第16話



 ルシエル聖堂院における暴徒ゾンビ討伐から早くも二週間が経ちました。

 この十四日という期間はハービィとライライにとって多忙たぼうを極めるものになりました。


 いくらゾンビを殲滅せんめつしても、雑草のごとくまた別の場所から生えてきたからです。

 ラタをかいして教団から発生現場を教えてもらい、馬を飛ばして急行する。

 そんなことの繰り返しでした。


 これでは義勇兵というよりゾンビの駆除係です。

 流石のハービィも酷使に耐えかねてボロキレのように疲れ切っていました。


 ライライも始めこそ全ての活躍をしっかり歌にしようと頑張っていたのですが、余りにも代わり映えのしない陰鬱かつ単純作業の繰り返しに嫌気が差してきたようです。ゾンビの頭を潰して回る毎日なんて、楽しいわけがないではありませんか。


 そんなわけで「塩を振りかけられて水分をなくした青菜」みたいになった二人は、沈んだ気分をリフレッシュすべく、パリエスのちょっとお高い店で昼食をとることにしました。

 やってきたのはシャンゼルゼ大通りにある予約制の料理店「海王亭」です。



「なんだかなぁー、手応えがないんだわ。だいたいゾンビっていうのは誰かに操られているものじゃないのかな? なんでどこの現場にも操っている奴が居ないんだろう。ボスが倒せてないから、ドンドン新手が湧いてくるんじゃないのか」

「死霊使い、ネクロマンサーとか言われる連中だね。対処に追われてばかりじゃラチがあかないし、そいつらを探す方法を考えないとね」


 大盛りのパスタをトングで自分の皿にとりわけながらも、ハービィとライライの話題は自然と事件のことに戻ってしまうのでした。道楽公エチエンヌおすすめの店なのだから腐れ暴徒の話なんてしないで料理やお店の雰囲気に集中すべきなのに、この二人は根っからの英雄気質なのでした。

 二人が使っている窓際のボックス席は四人掛けですが、座席スペースに余裕はまったくありません。なぜなら……。



「それについては私から説明しよう。教団の調査で新たに分かったことがある」

「いや、白身魚のフライ美味いわ~。天気も良いし、今日は仕事の話なんか止めにしませんかね」

「うるさいぞ、ラタ。少しだけ黙っていられないのか」


 そう、頂天騎士のアガタ・クリスティンとラタ・トスクが一緒でした。

 そもそもこの店を予約してくれたのはアガタであって、ハービィとライライはご馳走に招かれる立場だったのです。

 ただ、ホスト側の人間としてアガタは現状に不満がある様子でした。



「だが、最初に謝っておこうか。実はな、この店VIP向けの個室もあって、当初はそこを予約するつもりだった。ところが無碍むげもなく断られてしまってな。生憎このような席しか確保できなかった。まったく面目ない。少し前ならその辺りは教団の顔でどうとでもなったのだが、近頃は随分と世間の風当たりが厳しくなったものだ。まったく、国王みずからがプロパガンダとは恐れ入る」

「さんざん演説で天ノ瞳教団をこきおろしましたからねぇ。今じゃ国内だと詐欺師の集まりみたいな扱いになっていますよ~。まぁ、実際その通りなんだけど」

「ラタ、絞め殺されたいのか、貴様。そして、兜を被ったまま飯を食うな。器用な奴め」

「いやいや、皆さんが気持ちよく食事を出来るよう隠しているんでしょ? あと、レストランにプレートアーマー着たまま入る人に言われたくないです」

「こ、これはだな、騎士たるものいかなる時も戦場にいる心構えで……」


「いえいえ、私達みたいな義勇兵と詩人にはもったいない席ですよ」

「そうそう、調査で分かったことを聞いてみたいかな~なんて」



 放置すれば延々とパワハラ漫才を見せられそうだったので、ハービィとライライは下手に出て続きをうながすのでした。

 取っ組み合いの喧嘩になりかけたこの二人。店内で確かに浮いていました。


 縮れた赤毛のボブカットが美しい女騎士アガタ。

 女性にしては大柄の身長は優に二メートルを越え、場をわきまえず黄金の板金鎧を身に着けています。しかも、座席の横には先端にソロバンの付いたゴツイ杖と、愛用の大剣が立てかけられているのです。聖剣の名はエウロス、刃渡り一メートル、横幅三十センチもある化け物のように分厚く頑強な大剣です。

 騎士の持つ大剣、それは決して折れない正義感と信仰のあらわれなのだとか……そんなものを軽々と扱う彼女にはどれほど屈強な戦士といえども頭が上がらないのでした。

 正直、教団の風評被害うんぬんよりも個室がとれなかったのはその格好で来店するせいなのではないかと思われました。


 まぁ、それはさておき。

 ハービィ達に続きをうながされ、ようやくアガタは正気に返りました。


「これは失礼、私としたことが。ゾンビを発生させるネクロマンサーの話だったな」

「そうです、そうです」

「遺留品といってよいのか、残されたゾンビの亡骸(奴らはもともと死体だが)から、彼等が教会の管理下にある墓より蘇ったものだと判明した。早速我々は全国の墓所に不寝番を立て墓荒らしどもが二度と仕事を出来ないよう手配したのだが」

