第23話



【バスチーユ監獄、午後八時二十分】


 頂天騎士エンデと雨妖精のルカが遭遇したのは、我が目を疑う光景でした。


 両者が連れ添って監視塔から中庭へと下りた時、頼みのハービィは既に影矢を四肢へ受け、地べたに這いつくばっていたのです。ちょっと目を離した隙に何があったのでしょう?


 まさかの決着を目撃したルカは、ポンとオデコを押さえ首を左右に振りました。



「ありゃー、アルカディオの奴、負けちゃったの? もう?」

「いや、まだ断ずるのは早いぞ。むしろ黒騎士の方が困惑しているじゃないか。これは……いったい何が起きている?」



 地面に刺さった木刀からツルが伸び、黒騎士を威嚇するかのようにうごめいていました。害は無いものの訳が分からず、黒騎士オルランドは間合いをとって攻めあぐんでいるようでした。

 ルカは物知り顔でアゴに手をやり、首を傾げました。



「ふーん、何か周囲に強いマナがみなぎっているなぁ。そういえば あの木刀、世界樹の枝から作られたとかホザいてたわねー。もしかすると、あれを使えばチョーとんでもないコトができるかも。例えばね、使い手が世界そのものとリンクしたり」

「世界とリンク? それは、その、どういうことだい?」

「やれやれ、人間は何も知らないのねー? 貴方たちが暮らすこの人間界なんて、巨大な世界樹のごくごく一部でしかないんだよ。リンゴの木になっている果実みたいなもん」

「り、りんご? 我々の世界が?」

「そう! リンゴサイズの世界よりも、ずーーっとデカい神木を削って作られた刀、それがどれだけもの凄い『魔法の触媒しょくばい』になるか想像つく? 今でも世界樹と深く繋がっているのよ、あの木刀は。もしかすると母なる大樹から無限の力を引き出すことだって出来ちゃうかもよ」

「世界樹が実在するだって? 言い伝えなら聞き及んでいるが。ふーむ、世界樹と人のリンクか。もしかすると古の時代にはそうした凄まじい魔法が実在したのかもしれないな」



 エンデは話に耳を傾け、深くうなずきました。



「思い返せば各地の神話にも『生命の木』の伝承は必ずと言ってよいほど登場するものだからな。ドゥルド族のケルト神話、バイキングの北欧神話、メソポタニア神話や東洋の昔話にも。歴史の浅い我らが天ノ瞳教団の聖典にさえ、天をつく大樹の言い伝えはしかと含まれている。文化的な接点をまったくもたないにも関わらず……申し合わせたかのごとく世界中に点在する共通認識事項……すなわち、これが意味するのは!」

「アナタ、随分と難しい話が好きなのね? お日様は東から上って西へ沈む。そんな事を皆が知っていたとして……いったいどの辺が不思議なんだか」



 ルカはエンデの熱弁を一笑に付すと、倒れた仲間に視線を移しました。



「そんなことよりハービィ。死んでしまったら木刀だって宝の持ち腐れよ」

「……大丈夫。彼には強い守護霊がついている」

「は? 霊? アンタ、頭おかしかったりする?」

「まさか妖精に言われるとは。いや、確かに見えるんだ。私の眼は特別性なものでね。今まさに、その霊が彼に働きかけているようだよ。ここは少し見守るべきだ」



 賢明なる読者の皆様は記憶している事かと思います。


 全ての頂天騎士は天眼さまより与えられた神器を有していることを。

 エンデもまた例外ではなく、彼の場合それは右目にはめられた義眼だったのです。

 名を冠するならば、境界線の傍観者『ゴル・ルーブナク』


 神器は元よりあったエンデの霊感を飛躍的に高め、霊視や幽体離脱をも可能としていたのです。更に言えば、幽体離脱を用いた際、魂の緒はこの義眼からひも状に伸びて霊体と肉体とを繋いでいるのです。

 義眼ゆえに、投獄された際も看守に奪われず見逃されたというわけでございます。


 その義眼は今や、ハービィの体を包んだ霞のような気体、すなわち守護霊のエクトプラズムをしかと捉えていたのです。











 ―― アルカディオ、いやハービィ君。先輩からの助言に耳を貸す気はあるかい?


