第4話

 それはさておき。


「あ、あれ?」


 今までだったら、軌道上の岩石や小惑星を破壊できた時は、俺はバリーと抱き合って歓喜したものだ。しかし、今は何故だか緊張感が満ち満ちている。

 まさか、小惑星の破壊に失敗したのか? 俺が不安げな顔を向けるのと、ユメハがこちらを見据えるのは同時だった。


「イサム様、一つよろしいでしょうか?」

「え、あ、おう」

「この場合、作戦成功を祝して、明るい雰囲気を演出してもよろしいでしょうか?」

「……は? どういう意味だよ?」

「ですから、喜ぶということです。まだ気を緩めていいという許可を頂いておりませんので」


 何じゃそりゃ。感情表現に許可も何もあったもんじゃなかろうに。


「そりゃあ、いいだろうよ。皆で協力して、最低限の燃料消費で妨害を排除したんだからな」


 言い終えて、しまったと思った。ユメハが瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべて立ち上がったからだ。


「……いぃいやったあ! やりましたよ、イサム様! AIで計算するよりも早く、低コストで作戦目標を達成しました! 流石、バリー様とイサム様! 素晴らしい連携プレーですね!」


 そう言いながら、ぐいぐい俺に迫ってくるユメハ。


「いやいや、連携は君たちメイドの方がよっぽど――」

「ご謙遜ご謙遜!」


 ユメハは再度、『やったあ!』と歓喜の声を上げ、勢いよく俺に抱き着いてきた。


「ぶわっ⁉ ちょ、待てユメハ! 胸が……ぐ、ぐるじ……」

「あっ、こ、これはとんだ無礼を!」


 いい加減、人の顔にその豊満な胸部を押し当てるのは止めていただきたいところだ。


「ユメハ! カウントダウン、ばっちりだったにゃ!」

「ありがとう、フィーネ!」


 互いに両手を取り合う二人のメイド。二人共、目をキラキラさせている。

 これが俗にいう『百合』なのか? ええい、知ったことか。


 視線をずらすと、キュリアンとエリンがバリーのそばに駆け寄っていくところだった。

 またもや妖艶な目つきでバリーの首に腕を回すキュリアン。抱っこしてくれとせがむエリン。


「う……」


 俺は何だか、女の子かぶれしてしまったようだ。女の子酔い、と言ってもいい。


「あっ、イサム様、どちらへ?」


 やや心配げなユメハの声に、『気にするな』とだけ告げて、俺はブリッジをあとにした。


         ※


「はあ……」


 やたら心臓がバクバクいっている。俺はややふらつく足を拳で叩き、もう片方の手を壁に当てながら、ゆっくりと歩んでいった。どこに向かっているのか、自分でもよく分からない。

 が、しかし。


「ああ」


 俺はまた間抜けな声を上げた。いつの間にか、ジェット・ブラスターのドックの前に立っていたのだ。シャッターを抜けると、すぐさま鈍い銀色の世界が広がった。

 俺が通り抜けるのを待ってシャッターは封鎖され、無音の世界が俺を包み込む。


 俺は今度こそ、女の子の香りのない、鉄臭い空気を吸い込んだ。ふーーーっ、という俺の深呼吸の音だけが、ドックの空気を震わせる。


 どうも、俺は異性との付き合いについて、あまりに不慣れらしい。

 女性恐怖症とまでは言わないし、ユメハたちのことを可愛らしいとは思う。

 だが、色っぽい服装をされたり、抱き着かれたりしていては、とても落ち着いてはいられない。


 いや、これが普通なのだろうか? だといいのだが。

 今回の任務期間がどれほどになるか分からない中、今後もこんなことが続くのかと思うと、溜息は止まらなかった。


「お疲れのようだねえ、少尉?」

「ああ、全くだ。バリーの野郎が羨ましいよ。あんなに馴れ馴れしく――って、うわあっ!」

「驚くこたぁねぇだろうさ。あたいだよ」


 視線を巡らすと、キャットウォークの上にリュンがいた。手すりを掴んで、上半身を乗り出している。


「なんだ、あんたか。驚くまでもなかったな」

「おいおい、『なんだ』とはひでぇなあ。あたいだって、色仕掛けには自信があるのに」


 確かに、今のリュンの姿勢からすれば、胸が強調されて見えてしまう。俺はさっと目を逸らしたが、リュンは意に介さぬ様子で素早くキャットウォークを下り、俺のそばにやって来た。