「効果はなかった?」

「あまりな。この死霊使いは相当な手練てだれらしい」



 アガタの話によれば、見回りをさせた不寝番は残忍にも殆どが殺されてしまったそうです。ただ、中には危険を察する勘に長けた者も少なからずおり、物陰から犯行の一部始終を目撃して生還した剛の者も居たのです。

 彼等は口をそろえて報告しました。ネクロマンサーは女性だと。


『月光に照らされる墓地、肩に鳥をとまらせた女が墓標にお茶を注いでいた』と。



 余りにも奇異な言葉にハービィは身を乗り出しました。



「お、お茶ですって?」

「ネクロマンサーは手にティーポットを持っていたそうなんだ。その女、頭のネジが相当にゆるんでいるようだな。高々と掲げられたポットから注がれた液体。どうやらその中身がくだんのゾンビを生み出しているらしい」

「そういえば俺が倒したゾンビも紫色の粘液でヌメヌメだったっけ」

「その粘性が高い液体が何なのか、錬金術師に調査を依頼してはみたが……こちらの結果もかんばしくなくてな。判ったのは生物毒、つまりは生き物の体から抽出された毒液だということ。そして、触れるもの全てを腐敗・酸化させる性質をもっているということ。それだけだ。迂闊に触れた研究者の指が腐り落ちたらしい」

「生物毒って、どんな巨大生物から毒を抽出すればあれだけ大量のゾンビを作り出せるんです?」

「腐らせるっていうのも、気になります……北の荒野で大地が腐っている原因もまさかそれなのかしら? まさかね……」

「さあな。残念ながら真相は敵を捕らえて聞き出すしかないだろうよ。私の勘だが、これは教団の名誉回復なんてささやかな結末に収まる事件ではないと思う。事件という呼称すら生ぬるい気がするよ」



 重く垂れこめる深刻な雰囲気。

 こんな時にはラタの軽口ですらありがたいものでした。



「まっ、何とかなるんじゃない? 待てば海路の日和ひよりありってね。ゾンビもここ数日は発生してないんでしょ?」

「まぁな、墓場の不寝番が犠牲になることもなければ、ネクロマンサーの新たな目撃報告もない。奴らの行動はピタリと止まった」

「諦めたんですか?」

「残念ながら違うな。むしろ計画が次のフェーズに移行したと見るべきだろう。奴らは何らかの形で目的を達したのだ」

「そもそも、何が狙いでゾンビに暴動の真似事をさせたんです?」



 ハービィの疑問に四人は静まり返りました。

 ライライが熟考し口を開きかけた……その時でした。



「なんでい、この店では腐った生ガキを客に食わせようってのか! 料金ばかり高くてとんでもねー店だな」



 通路を挟んだ反対側の席でちょっとした騒ぎが起きました。

 わめいているのはターバンを巻いた旅の商人と思わしき中年男性です。

 すぐさま店員がやってきて「お取替えしましょうか」とか「口直しのデザートはいかがでしょうか」などとなだめすかすのですが商人の怒りは鎮まりません。

 あまりに大声を出すものだから、店内中が逆に静まり返っています。


 仲裁に入ろうかな? ハービィの頭をそんな想いが掠めたその瞬間、商人の背後に腰かけていた男が音もなく立ち上がったのでした。



「貴殿は何も判ってない。もっと、この店と料理に敬意を払うべきだ」

「な、なんだね、君は」



 商人の腕をつかんで止めたのは、五分刈りの頭に剃り込みまで入れた戦士風の男です。

 眉毛も剃られ、頬には蛇の入れ墨が入っているので迫力が尋常ではありません。しかし、見た目に反してその口調はやたら丁寧です。

 男は理路整然と商人を説き伏せるのでした。



「良いですか、この店は海王亭。パリエスに居ながらにして新鮮な海の幸を堪能できる。そんな贅沢さをウリとした店なのですよ」

「そ、そんなことは判ってるよ」

「本当に判っていますか? 最寄りの海までここから何百キロ離れているんです? その距離をはるばる運んでくる苦労を考えたことはありますか?」

「むむむ……」

「海沿いの漁村でとれた岩牡蠣を早馬で都まで運んでくる。ですが、それだけではありません。馬が全速で走れる距離はせいぜい二十キロそこそこ。なので、途中に厩舎きゅうしゃを設けてそこで馬を乗り換えるのです」

「なんだと、そこまでするのかね?」

「それだけではありません。運搬途中、生ものが腐らないよう氷で冷やすのです。その氷も駅ごとに入れ替えて低温に保つのですよ。氷屋が溶けにくい氷を作るのにどれほど心を砕いているとお考えですか?」