 聞きなれない囁き声を耳にしてハービィが跳ね起きると、そこは地平線まで真っ白なモヤで覆われた非現実的な空間でした。


「つらい戦場ではあるが、君は幾度となく立ち上がらなくてはならない」

「あ、貴方は?」

「クリム・D・ラスペード。もしかすると君には先代アルカディオと言った方が、通りが良いかもしれないな」

「せ、先代!? 貴方は死んだはずじゃ?」


 薄暗く霧がかった場所、そこに立つのはどこか高貴な雰囲気を漂わせた緑髪の剣士でした。その瞳は金色に輝き、ただならぬ気配をまとっていました。

 そして、男の顔には山羊を模した黒塗りの面があったのです。

 そう、それは見慣れたアルカディオのマスク。慌ててハービィが自分の目元をまさぐれば、そこにも仮面は装着されているではありませんか。

 向かい合う二つの仮面、あたかもそれは鏡映しの様相を呈していました。

 中腰の姿勢でハービィはゴクリと唾を飲み込みました。



「まさか先代の幽霊?」



 幽霊と呼ばれ、先代は少し不貞腐れた様子でした。



「幽霊ね、今はそっちだって似たようなモンだろ? 絶賛、臨死体験中だ。だからこうして会えたんだよ。まぁ、詳細な解説を望むなら未練タラタラで仮面にとりついた悪霊とか……そんな風に考えてくれ」

「悪霊ですかい!」

「嫌なら残留思念とでも。どうぞ、ご自由に。死にかけの後輩へ助言を与えに参上した次第だ」

「死にかけ? ……そうだった。俺は黒騎士にやられて」

「言いたくないが、ちと無様だったな」



 手厳しい言葉に、ハービィは思わずカッとなってしまいました。

 立ち上がり、胸元を掴まんばかりに詰め寄ります。


「なんですって? こっちは全力を尽くしたっていうのに、そりゃないでしょ」

「そうかい? 本当に全力だったのかい? あれが? ゴーカイ流のみで勝つ。その信念を意固地に貫こうとした結果、どうなった? 英雄術を使えばもっと上手くやれただろう?」

「そ、それは……」

「気持ちは判らなくもない。お世話になった師匠への恩返しとしてゴーカイ流の凄さを世に知らしめたかったんだろう?」

「そ、それだけじゃなくて。オルランドがやたら『人知を超えた力』というのを自慢げに語るから、悔しくて。人の文化は……技術は……奇術のような魔法に負けやしないって所をしかと見せたかった」

「ひいてはそれが奴の騎士道を目覚めさせることにもなる……か。でもね、それは結局ヤツと同じ過ちを犯していることにならないかな?」

「え?」

「だってそうだろう? アルカディオの英雄術だってドゥルド族の立派な文化なんだから。単に馴染みが無いってだけで毛嫌いしすぎ。あの仮面は森の民と妖精たちが長い時間をかけて築き上げた技術の結晶なんだよ。それを、ライチは信頼して君へ託してくれたわけだ」

「ぐっ」



 完膚なきまでの正論です。

 その上、先輩のお説教はまだ終わりではありません。



「しかも、英雄術はタダで身につくものじゃない。そうだろう? 覚えているなら復唱してみなよ? ほら、仮面のルールを」

「うぅ、アルカディオの仮面は、人々の希望や願いを吸収することで成長する……」

「言えたじゃないか。その通りだよ。君は一人で戦っているわけじゃない。大勢の人から希望を託された身の上なんだよ! 独り善がりな戦い方をしてよいわけがないだろ」

「た、確かに」

「まだまだあるぞ? 君の師匠がいつも口を酸っぱくして言っただろうに。ゴーカイ流の基本となる考え方なんだっけ? ゴーカイ流は師匠に教えられた事だけを、そのままやっていれば、それでいいのかい?」

「いいえ、ゴーカイ流は……ゴーカイ流は自分で考えるもの」

「言葉の真意、今の君ならもう判るはずだよ。『舟に刻して剣を求む』のは愚か者だけさ」



 戦いの場には手を引いて案内してくれる人など居ないのだから。

 ただ何かを受け継ぎ、それを昇華させぬ者に切り拓ける道などありはしません。大切な弟子が犬死にしないよう、師匠はまずそれを徹底して叩きこんだのです。

 必要なのは、環境に合わせて進化すること。


 熱くなった涙腺をなだめるため、ハービィはそっと天を仰ぎました。

 


