指摘されてしまった……」


 俺とユメハは立ち止まり、この珍妙なコント(?)に聞き入っていた。しかし流石に、空腹というのは耐え難いものだ。

 俺は手を翳し、ドアをスライドさせた。


「ういーっす」

「只今戻りました」


 俺たちが入室すると、真っ先に噛みついてきたのはバリーだ。


「おいおい、僕たちのことを待たせいでくれよ! これでも心配してたんだ」

「いつケーキにありつけるか分からないから、だろ?」


 図星だったらしい。バリーは『むぅ』と唸って、すごすごと引き下がった。

 しかし俺にも、今の会話で気にかかることはある。


「ケーキはまだお披露目されてないのか?」

「そうだにゃー。バリー様とあたしは食べる係だから、仲間外れにされたにゃー」

「いやいや、二対二だろ? 仲間外れって言わねえよ、それ」

「そうですかにゃ?」


 耳をピコピコさせながら疑問符を浮かべるフィーネ。そんな彼女をよそに、俺はキュリアンとエリンの方へ向き直った。


「じゃあ、俺とユメハも戻ってきたし、ケーキのお披露目といこうぜ」

「お前が仕切るなよ、イサム! 食い物の恨みは恐ろしいんだぞ!」


 俺はバリーの文句を受け流し、勝手にカウントダウンをした。


「三、二、一!」


 ふぁさあっ、と薄手のタオルが外される。透明な半球体の中にある、白い物体が目に入る。そしてそれは、全容を露わにした。


 そこにあったのは、典型的な苺とクリームのケーキだった。六等分すれば、ちょうど綺麗なショートケーキになる。

 何のお祝いか知らないが、ごく適当にロウソクが立てられており、キュリアンが手早く火を灯していく。


「じゃあ、火を吹き消したい人!」

「はいッ!」

「……」


 キュリアンの呼びかけに真っ先に応じたのは、言うまでもなくバリーである。本当に何がしたいんだ、コイツは。

 エリンでさえ、バリーを半眼で見つめている。制帽を被っていた時のカッコよさはどこへ行ったのかと、心底嘆いているようにすら見えた。


 バリーは見事、一吹きで全てのロウソクを消し去り、『さあ! 早く食べよう!』と、妙な踊りをしながら意気込んでいる。皆に皿とフォーク、それにケーキが配られた。


 司会進行はキュリアンが務めてくれるらしい。彼女は空咳をしてから、皆にこう言った。


「それでは! 宇宙食の進歩と食料問題の解決を祝して! いっただっきまーす!」


 まあ、その通りなのだが、別に今祝うべき事柄ではない。

 などという野暮なツッコミを避けて、俺も『いただきます』と述べてフォークを差し込んだ。


「へえ、美味いじゃないか」

「ほ、本当ですかにゃ⁉ 光栄ですにゃ!」

「フィーネ、お前は食べる係だったんだろ。お前を褒めたわけじゃねえよ」

「う、イサム様、仰ることが痛烈だにゃ……」


 このくらいで凹まれても困る。


 俺が二口目を含もうとした、その時だった。


「ぶおはぁっ⁉」

「どうした、バリー!」


 相棒の突然の豹変に、俺は急いで駆けつけた。バリーはケーキの皿をテーブルに置き、ぶるぶると震えている。

 まさか、ケーキに使われた食品に毒でも入っていたのだろうか? あるいは単純に、消費期限が切れてた、とか?


 すると、ちょこちょことやってくる小さな人影がある。エリンだ。彼女はくいくいとクリスの袖を引き、粉の入った瓶を見せた。


「六つのケーキ、一つだけ塩味。バリー、残念」

「って、ロシアンルーレットかよ!」


 壮絶な勢いでツッコむバリー。すると、エリンに変化があった。みるみるうちに、瞳に涙を溜め始めたのだ。俺はエリンに駆け寄り、バリーに振り返った。


「おいバリー! こんな小さな子に、何てことを――」

「うわあああああああん!」

「え?」


 俺がバリーに、エリンを安心させてやれと言おうとした瞬間、号泣し始めたのはエリンではなくバリーだった。何が起こってるんだ?


「ぼ、僕としたことが、ロリっ子を泣かせてしまうだなんて! 一生の不覚だあああああああ!」


 これには流石に、ツッコミを入れる猛者は現れなかった。

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