「……成程、尋常でない手間暇がかかっているのだな、この一皿に。高いワケだ」

「その通りです。社会とは、大勢の苦労で出来ている汗と涙の結晶なのですよ。我々はそれに敬意を払わなければいけません」

「うーむ、若いのに大したものだ。ぐうの音も出ないとはこのことよ。ワシの負けだな」



 どうやら丸く治まったようです。

 会話に耳を傾けていたハービィは惚れ惚れして思わず口笛を吹いてしまいました。



「いよっ、カッコいい!」

「……君たち、パスタも良いが、それはあくまで生物を苦手な人に向けたメニューだ。タコにオリーブオイルを浸したものなど試してみたらどうかね? 地中海では……」

「ちょっとパパ~、ウンチクもいい加減にしなさいよ~」



 更に講釈を始めようとした強面こわもての戦士。

 そんな彼を止めたのは同席していた女の子でした。

 彼女はなんとモコモコした白ウサギの着ぐるみを被ってピンと長耳を立てていました。上から羽織った緑と赤のチョッキが着ぐるみの可愛らしさを更に引き立てていました。



「ああ、すまなかったな。それでは皆さん、よいランチタイムを」



 最後までカッコいいままで、強面の戦士は着ぐるみ少女の所へ戻っていきました。

 ハービィはその後姿を見守りながら瞳を輝かせているばかり。



「社会はみんなの努力で出来ているか……悪くないね。それを守る為に、俺たちもやらなくては。そんな気にさせてくれるよ」

「オイオイオイ、マイフレンド。そんなんで良いの? 一般人の言葉でホイホイ触発されちまうなんて、英雄として信念が浅すぎじゃな~い」

「良いんじゃないのか。アルカディオ君もまだ若いのだから、今は色々な意見に触れておくべきだよ。さて、これで報告できることは大体おわったな。また何か判ったら、ランチに誘うよ」



 アガタは鎖付きの懐中時計で時間を確かめると席を立ちました。



「我々はこれで失礼させてもらう。君たちはコース料理を最後まで楽しんでいくといい。会計は済ませておくから、今日ぐらいはゆっくり英気を養ってくれ」

「あれ? アガタ様はもう帰っちゃうんですか? それじゃあ、アガタ様の分まで料理は僕が頂こうかな?」

「我々は失礼する、そう言ったぞ。ラタ! 少しは気を利かせろ」



 兜の房飾りを引っ張るようにして、ラタはアガタに連れていかれました。

 お偉いさんとの食事会から解放されたハービィとライライは背伸びして肩をほぐすのでした。しかし、天ノ瞳教団でも十本の指に入る天頂騎士から直々に接待を受けるとは、我ながら偉くなったもの……自惚れではなく、ハービィはそう実感していました。


 ―― お前、本当に凄いな。見違えたよ。

 ―― ハービィがどこまで行けるのか、皆で楽しみにしてるからね。


 孤児院で再会したアルとロイは「同期の星、一番の出世頭」だとめたたえてくれました。

 戦いと修行に明け暮れた日々は無駄じゃなかったのです。


 しかし、栄光で酔いしれているハービィとは裏腹にライライは浮かぬ顔でした。



「ねぇ、さっきは言いそびれちゃったんだけど」

「ん? なんだい?」

「ゾンビを大量発生させる狙いは何かって話。ああいう陽動は、相手の戦力を測るためだと相場が決まっているものなのよ。二軍の小手調べが終わったって事は……もしかして次に主力の襲撃があるんじゃないかしら?」

「なんだって……すると狙われるのは?」

「奇襲をかけるなら、まず最大戦力から削っていくものよ。私なら頂天騎士を狙う」

「……! こりゃ、呑気にデザートを待ってる場合じゃないな」











 その頃、店の裏口では。

 強面の戦士と着ぐるみ少女が言葉を交わしていました。



「ねぇ、パパ。ちゃんと気付いてる? 私の言いたいこと」

「人前でなければパパと呼ばなくていい。黒騎士でいいからな。それで、気付くとは何のことだ?」

「窓際の席の四人掛け、あれが例の頂天騎士とアルカディオだよ」

「お前……それで急に、あの店で食事をしたいとか言い出したのか! そういう大切な情報はもっと早く教えてくれ」

「酷いなー。何も知らないままで一同が顔合わせっていうシチュ、良くない?」

「お前のお遊びに付き合ってなどいられるか、追うぞ」

「ちゅー立地帯から一歩外に出れば、互いに殺し合う仲なの……かなしーね! 人はどうして殺し合うのかなー」

「人だからだ」



 着ぐるみ少女の問いかけを切って捨てると、強面の戦士は小走りで表通りに出て左右を見回しました。

 すんでのところ、見逃す寸前でした。

 今まさにアガタは馬車へと乗り込み、御者へ行き先を告げている場面だったのです。


 強面の戦士は口角を上げて呟きました。



「ついてるぜ。やはり本物の神はこちらの味方だ。こい『夜王の武装ナイト・アームズ』よ」


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