「すいません、先輩。やっぱり俺が間違っていました」

「過酷な重荷を背負わせているのは重々承知している。でも、それは俺達が自ら望んだことのはず。そうだろ?」

「英雄の行く道ですね……」

「それでいい。さぁ、目覚めの時だ。行くよ? 足元注意報だ」



 足元の抜けた感覚があってハービィの体は空中に投げ出されました。

 どうも周囲に垂れこめた霞は雲海の一部だったようで。雲を突き抜けた先には無数の明りが瞬くパリエスの都があったのです。

 そこをハービィの魂は一人どこまでも落ちていきます。

 高所からの急激な落下に伴う眩暈めまいがあり、街外れにあるバスチイユ監獄がみるみる迫ってきました。


 遥か空の上から不覚をとった中庭へ。


 うつ伏せに倒れた自身の身体が目の前へ大写しになったかと思えば、魂はその中へ入り込み、さまよえるハービィの霊はとうとう現世へと舞い戻ったのでした。

 激しくせき込んで土気色の目蓋まぶたを開いた時、ハービィの視界に映ったのは揺れ動くツルがこちらへと伸びてくる光景でした。


 ―― な、なんだ?


 うごめくツルの先端は膨らんだツボミ。それが四つに割れて長い針が顔をのぞかせると、仮面の紋章にその針がブスリと突き立てられたのです。

 不思議と痛みはありませんでした。


 それどころか体中に力が満ちてくるかのような気分です。

 現世にもはやクリムの姿はありませんが、その声だけはしかとハービィの脳裏へ届いていました。



『落ち着きなよ。初めて見る形式だが、まぁ予想はつく。アルカディオの仮面もまた世界樹から作られた呪物だからね。両者の相性は間違いなく抜群さ。その木刀は仮面の使い手に出会いたくて、世界をさ迷っていたのかもしれないね?』

『これは新しい英雄術ですか? もしかして、先代もご存じない奴?』

『たぶん。木刀と仮面、そして多くの声援を勝ち取った君だけのスぺシャルな奴だ。大地から活力を抜き取って肉体へ注ぎ込む。名付けるなら「世界樹の祝福みんなのちから」って所かね。仮面と一体化した俺には感じられる。今まさに異郷の森では「ドゥルド族のバード」が君の勝利を祈っているぞ。英雄に最後の希望が託されているんだ』