「綺麗に吹っ飛んだだろ、小惑星」

「まあな。皆のお陰だ」

「その『皆』ってのには、あたいは入っているのかな?」

「もちろんだ。火器管制室に詰めていてくれたのは、あんただからな。ありがとよ」

「ほう?」

「なんだ、意外なのか?」


 すると、ふっとリュンは顔を逸らした。


「い、いや? でもその……あー、素直に褒められたのって、あんまり経験がなくてな」


 その横顔は寂し気ではあったが、同時に嬉しさを隠しきれないでいるようだった。頬をぽりぽりと掻きながら、微かに頬を染める。


「あ、あれ? リュン、お前、照れてるのか?」

「ッ!」


 リュンはかっと目を見開き、何かをぶん投げてきた。ガァン、と後方の壁に激突する。


「っておい! スパナ投げんじゃねぇよ! 危ねぇだろうが!」

「イサムの方が危険だろう! とっ、突然他人に向かって『照れてるのか』だなんて!」

「照れてない? だったらちゃんとそう言ってくれれば」

「そんな単純じゃねぇだろうよ、人間ってもんは!」

「そりゃあそうだろうがよ……」

「ん」


 リュンはすっと階段に腰を下ろし、自分の隣を叩いた。俺に『座れ』と言いたいらしい。

 俺はおずおずと、彼女の隣に座り込む。隙間は二十センチほどだろうか。


「ほれ、ご主人様」

「おっと」


 いつの間に用意していたのか、リュンは缶コーヒーを手渡してきた。自分は無糖、俺のは微糖だ。


「んじゃ、作戦成功を祝して」

「お、おう、乾杯」


 今時珍しいプルトップの缶を開け、俺とリュンは、しばし無言で缶を傾けた。

 何だか、しんみりする。色恋沙汰的な意味ではないが、落ち着きのあるいい雰囲気だ。


「なあリュン、今のあんたになら話せそうな気がするんだが……」

「何だよ、藪から棒に」

「俺の昔話だ。だっておかしいと思わないか? 俺みたいな若造が、ジェット・ブラスター級の艦載戦闘機のパイロットだぜ? 奇妙だろ」


『別に興味なんてねぇよ』――きっとそう言われるだろうと、俺は思っていた。しかし、


「訳アリ、なんだな?」


 意外なことに、リュンは興味を示してくれた。ずいっと俺の顔を覗き込んでくる。

 最初はおっかないと思っていたリュン。しかし思いの外、いや、予想よりずっと整った顔立ちで迫られ、俺は胸が高鳴るのを感じた。


「聞いてほしいんだろ。もうバリーには話しちまってるんだろうし。話せる相手が限られるようなネタなのか?」

「まあ、な」

「あたいでよければ聞いてやるよ。多少重い話でもな」


 俺は『すまない』と告げてから、ぽつりぽつりと話し出した。


         ※


「ご覧、イサム。ここがお前の新しいお家だ」

「うわあ……」


 今まで見たこともないようなお屋敷を見上げて、俺は感嘆した。

 ちょうど十年前、七歳の頃の話である。


 いわゆる『コロニー間転勤族』だった両親に連れられ、俺は地球近傍の、とあるスペースコロニーに来ていた。

 コロニーは、今も昔も巨大な円筒形と相場が決まっている。それがゆっくり回転し、その遠心力によって疑似的な重力を作り出して足場にするわけだ。


 そのお屋敷のあるコロニーにやって来た目的。それは、両親が俺をとある親戚筋に預けるためだった。

 理由は単純で、俺は二人にとってお荷物だったからだ。


 それぞれ科学的最先端分野の研究者だった両親にとって、フットワークの軽さは絶対的な必要条件だった。あっちのコロニーで実験を、こっちのコロニーで開発を。

 その度に、両親と数週間、否、数ヶ月間会えなくなることは頻繁にあり、両親にとっても悩みの種だった。


 そこに舞い込んだのが、俺を養子にさせてくれないかという、親戚筋からの提案だった。そんな申し出をするのだから、両親がいかに多忙であるか、彼らは知っていたに違いない。


 その親戚に預けられてから、記憶にある限り俺は両親と一度も会っていない。

 正直、会いたくなかったと言えば嘘になる。

 だが、俺だって両親の邪魔をしたくなかった。それに、両親も俺に気遣われるがゆえに、気が滅入ることもあったとか。

 親戚筋の人々は、俺に対して実に優しくしてくれた。十分愛情は注がれていたのだ。


 しかし、ここには決定的な問題がある。愛情の総量は十分だったかもしれない。だが、誰からの愛情なのか。それがあやふやだった。

 俺はいつか、両親が俺を迎えに来てくれると信じていた。だからこそ、預け先でも泣き出したり、非行に走ったりはせずに済んだのだ。


 それでも、待てど暮らせど両親は手紙の一つも寄越さない。

 そうしてある時、俺は悟った。

 甘えているばかりでは、自分は駄目になる。自分の人生は自分で切り拓かねば、と。

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