『みんなの……ドゥルドって、ライライの!?』

『母親だね、親からも期待されてるのさ。ちゃんと応えろよ、二代目』



 影矢によってえぐられたハービィのあらゆる傷が塞がっていきました。

 傷口から根っこのようなものが芽吹いたかと思えば、それらが絡み合って縫合ほうごうするかのごとく肉の裂け目を塞いでしまったのです。


 全身が緑色の燐光で覆われ、冷たく弛緩しかんした五指が固く握りしめられました。


 ようやく黒騎士も起きている奇跡に思考が追い付きました。

 動き出したハービィ、つまり自らの敵が蘇りつつあることに。



「ふざけやがって、しぶとい奴だ。まだ遊ばせてくれるのか」



 怒声と共に長柄の斧が振るわれ、まずはツルに刃が振り下ろされました。

 されど強じんにしてしなやかなツルは弾力性を発揮してそれを弾くばかり。


 それならばと、立ち上がろうとするハービィに黒騎士は得物を振るったのです。

 かろうじて上半身を捻り、トドメの追い打ちを避けたハービィ。

 首筋を刃が掠め、冷や汗が滴りました。


 ハービィは右腕でツルを掴み、刺さった木刀を思いっきり引き抜いて武器を手繰り寄せました。数多の戦場を乗り越えてきた相棒を、手元に。

 回転しながら宙を飛ぶ木刀。

 その柄をしかと握り、ハービィは再び身構えたのです。

 巻き尺の帯が引っ込むように、役目を終えたツルは縮まって木刀の双葉へと戻りました。



「待たせたな! 続きといこうぜ、オルランド」

「この、ゴキブリが! そこまで死に切れぬというのなら、今度は死体を粉みじんに切り刻むまで」



 両刃斧が真っ向唐竹割に叩きつけられました。

 今までのハービィなら避けるしか選択肢はありませんでした。

 けれど緑のオーラに包まれたハービィはそれを片手持ちの木刀で受け止め、空いた右手で正拳突きを敵の胴体に打ち込むのでした。


 石壁に大砲を撃ち込んだかのような衝突音が轟き、黒騎士の口から小さな悲鳴がこぼれ出たのです。


 影から生まれた黒騎士の全身鎧に、その一撃でひび割れが走りました。

 腹を押さえて後ずさり、黒騎士は心底驚いた風に―― けれど、少しだけ嬉しそうに口走るのでした。



「何という膂力りょりょく。昔殺したアルカディオとはまた違う。強くなったな、貴様」

「当たり前だろ、二代目だからな!」



 ―― そう、俺はアルカディオの二代目。そして、ゴーカイ流の看板を背負う者。真の後継者ならばやれるはずだ。英雄術と剣技を組み合わせた俺だけのゴーカイ流。見出してやる、絶対に!



「だが、これはかわせまい! 剣の時代など、人の時代など、終わっているのだよ」



 黒騎士が蛮声を発しながら斧を投げ捨てました。

 そこから敵がとったのは腰を低く落として両腕を開いた一見すると無防備な構え。

 しかし、黒騎士の全身から矢じりが生え出てきた時、相手の意図を悟りハービィは息をのみました。


 ―― また影矢の範囲攻撃かよ、しかもこんな至近距離で! この技は、どこに逃げても当たる。でも、ここならばどうだ!


 ハービィが選んだ行動はゴーカイ流体術の潜水、瞬息の股潜りでした。

 黒騎士の鎧から解き放たれた影矢が四方に飛び散るその瞬間に、ハービィはスライディングで敵の背後をとったのです。

 しかも、股を潜る直前に「英雄術ミズチ」で水の縄を繰り出すのも忘れませんでした。黒騎士の手首に巻き付いた水縄は、高速スライディングの勢いそのままで敵の腕を牽引けんいんしました。結果、黒騎士は片腕を股下から引かれて上半身の体勢を崩し、その場へうずくまる事となったのでした。


 振り向いたハービィの目前には敵の背中、しかもその体勢は大きく崩れていました。



「いくぜ! これが、これが俺の新しいゴーカイ流だ!」



 跳躍ちょうやくし、逆手に持った木刀を黒騎士の後頭部へと突き下ろしたのです。

 世界樹の息吹によって強化された身体能力、ジャンプの勢い、防御不可能な隙。

 全てが合わさった渾身の一撃でした。

 その威力は地面に叩きつけられた黒騎士の顔面が深々と大地にめり込むほど。


 衝撃的な光景に決闘を見守っていた者たちは皆、ぼう然自失の有様でした。

 時が停まったかのようにシトシトと小雨が降り注いでいました。


 そうしてどれだけの時間が流れたのでしょう。

 あたかも土下座のような姿勢の黒騎士。

 その体から鎧を形どった影が流れ落ちていったではありませんか。それは相手の意識が失われた何よりの証拠です。


 ハービィは勝利を確信して右腕を高々と掲げ、叫びました。



「ゴーカイ流剣士アルカディオ、新奥義『下り水龍ダイブスマッシュ』だ。思い知ったか!」








【ベルサーユ宮殿、午後八時】


 単独による潜入作戦を決行し、ハーデスの間まで辿り着いたライライは、天井裏からそっと階下の様子をうかがっていました。

 恐らくはシャンデリアの点検に用いるものでしょう。羽目板がフタとなった部分があり、そこを持ち上げると階下の怒鳴り声が聞こえてきます。



「バカな、まったく話が違う。我々がここへ来たのは、天眼さまへつかわす使者の役を引き受けるため」

「そうだ、何を勝手なことを。貴様は何者なのだ、女風情が」

「陛下、なぜこんな輩に言わせておくのです!」


「お黙りを。貴方たちは偉大なる巫女の前にいるのです」

「そうよ。滅びゆく人類の王なんて、もう肩書きとして終わってるわ。そびえ立つ糞オブクソ。腐れ毒の君に使え、その眼となり、耳となる魔女ヒルダの方がずっと偉いに決まってるでしょ。彼女こそがこの世の支配者!」



 どうやら随分と面倒なことになっている様子です。

 怒鳴り声を立てていたのは、天ノ瞳教団と強いパイプを持つ貴族たちでしょう。あわや開戦の危機が迫るF国とD国(教団)のために和平の使者を買って出ようとした者たちです。

 その一方、右手の壁際で壮大な宗教画を背負って、貴族たちを嘲笑っているのは ――魔女ヒルダと仲間たちではありませんか。


 肩にオウムを乗せ、宝石のついた扇で口元を隠した貴婦人。

 そしてたくましい胸筋と上腕二頭筋をむき出しにした奇妙なオオカミ男。こちらはなぜか背中にビヤ樽を背負っています。


 喋っていたのは魔女本人ではなく、肩のオウムとオオカミ男のようでした。

 ライライがよく目を凝らすと、そのオオカミ男は単に動物の毛皮を頭から被っているだけであり、口元はしゃくれた人間のアゴが露わになっていました。


 ―― 動物の毛皮を被る風習……なんだか馴染みがあるけど、まさかね?


 ライライがいぶかしく思う中、オオカミ被り男は政治家のように大袈裟な身振りを交えながら貴族たちに言ってのけました。



「ここまでの話をまとめれば、使者の話なんぞ、ようするに狂言でしかないということだ。全てはお前たち教団の信者どもを一堂に会して、その上で一掃する為の我が策よ」

「これから皆さんには、毒を飲んで私たちの仲間となってもらいまーす!」

「いらぬ心配は無用、ちゃんと使者となってもらう。我々の手先として、腐れ毒を教団本部に届けてもらう役目だがなぁ」


 

 オオカミ被り男とオウムが勝ち誇るかたわらで、魔女ヒルダがサイドテーブルに乗せたティーカップにお茶を入れ始めました。貴族たちの人数分だけ用意されたカップには、ポットからなみなみと緑色の毒液が注がれるのでした。


 狼狽ろうばいする貴族たちの背後でハーデスの間の扉が閉じられ、蝙蝠の翼が生えた悪魔どもがその前に立ち塞がりました。悪魔がまとう鎧は近衛兵のもの。教団派の貴族たちは孤立無援で広間に閉じ込められた格好です。

 そして肝心の王ときたら、広間の奥で執務机に肘をつきブルブルと震えているではありませんか。もはや威厳いげんもへったくれもありません。



「すまぬ……これも我が国の将来を思えばこそ。苦渋の決断だったのだ」


「アーッハッハッ! 心配しなくていいのよ? D国を始め、世界中はやがて腐れ毒に沈む。その後に、このF国を中心として文明の再構築は進むから。ただ、毒を飲むのが早いか遅いか。それだけの違いしかないんだからね!!」



 王が泣き言を口にし、オウムの嘲笑が室内に響き渡ったその時でした。

 おびえる貴族たちを押しのけて、一人の男性が先頭に立ったではありませんか。



「そう判りやすい態度にでてくれると話が早い。ようやく出番だな」



 まず目につくのは、くちばしの生えたマスクとゴーグルです。頭にはカラスの黒羽で飾ったツバ広帽子を被り、皮のロングコートを着込んだ奇異な伊達男。

 その男は手にした杖で帽子を押し上げながら名乗りを上げました。



「教団への使者など必要ない。なぜなら、天眼さまの代理としてこの俺様がわざわざ足を運んでやったからだ。俺様こそが頂天騎士ポオ・E・アッシャー。神にたてつく愚か者ども。そこまで言うからには、覚悟が出来ているのだろうな?」

「ふざけた奴だ。神の名を語る者同士が鉢合わせしたら、どうなるかは判っているだろうに」



 オオカミ被り男がののしっても、ポオはひょうひょうと答えるばかりです。



「殺し合いだろう? 知っているさ、異教徒狩りが俺様の生業なりわいだからな」



 階下はまさに一触即発。

 ライライは腕を組んで考えるばかりです。

 今すぐ頂天騎士に加勢するべきでしょうか?

 高潔なアガタとはまるで違って、酷く不穏な感じのする相手ですけれど。


 それとも潰し合いが終わるまで様子を見るべきでしょうか?

 あまりにも悠長な考えかもしれません。


 思いあぐねていると、王の座った執務机の後ろで何か動く物が目に入りました。

 壁のタペストリーがめくれ上がり、場違いな少女が隠し通路から顔をのぞかせているではありませんか。


 ―― ちょっと、嘘でしょ?


 それは先ほど天井裏で言葉を交わした姫君、マリーに違いありませんでした。








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